600 / 780
大切なもの
第50話 女戦士たち ~穂高 3~
しおりを挟む
振り返った比佐子の顔は、まるで鬼の形相だ。
なにかを言おうと口を開きかけたとき、咆哮が響き、東区の入口に視線を移した。
レイファーたちの姿を目にして驚いた比佐子は、穂高の胸ぐらを掴んで訴えてきた。
「ジャセンベル兵が……! 穂高! ジャセンベルまで襲撃を……」
「落ち着いて、彼らは敵じゃあない。庸儀の兵を一掃してくれている」
比佐子の手を取り、後ろ手に庇うと向かってくる敵兵を打倒した。
見てわかるほどに庸儀の数が減っている。
一般の人々も師範の方々も、ジャセンベルの兵たちにしっかり守られていた。
数十分もすると、すべての敵兵を倒してしまい、最後の一人をレイファーが打ち倒した瞬間、大きな歓声が上がった。
「さすがだな。こんな短時間で決着がつくとは思いもしなかった」
勝ちどきを上げるレイファーを見つめたまま、そう呟いた直後、頬に強い衝撃を受けた。これはきっと、比佐子の平手打ちだ。
よろめいて道の脇にある紅葉の木にもたれたところを、比佐子がまた胸ぐらを掴んできた。
「どうなってるの? 敵じゃあないってどういうこと? それより穂高、あんた一体、今までどこにいたのよ!」
「大陸で襲撃されて、足止めをされていたんだよ。俺や巧さんは、ジャセンベルのおかげで戻って来れたんだ」
「巧隊長も……だからって、なんの連絡もなくて……私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」
比佐子の平手打ちが止まらない。
避けようと腕で顔を覆い隠しても、その上から攻撃されてしまい、自分の腕で鼻を打つ始末だ。
死んだらきっと怒り狂うんだろうな、とは思っていたけれど、生きて帰ってもこれか。
痛みに涙がにじみながらも、想像通りの比佐子の態度に、変に笑いが込み上げてしょうがない。
「そうは言っても……仕方ないだろう? 大陸からじゃあ、連絡手段がなかったんだから」
「笑いごとじゃあないでしょ!」
穂高の態度に更に怒りを増した比佐子の手は、平手から握り拳に変わっている。
殴られる、と思ってつい目を閉じた。
「奥方! 上田と中村を引き留めていたのは俺だ。そんなに責めないでやってくれ!」
薄目を開けて腕の隙間から様子を見ると、レイファーがあわてた様子で比佐子の腕を掴み取っていた。
「うるさい! 邪魔すんじゃないわよっ!」
比佐子は腕を思いきり振り解き、その勢いを利用して、力一杯レイファーのみぞおちあたりを肘打ちした。
レイファーも、まさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
低い呻き声を漏らし、膝をついて倒れてしまった。
東区の人たちは比佐子の気性を知っている。
いつものことだと、気にも留めずに消火活動を始めているけれど、ジャセンベル軍の兵たちは呆気に取られた様子で立ち尽くしている。
今ので多少、興奮が冷めたのか、比佐子はフンと大きく鼻息を漏らし、レイファーを振り返った。
「……あんた誰よ?」
「彼はジャセンベル軍の指揮官だよ。西浜に上陸した俺を、ここまで連れてきてくれたのも彼だ」
「そうだったの。ごめんなさい。申し訳ないことをしたわね……けど、あんなタイミングで割って入ってくるあんたも悪いのよ」
悪びれもせず、比佐子はレイファーに手を差し伸べ、起き上がらせてそう言った。
何度か咳込んだあと、レイファーは大笑いをした。
「まさか、この俺が倒されることになるとは思いもしなかった。なかなかに勇ましい奥方だな。さすが、中村のもとにいただけのことはある」
「あんた、巧隊長を知ってるの?」
「まあな。そのせいで、上田ともども足止めをさせる結果となってしまった。心配させて本当にすまない」
本当はレイファーのせいではない。
巧の頼まれごとや梁瀬の血縁との関わり、短いあいだにたくさんのことがあった。
それに乗り、残ると決めたのは自分だ。
比佐子の表情は、レイファーの言葉を信じきっていない。
本当のことを話すのは、あとで十分だ。
「比佐子、本当にごめん。頼むから許してくれよ、な?」
手を握り、心配をかけたことを心から謝った。
曇天の空がとうとう雨粒を落とし始めた。
うつむいた比佐子の頬を伝うのは雨粒ではないとわかっている。
「人を集めて消火の手伝いを頼めるかな? 俺はまだやることがあるんだ。このまま中央へ向かわなければならない。わかるだろう?」
「わかってる……」
東区の入口には、もう既にジャセンベル兵たちが車の準備をして待機している。
「奥方、今しばらく上田を借り受ける。上田、行こう」
「あぁ。じゃあ、比佐子、行ってくる」
離そうとした手を比佐子は強く握りしめてきた。
「全部済んだら、決着がついたら、後処理が始まる前に宿舎じゃあなく、必ず一度、ここへ戻ってきて」
「うん。わかった」
比佐子は手を離し、軽く振りながらニッコリとほほ笑んだ。
「……じゃないと、ぶっ殺すわよ」
それを聞いて、レイファーがまた思いきり笑い声を上げた。
なにかを言おうと口を開きかけたとき、咆哮が響き、東区の入口に視線を移した。
レイファーたちの姿を目にして驚いた比佐子は、穂高の胸ぐらを掴んで訴えてきた。
「ジャセンベル兵が……! 穂高! ジャセンベルまで襲撃を……」
「落ち着いて、彼らは敵じゃあない。庸儀の兵を一掃してくれている」
比佐子の手を取り、後ろ手に庇うと向かってくる敵兵を打倒した。
見てわかるほどに庸儀の数が減っている。
一般の人々も師範の方々も、ジャセンベルの兵たちにしっかり守られていた。
数十分もすると、すべての敵兵を倒してしまい、最後の一人をレイファーが打ち倒した瞬間、大きな歓声が上がった。
「さすがだな。こんな短時間で決着がつくとは思いもしなかった」
勝ちどきを上げるレイファーを見つめたまま、そう呟いた直後、頬に強い衝撃を受けた。これはきっと、比佐子の平手打ちだ。
よろめいて道の脇にある紅葉の木にもたれたところを、比佐子がまた胸ぐらを掴んできた。
「どうなってるの? 敵じゃあないってどういうこと? それより穂高、あんた一体、今までどこにいたのよ!」
「大陸で襲撃されて、足止めをされていたんだよ。俺や巧さんは、ジャセンベルのおかげで戻って来れたんだ」
「巧隊長も……だからって、なんの連絡もなくて……私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」
比佐子の平手打ちが止まらない。
避けようと腕で顔を覆い隠しても、その上から攻撃されてしまい、自分の腕で鼻を打つ始末だ。
死んだらきっと怒り狂うんだろうな、とは思っていたけれど、生きて帰ってもこれか。
痛みに涙がにじみながらも、想像通りの比佐子の態度に、変に笑いが込み上げてしょうがない。
「そうは言っても……仕方ないだろう? 大陸からじゃあ、連絡手段がなかったんだから」
「笑いごとじゃあないでしょ!」
穂高の態度に更に怒りを増した比佐子の手は、平手から握り拳に変わっている。
殴られる、と思ってつい目を閉じた。
「奥方! 上田と中村を引き留めていたのは俺だ。そんなに責めないでやってくれ!」
薄目を開けて腕の隙間から様子を見ると、レイファーがあわてた様子で比佐子の腕を掴み取っていた。
「うるさい! 邪魔すんじゃないわよっ!」
比佐子は腕を思いきり振り解き、その勢いを利用して、力一杯レイファーのみぞおちあたりを肘打ちした。
レイファーも、まさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
低い呻き声を漏らし、膝をついて倒れてしまった。
東区の人たちは比佐子の気性を知っている。
いつものことだと、気にも留めずに消火活動を始めているけれど、ジャセンベル軍の兵たちは呆気に取られた様子で立ち尽くしている。
今ので多少、興奮が冷めたのか、比佐子はフンと大きく鼻息を漏らし、レイファーを振り返った。
「……あんた誰よ?」
「彼はジャセンベル軍の指揮官だよ。西浜に上陸した俺を、ここまで連れてきてくれたのも彼だ」
「そうだったの。ごめんなさい。申し訳ないことをしたわね……けど、あんなタイミングで割って入ってくるあんたも悪いのよ」
悪びれもせず、比佐子はレイファーに手を差し伸べ、起き上がらせてそう言った。
何度か咳込んだあと、レイファーは大笑いをした。
「まさか、この俺が倒されることになるとは思いもしなかった。なかなかに勇ましい奥方だな。さすが、中村のもとにいただけのことはある」
「あんた、巧隊長を知ってるの?」
「まあな。そのせいで、上田ともども足止めをさせる結果となってしまった。心配させて本当にすまない」
本当はレイファーのせいではない。
巧の頼まれごとや梁瀬の血縁との関わり、短いあいだにたくさんのことがあった。
それに乗り、残ると決めたのは自分だ。
比佐子の表情は、レイファーの言葉を信じきっていない。
本当のことを話すのは、あとで十分だ。
「比佐子、本当にごめん。頼むから許してくれよ、な?」
手を握り、心配をかけたことを心から謝った。
曇天の空がとうとう雨粒を落とし始めた。
うつむいた比佐子の頬を伝うのは雨粒ではないとわかっている。
「人を集めて消火の手伝いを頼めるかな? 俺はまだやることがあるんだ。このまま中央へ向かわなければならない。わかるだろう?」
「わかってる……」
東区の入口には、もう既にジャセンベル兵たちが車の準備をして待機している。
「奥方、今しばらく上田を借り受ける。上田、行こう」
「あぁ。じゃあ、比佐子、行ってくる」
離そうとした手を比佐子は強く握りしめてきた。
「全部済んだら、決着がついたら、後処理が始まる前に宿舎じゃあなく、必ず一度、ここへ戻ってきて」
「うん。わかった」
比佐子は手を離し、軽く振りながらニッコリとほほ笑んだ。
「……じゃないと、ぶっ殺すわよ」
それを聞いて、レイファーがまた思いきり笑い声を上げた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる