蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
628 / 780
大切なもの

第78話 集結 ~巧 1~

しおりを挟む
 あと十数分もすれば中央へたどり着くというあたりで、突然、中央から強風が吹き抜けていった。
 薄っすらと鈴の音が聞こえたような気がして、巧は思わず後ろを振り返った。

「今のは……ヤッちゃんの言っていた術なのかしら」

 だとすると、これで麻乃の暗示も解ける。そうなると状況は大きく変わるはずだ。
 中央へ進軍している敵兵は、城へ追い込む手はずになっていると聞いた。
 そのあとの手順を確認するには、やはり加賀野のところへ向かうのが先だろう。
 ピーターに細かな指示を出しつつ、後方に連なる車へ合図を送った。
 すぐ後ろの車から、古市が叫ぶ。

「中村隊長! 加賀野さんは恐らく泉の森で待機しているはずです! まずは泉の森へ!」

「わかった! 後方にもその指示を出してちょうだい!」

 このまま進めば城付近を通ることなく泉の森へと向かうことができるけれど、念のために花丘の裏にある森を回り込んで向かうことにした。
 今度は浜のほうから突風が吹き抜け、あまりの風の強さに車体が揺れて驚いた。

「今のも術か?」

「多分ね。確かこの術のあと、一定の時間は術が使えなくなるって言ってたわね」

「本当か? そうなるとレイファーさまとも連絡が取れなくなるな……それに迂闊に怪我を負えなくなる……」

「そうね。これまで以上に慎重にならざるを得ないわね。レイファーのほうは、行き先は穂高にも伝えてあるし連絡が取れなくても問題はないでしょう」

 山沿いのカーブを抜け、しばらく行くと街の入り口がみえてきた。

「このまま左手に曲がると歓楽街があるの。その大通りを抜けて森に沿って走ってちょうだい」

「わかった」

 通りすぎてゆく街なかのあちこちで、交戦が始まっているのがみえた。
 すぐにでも助けに入りたいところだけれど、それなりの大所帯がいきなり向かえば、大混乱になるのが目に見える。
 焦れる気持ちを鎮めて泉の森へと進んだ。

 やがて泉のほとりにテントがいくつか設置されているのが見えてきた。
 後方に指示を出して車を止めると、ピーターを伴ってテントへ走り、真ん中のテントの前に立つ加賀野に呼びかけた。

「加賀野さん!」

「――中村か! おまえもジャセンベルと一緒か」

「私も、って……」

「少し前に上田が戻った。ジャセンベルの軍将と一緒で驚いたぞ」

「そうですか……彼らは今、どこへ……」

 加賀野の話しでは、これ以上の進軍はないだろうことから、まずは中央へ入り込んだ敵兵の一掃に出たそうだ。
 襲撃を受ける前には城へ集める予定だったけれど、ジャセンベルと反同盟派が来たことで状況が変わったと判断したという。

「現時点で城を占拠している兵以外は、倒して捕らえることにした」

「では、私たちも……」

「そうしてくれ。それから今、術が使えないらしいのは把握しているな?」

「はい」

「負傷するなとは言えんが、慎重に行け。それから城へはまだ手を出すな」

 術の効力が切れるまでは、城に限っては敵兵が動かない限りは現状のままでおくという。
 どうやら術の効果が切れたあとに行う作戦があるらしい。

「それまでに街なかの敵兵をすべて引かせたい。さっきの術が通ったということは、数時間のうちに笠原も戻るだろう。それまでにある程度はこの場を収めておきたい」

「わかりました。捕らえた敵兵の処遇はどのように?」

「浜へ戻すよう頼む。ジャセンベルの軍将の申し出だ。やつらはまず東側へ向かった」

 巧はうなずいて振り返ると、後ろに控えている相原たちに指示を出した。

「聞いていたわね? 相原、古市は南浜側を、吹田すいた栗橋くりはしは北浜側を、さっき作った小隊ですぐに向かってちょうだい。私は西浜側へ向かう」

「わかりました」

 すばやく手はずを整えて駆けていく隊員たちを見送ってから、巧はもう一度、加賀野に状況を詳しく聞き直した。
 どうやら麻乃の中にマドルの意識が入り込んでいて、それがさっきの術を邪魔しているという。

「それじゃあ……麻乃の暗示は解けないっていうことですか!」

 巧が愕然として聞き返すと、加賀野は渋い顔をしてみせた。

「術のことは俺にも良くはわからん。だがしかし、長田の叔父の話しでは、どうやら対処法があるようだ」

「クロムさんがここへ来たんですか?」

「いや、来たのは式神らしい。見た目は人そのものだったが。それよりおまえも彼を知っているのか?」

「ええ、私たちはクロムさんの手があって無事でいられたようなものです」

「そうか……彼もしばらくするとここへ来る。どうやらその対処法に長谷川の手を借りるようだ」

「岱胡の?」

 術の効力が切れたあと、岱胡がマドルを撃つという。
 そのために城への侵入ルートを覚えている最中らしい。

「詳しい説明は彼が来てからになる。これもまだ数時間は先だ」

「わかりました。ありがとうございます。では、私はこのまま西側へ向かいます」

「長谷川に会っていかないのか」

「侵入ルートを覚えている最中なら、顔を出して気を削がせてもいけませんから。まずは敵兵を一掃し、すぐに戻ります。顔を見せるのはそれからで十分です」

「そうか。西側のことは頼んだ。気をつけていけ」

 そう言う加賀野にうなずいてみせると、ピーターを促して街へと走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...