蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第74話 干渉 ~岱胡 1~

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「ロマジェリカの軍師。彼を撃ってほしい」

 鴇汰の叔父だというクロムにそういわれ、岱胡は迷わず答えた。

「あの野郎を……? わかりました。やりますよ、俺。あの野郎に必ず一泡吹かせてやるっス!」

 この瞬間、岱胡の中でなにかがストンと腑に落ちた。
 森を抜けてここへ向かっている道中で、マドルを撃とうと考えて思いとどまったとき、別の場面で対峙するような予感がよぎったのは、ここか。

 このあとすぐに暗示を解く術を使うということで、クロムの式神は戻ってしまった。
 それに……城の内部にある隠し通路を頭に叩き込めという。

 術が使えなくなっている六時間程度のあいだに、というから時間はたっぷりある。
 岱胡自身、記憶力は悪いほうではないけれど、急に覚えろと言われると、できるかどうか不安がもたげてくる。

 巫女たちの歌うような唱和とともに、強風が吹き荒れた。
 豊穣の儀のときに唱える祝詞のような、奇妙な心地よさが胸に沁みる。

「高田、待たせてすまない」

 風がおさまった直後、泉のほうから遥斗皇子が駆けてきた。
 地図のように筒状に丸めた大きな紙を手にしている。

「このような状況の中、こんな場所まで申し訳ありません」

「いや、構わないよ。クロムに話しは聞いている。どうやら敵の軍師が父の私室に入り込んでいるとか」

「居場所がわかっているんスか?」

 遥斗がうなずく。
 敵兵に占拠された城の中をどうやって探ったというのか。
 テントに設置された簡易机の上に遥斗は地図を広げた。
 これが城の見取り図だという。
 その上に数枚の紙をパズルのように乗せた。

「長谷川、これが隠し通路だよ。入り口は城から少し離れた民家の脇にある用具入れだ」

「そんなところに……」

 この戦争が始まる前の話し合いで、城で働く人たちの逃げる手筈もついていると言っていたのは、こんな隠し通路があったからか。

 城門でも敷地内でもなく、完全に城の外まで出られるのならば、逃げるのもそう難しくはないだろう。

 マドルが潜んでいる場所を特定できたのも、この隠し通路を使ってクロムが調べたからだという。

「だからすべてを覚える必要はないんだ。この入り口から父の私室までで事足りる」

「わかりました」

「通路にはいくつかの隠し扉もあるのだけれど……例えばここ」

 遥斗が指をさしたところに四角いマークが書かれている。
 城の廊下を挟んで反対側の正面を少しずれたところに、同じように四角いマークがあった。

「この通路のここから廊下へ出て、反対の壁のこの位置にある扉から別の通路へ入れる」

「へぇ……じゃあ、通路から出てあいつを撃ったあと、もしも敵兵に見つかったら……」

「うん、別の通路を通って逃げることもできるんだ。場所が場所だから、扉も通路も少しばかり他より多くて複雑だ」

 地図を指で辿りながら確認すると、確かに複雑ではある。
 出口も用具入れだけじゃあなく、城の裏手や城門の脇、別の民家の物置きなど数カ所に渡っていた。

「さっき鴇汰さんの叔父さんに、俺にしかできないって言われたんスけど……誰か連れていくのは駄目なんスか? 例えばこいつ……森本とか」

 岱胡の言葉に遥斗は高田や尾形と顔を見合わせた。

「岱胡、おまえのいう例の軍師とやらは、かなり能力の高い術師だな?」

「噂では……」

「これから数時間はその軍師も含め、術は使えなくなるが、その軍師がそれに気づかないはずはない」

「長谷川に動いてもらうのは、術が使えるようになってからだ。森本やそれ以外の誰かを伴うのは、見つかる確率を上げてしまう」

「例えば金縛りをかけられた場合に、おまえはともかく、森本は逃げられない可能性が出てくるだろう。その危険は避けなければならない」

 遥斗も尾形も難色を示してそういう。
 わからないでもないけれど、尾形のいう「おまえはともかく」というのはどういう意味だろう。

 岱胡がそれを聞き返そうとしたとき、木々を揺らす轟音とともに、さっきよりも激しく強い風が吹き抜けた。

 テントが揺れ、地図まで飛ばされそうになり、遥斗と一緒に慌ててそれを押さえる。
 最初に感じたときのような、なにかが体を通り抜ける感覚はないけれど、妙に胸の奥がざわつく。

「……通ったな。長谷川くん、もう数時間もすればクロムがここへ来る手筈だ。今はまず地図を頭に。軍師についての対応はそのときに詳細を確認しよう」

 高田にそういわれ、岱胡は若干の不安を覚えながらも指示に従った。
 さっきの強風が暗示を解く術のせいならば、今ごろは麻乃の暗示も解けているんだろうか。
 だとすれば、待っているあいだに鴇汰も修治も中央へ戻ってくるだろう。

(いいようにやってくれやがって……本気で足掻いたときの強さを思い知らせてやる……)

 南浜で見た嘲笑するマドルの顔を思い出しながら、岱胡はひたすら地図を頭に叩き込んでいった。
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