蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
625 / 780
大切なもの

第75話 干渉 ~サム 1~

しおりを挟む
 頬にひんやりと柔らかいものが触れた。
 ハッと目を開いて、意識を失っていたことに気づく。

「上将、大丈夫ですか?」

 反同盟派の側近でもあるダニエルが心配そうにサムをのぞき込んでいる。

「ああ。かなり疲労感は残っているけれど……私はどのくらいのあいだ気を失っていた?」

「そう長くは……三十分ほど経ったでしょうか」

「そうか……すまないが早急に回復術を使えるものをここへ集めてくれ。次の術を使う前に、少しでも回復しておきたい」

「わかりました。すぐに」

 丘を駆け下りていくダニエルと入れ違いに野本が戻ってきた。
 五人ほど伴ってきたのが梁瀬の部下らしい。
 彼らはすぐに回復術を施してくれたけれど、ここへ来る前に戦闘で力を使ったといい、思うほどの回復はできなかった。

「すまないな。わずかではあるが、このあとまだほかの仲間たちもここへ来る。人数がいれば、それなりの回復はできるだろう」

「ご心配には及びません。私のほうでも回復術を使える仲間たちを集めています。少しでも手を貸していただけたこと、感謝します」

 梁瀬の隊員たちが申し訳なさそうにしているのに、サムはそう答えると、座り込んだまま野本を見あげた。

「北の浜はどのような状況です? 暗示は……」

「ああ。通常の暗示は解けたようだ。ただ、やはりそれでも進軍を諦めない兵たちもいるそうだ」 

「……そうですか。ロマジェリカの軍師に甘言かんげんで釣られてしまったんでしょう。致しかたありません」

「とりあえずは、どの浜でも小隊を作ってジャセンベル軍と一緒に中央へ送り出している。ジャセンベルであれば抵抗されても大きな被害を出さずに拘束できるだろうからな」

 この南浜にジャセンベル軍を率いてきた、レイファーの側近であるケインと野本の隊員を引き合わせ、中央への進軍についてあれこれ決めてきたという。

 その際に、北の浜にいる中村と連絡を取り合い、抵抗するヘイト軍への対応も聞いてきたそうだ。

 長谷川を中央部へ送り出したときもそうだったけれど、野本はなかなか判断も決断も早い。
 迷っている場合ではないとわかっていても、思いきれないことのほうが多いはずなのに。

「俺はこのあと、あんたが術を使ってから中央へ向かう手はずを整えるが、あんたはどうする? このままここへ残るのか? 最後の決着をその目で確認するのか?」

「……もちろん、この目で」

「わかった。こっちもそのつもりで準備をする。頃合いをみてここへ迎えにこよう」
「梁瀬さんからなにか連絡は?」

「いや。あいつもあんた同様、疲弊しているだろう。連絡のすべてをジャセンベルに任せているようだからな」

 やはり梁瀬も疲れは出ているようだ。
 それでも、サムのように意識まで失ってはいないだろう。
 三人のうち一番若いだけではなく、一番劣っているだろうという自覚はある。
 それでもたった今、この術を無事に扱えたことに満足感と充実感を覚えた。

 次々に集まってくる仲間の術師と梁瀬の隊員たちに回復を施されながら、もう一つの術式が書かれたメモを手に何度も頭に叩き込んだ。

 次の術こそ失敗は許されない。

 今の自分自身の状態を考えると、さらにひどい消耗があるだろう。
 だからこそ、今のうちにできるかぎり万全に近い状態まで回復しておくためだけに注力を注いだ。

「上将、浜にいる庸儀の兵たちはジャセンベル軍の計らいで、まずはジャセンベルの戦艦に捕縛しています」

「そうか。庸儀でも私たちと同様の感情を抱いている兵が多いかと思ったけれど、さすがにここまでくると抵抗する兵も多いか……」

「はい。どうもあのロマジェリカの軍師は、耳障りの良いことばかりを並べたてているようですから」

 ダニエルに代わってここへやってきたクリストフは、北の浜にいる仲間と連絡を取りながらそう言った。
 ヘイトでも暗示に掛けられていない軍将が、マドルの口車に乗せられて、未だ浮足立った様子で抵抗を続けているらしい。

 ――忌々しい。

「あの軍師……まったくもって忌々しいが、やつの動きについてなにかわかっていることは?」

「はい、ここから式神で移動しているらしいということしか……先へ進んでいる仲間からも、その姿を見たという連絡はありません」

「となると、通常のルートを外れて移動している可能性もあるか……」

 おそらく泉翔が抵抗しようと一定数の同盟軍は中央部へ侵入する。
 それは泉翔側もわかってはいるようだ。

(ただ……)

「進軍している敵兵の多くはマドルの一番の手ごまだろう。それらと合流するため最速で中央部へ向かっているはず」

「そうなると、我々は追いつきようがありません。なにしろ進軍中の兵を引かせながらですから」

「そのあたりは泉翔側でなんらかの手を打っていると思う。返しの術がくる前に野本からの指示があるだろう」

「では我々はこのまま泉翔側に従い進軍と浜での対応を続けても?」

「ああ、そうしてくれ。次の術を放ったあとは、私は野本とともに中央部へ向かう。クリストフ、おまえはダニエルとともにここで仲間たちへの指示と庸儀軍への対応を」

「わかりました」

「ルイとエリックはなにかあったときのために一緒に中央部へ連れていく」

「はい。ほかになにか準備は?」

「次の術が通ったあと、おおよそで六時間は術が使えなくなる。それまでの間に、術式で対応できるすべてを済ませるように」

「六時間……それでは上将の回復は……」

「休息をとる。それでいい」

 不安そうにしているクリストフにそう答え、サムはまたメモに視線を落とした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...