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大切なもの
第89話 厭悪 ~マドル 1~
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修治の言葉に返そうとしたとき、突然、呼吸がままならなくなった。
マドルの体になにかが起きた。
目を開いた先にみえたのは、長谷川の姿だ。
「息ができないだろ? 回復……早くしないと死ぬぜ? おまえが足掻けといったから足掻いてやったんだ。満足だろ?」
――このままでは息が止まる!
反射的に麻乃の体を離れて自身に戻った。
「人が本気で足掻いたときの強さを、その身をもって知ればいい」
長谷川はマドルを見下ろしてそういうと、部屋の外へ逃げていった。
そばに転がったロッドを手に、すぐさま回復術を施す。
部屋の外では、銃声を聞いた兵たちが逃げた長谷川を探しているようだ。
大きな音を立てて勢いよく扉が開いた。
「おい! 無事か!」
マドルのもとにコウたちが駆けつけてきた。
傷は残っていないけれど、服やマントは血濡れてしまった。
ユンが差し出してくれた手拭いで、口もとの血を拭い取った。
「してやられましたね……きっとどこかに、隠し通路があるのでしょう」
「探して追うか?」
「いえ。これから探したところで、もう逃げられています。それより……」
長谷川を追っていこうとしているコウたちを呼び止めた。
「麻乃が泉翔に囚われてしまいました」
「なんだって?」
「貴方がたには、これから西の浜へ続くルートの入り口にいる泉翔の戦士たちを、一掃していただきたい」
「そこにあの人もいるということか……」
「泉翔側は麻乃の存在を疎ましく思っています。場合によってはその身に危険が及ぶかもしれません」
「わかった。それならば急ぎ向かう」
本当はそんな危険などありはしない。
こんな状況に陥っているにも関わらず、泉翔側はなぜか麻乃の存在を受け入れている。
それでもコウたちには麻乃が危ういと思わせていたほうが、マドルにとって動かしやすい。
コウたちは少し考える仕草をみせてから顔をあげた。
どうやら戦士たちが城門までジャセンベル兵を引き連れてきたらしく、交戦が始まっているという。
「城の裏手にも、別の小隊があった。こちらも味方がかなり減っているが、どうにか手を増やして対応しよう」
「私も準備を整えてすぐに向かいます」
コウたちが部屋を飛び出していったあと、マドルは手にしたロッドで机の上に置かれたものを、すべて薙ぎ払った。
忌々しさに体が震え、抑えきれないほどの怒りの感情が湧きたってきた。
開かれたままの扉の陰から人の気配を感じ、目を向ける。
入ってきたのはジェとその側近たちだ。
「腕をやられたわ……回復を……」
ゼイゼイと息を荒くしたジェはそういってマドルへ近づいてきた。
「――ですから、あのかたには近づくなといったではありませんか」
「今はそんなこと、どうでもいいじゃないの! とにかく私の手を……」
マドルは大きなため息を漏らし、ロッドで床を打った。
途端にジェとその側近たちが、苦悶の表情を浮かべて床に倒れた。
初めて会ったときよりも強い術を放っているせいで、誰も声をあげることさえできずにいる。
「貴女は初めて会ったときから、私を甘く見すぎているんですよ……誰にも逆らわれず、自由にやりたいことだけをやってこられたのでしょうが、いつまでもそれが続くはずはありません」
息もできずにいる割に、視線は鋭くマドルを貫く。
「本物が手のうちにあるのに、いつまでも偽物にかまっているはずがないでしょう? それでもおとなしくしてくれれば放っておいたものを……貴女はいつでも私の邪魔ばかりする」
ジェの横に膝をつき、その髪に触れた。
「……本物に出会えたのは貴女のおかげでもある……それは感謝します。ですが、それだけです」
マドルは立ちあがり、もう一度ロッドで床を突いた。
ゴキゴキと鈍い音がいくつか響き、この場にいるマドル以外の全員が一斉にこと切れた。
フッと小さく息をつき、肩の凝りをほぐすように首を回すと、マドルは部屋を後にした。
城から出ると、コウたちにつけていた側近を呼び、部屋の片づけを頼んだ。
雑兵たちに車を準備するように言い含め、周辺の状況を聞く。
「先ほどまで、ジャセンベルとヘイトを含む泉翔の戦士たちと、交戦がありました」
「そうですか……やつらは今、どこに?」
「それが、つい先ほど撤退してしまい……恐らく、森のほうへ向かったと思われます」
「森……」
神殿のあるほうか。
確か泉の森と呼ばれていて、避難所になっているあたりだ。
あの周辺は結界があって、いかにマドルといえど、たやすく入り込むことはできない。
入ろうとするのなら、麻乃の体が必要だ。
「わかりました。とり急ぎ、西の浜へ続くルートへ向かいます。すべてはそれからです」
残る兵を半数ほど引き連れ、マドルは西浜へ続くルートへと車を出させた。
マドルの望む未来まであと少しだというのに、鴇汰や修治、長谷川や泉翔の戦士たちの存在が疎ましくてならない。
どうしようもない嫌悪感が溢れ出し、マドルはまたロッドを強く握りしめた。
マドルの体になにかが起きた。
目を開いた先にみえたのは、長谷川の姿だ。
「息ができないだろ? 回復……早くしないと死ぬぜ? おまえが足掻けといったから足掻いてやったんだ。満足だろ?」
――このままでは息が止まる!
反射的に麻乃の体を離れて自身に戻った。
「人が本気で足掻いたときの強さを、その身をもって知ればいい」
長谷川はマドルを見下ろしてそういうと、部屋の外へ逃げていった。
そばに転がったロッドを手に、すぐさま回復術を施す。
部屋の外では、銃声を聞いた兵たちが逃げた長谷川を探しているようだ。
大きな音を立てて勢いよく扉が開いた。
「おい! 無事か!」
マドルのもとにコウたちが駆けつけてきた。
傷は残っていないけれど、服やマントは血濡れてしまった。
ユンが差し出してくれた手拭いで、口もとの血を拭い取った。
「してやられましたね……きっとどこかに、隠し通路があるのでしょう」
「探して追うか?」
「いえ。これから探したところで、もう逃げられています。それより……」
長谷川を追っていこうとしているコウたちを呼び止めた。
「麻乃が泉翔に囚われてしまいました」
「なんだって?」
「貴方がたには、これから西の浜へ続くルートの入り口にいる泉翔の戦士たちを、一掃していただきたい」
「そこにあの人もいるということか……」
「泉翔側は麻乃の存在を疎ましく思っています。場合によってはその身に危険が及ぶかもしれません」
「わかった。それならば急ぎ向かう」
本当はそんな危険などありはしない。
こんな状況に陥っているにも関わらず、泉翔側はなぜか麻乃の存在を受け入れている。
それでもコウたちには麻乃が危ういと思わせていたほうが、マドルにとって動かしやすい。
コウたちは少し考える仕草をみせてから顔をあげた。
どうやら戦士たちが城門までジャセンベル兵を引き連れてきたらしく、交戦が始まっているという。
「城の裏手にも、別の小隊があった。こちらも味方がかなり減っているが、どうにか手を増やして対応しよう」
「私も準備を整えてすぐに向かいます」
コウたちが部屋を飛び出していったあと、マドルは手にしたロッドで机の上に置かれたものを、すべて薙ぎ払った。
忌々しさに体が震え、抑えきれないほどの怒りの感情が湧きたってきた。
開かれたままの扉の陰から人の気配を感じ、目を向ける。
入ってきたのはジェとその側近たちだ。
「腕をやられたわ……回復を……」
ゼイゼイと息を荒くしたジェはそういってマドルへ近づいてきた。
「――ですから、あのかたには近づくなといったではありませんか」
「今はそんなこと、どうでもいいじゃないの! とにかく私の手を……」
マドルは大きなため息を漏らし、ロッドで床を打った。
途端にジェとその側近たちが、苦悶の表情を浮かべて床に倒れた。
初めて会ったときよりも強い術を放っているせいで、誰も声をあげることさえできずにいる。
「貴女は初めて会ったときから、私を甘く見すぎているんですよ……誰にも逆らわれず、自由にやりたいことだけをやってこられたのでしょうが、いつまでもそれが続くはずはありません」
息もできずにいる割に、視線は鋭くマドルを貫く。
「本物が手のうちにあるのに、いつまでも偽物にかまっているはずがないでしょう? それでもおとなしくしてくれれば放っておいたものを……貴女はいつでも私の邪魔ばかりする」
ジェの横に膝をつき、その髪に触れた。
「……本物に出会えたのは貴女のおかげでもある……それは感謝します。ですが、それだけです」
マドルは立ちあがり、もう一度ロッドで床を突いた。
ゴキゴキと鈍い音がいくつか響き、この場にいるマドル以外の全員が一斉にこと切れた。
フッと小さく息をつき、肩の凝りをほぐすように首を回すと、マドルは部屋を後にした。
城から出ると、コウたちにつけていた側近を呼び、部屋の片づけを頼んだ。
雑兵たちに車を準備するように言い含め、周辺の状況を聞く。
「先ほどまで、ジャセンベルとヘイトを含む泉翔の戦士たちと、交戦がありました」
「そうですか……やつらは今、どこに?」
「それが、つい先ほど撤退してしまい……恐らく、森のほうへ向かったと思われます」
「森……」
神殿のあるほうか。
確か泉の森と呼ばれていて、避難所になっているあたりだ。
あの周辺は結界があって、いかにマドルといえど、たやすく入り込むことはできない。
入ろうとするのなら、麻乃の体が必要だ。
「わかりました。とり急ぎ、西の浜へ続くルートへ向かいます。すべてはそれからです」
残る兵を半数ほど引き連れ、マドルは西浜へ続くルートへと車を出させた。
マドルの望む未来まであと少しだというのに、鴇汰や修治、長谷川や泉翔の戦士たちの存在が疎ましくてならない。
どうしようもない嫌悪感が溢れ出し、マドルはまたロッドを強く握りしめた。
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