蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
623 / 780
大切なもの

第73話 干渉 ~マドル 1~

しおりを挟む
 鴇汰を刺したあと、その手を払いのけると中央へ向かった。
 走りながら、途中で車あるいは馬を奪おうと思ったけれど、その際に騒ぎになって怪我でも負わされたら面倒だと思い、マドルはそのまま森の中を進んだ。
 しばらく進むと、中央の方角から強風が吹き荒れた。

「――くっ! この風は……またなにかの術か!」

 鈴の音がとおり過ぎた気がして振り返った。
 結界が広がった気配を感じる。
 その直後にまた、西の浜からさっきより強い風が吹く。

 三度目だ。
 三度も確認できない術を使われようとは思いもしなかった。

 しかも今度は西側から吹いている。
 南側だけでなく、中央や西側にもこれほどの術を扱える術師がいるのか?

(そんなはずがない……しかし……)

 三度使われていても、マドル自身は麻乃の中に留まっている。
 どうやら暗示を解く術のようだけれど、さすがにこの術までは解けないのだろう。

(であるとすれば、思うほどの術師ではないのか……?)

 マドルほどの力が無いのであれば、脅威になるとも思えないけれど、最低でもこれほどの術師が三人いると考えられる。

 だから油断はできない。

 麻乃の足を速めて走る。
 マドルの思った以上に進んでいないことに焦りを感じていた。
 やはりどこかで馬なり車なりを調達しなければ。

 中央へのルートへ近づくと、木陰から潜んで様子を探った。
 ロマジェリカ軍が持ち込んだと思われる馬を、泉翔の戦士たちが引いているのがみえた。

 ルートを進むのは難しいとしても、それを奪って森を進めば、走るよりは速い。
 麻乃の体で術を使うのは簡単ではなく、自身で使うより効果が出ないのは、最初に麻乃の傷を治したときにわかっている。

 それでも、簡単な術であれば通るのも理解していた。
 木陰に潜んだまま、金縛りの術を唱える。

(――効いていない?)

 泉翔の戦士たちは、なにごともなくそのまま歩みを進めていく。
 再度、金縛りを試みても、やはり効いていない。

(術が無効化されているのかもしれない……)

 最初に感じた術はきっと暗示を解くもので、残りの二つのどちらかは、術自体を無効化するものだったのかもしれない。
 それはどのくらいの時間、効果を示すのか。
 まさか解くまでということはないだろう。
 泉翔にも術師は多いはずだし、なにより連絡手段が途絶えることになるのだから。

 この術師に忌々しさを感じながらも、使えないものはどうにもしようがない。
 とにかく今は、中央へ走った。
 途中、様子を見るためにルートを覗く。

(あれは……! ジャセンベル軍!)

 ロマジェリカ兵を数部隊引き連れて西側の浜へと向かっていくのは、間違いなくジャセンベル兵だ。
 いつの間にジャセンベル軍が上陸したのか。

(もしや、長田鴇汰が戻ったのは、ジャセンベルの手を借りてのことか……?)

 そうだとしても、その繋がりがわからない。
 鴇汰がジャセンベル人であれば、まだ理解できるけれど、やつはロマジェリカの混血だ。

 考えあぐねていると、今度は浜のほうから数台の車が中央へ向かって走り去っていった。
 それらもジャセンベル兵が乗り込んでいた。

(なにがどうなっている……ジャセンベル軍は今ごろ大陸で統一を図っているのではないのか?)

 側近からの連絡も届かないままだ。
 まさかとは思うけれど大陸での統一を棄て、我々に便乗して泉翔制圧を目論んでいるのだろうか。

 いったん自身の体へ戻り状況を確認したいのに、麻乃の意識が深く沈んでいて、このまま離れると体だけが抜け殻のようになってしまう。

(それに――)

 術が無効化されていたら、離れたあとにすぐ戻れない可能性もある。
 そうなった場合に、泉翔側に捉えられてしまっては元も子もない。

 マドルは周囲に注意を払いながら、できるだけ足を速めて進んだ。
 麻乃の体は鍛えられているとはいえ、自分の体とは勝手が違うせいか、やはりどうしても疲労がかさむ。

 ルートや周囲を覗き見て何度目かのとき、ようやく繋がれたままになっている馬を数頭みつけた。
 恐らく西の浜から中央へ向かう泉翔の戦士たちのために、残していったのだろう。
 すばやく一頭に飛び乗ると、森へ駆け込み走り出した。

(これでだいぶ早く中央へたどり着ける)

 あのまま走り続けていたら、途中で力尽きるだろうし、もたもたしていては夜を迎えることになってしまう。

 空を仰いで太陽の位置を確認した。
 恐らく昼を過ぎたころだろう。
 そうなると、夕刻には城に到着できる。

 城にさえ着けば麻乃の意識がなかろうと、マドル自身へ戻っても問題はないし、動くのはそれからでも遅くはない。
 どのみち夜にはどの軍もそう動きはしないはずだ。
 もちろん泉翔側もだ。

 夜間のうちに休息をとって、朝になってからまずは中央の各所から制圧していけばいい。
 神殿や泉のある森の周辺には結界が張られているけれど、それも麻乃の体さえあればなんの妨げにもならないのだから。

 馬を急かし走り続けるも、やはり式神の馬とは違いスピードを出し続けられないことにジレンマを感じていた。
 足よりは速く、また馬なり車なりを奪えるかわからないから乗り捨てられずにいるだけだ。

 どのくらいの時間が過ぎたのか、陽が傾き始めたようで木々にさえぎられた光は届きにくく、森の中は薄暗くなり始めている。
 マドルは時折、式神を放とうとしてみるけれど、相変わらず術が使えないままだ。

(まさか夜まで術が使えないのか……)

 今は誰の目にも止まらずに走り続けているけれど、さすがに中央ではそうもいかないだろう。

(せめてコウたちと連絡を取ることさえできれば……)

 もう森の中は暗く、中央へのルート近づいて周囲の様子を探った。
 戦士たちが潜んでいる気配はない。
 かなり時間はかかったけれど、もう中央までは数十分だろうあたりまでたどり着いていた。
 空は夕暮れの淡い紫に染まり始めている。

(ようやくここまで来たか……早急に城へ向かわなければ)

 手綱を握りしめてルートへ飛び降りると、馬の腹を蹴って走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...