蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
595 / 780
大切なもの

第45話 憂慮 ~鴇汰 1~

しおりを挟む
 洸が目もとを拭いながら、小坂に呼びかけている。
 急いで駆け寄り、修治が小坂の頬を何度か打つと、小さく唸ったあと意識を取り戻した。

「小坂……無事で良かった……穂高、砦の上に茂木がいる。そっちも確認を頼めるか?」

「わかった」

 穂高がレイファーを連れて砦に上がり、茂木の様子を確認しているあいだに、鴇汰はおクマと松恵の様子を見た。

 二人とも息はあるけれど、どうにも目を覚まさない。
 怪我の程度がわからないから、無理やり起き上がらせるのも活を入れるのもためらってしまう。

「鴇汰、二人の様子はどうだ?」

「息はある。斬られた様子は……なさそうだけど、意識は戻らないままだな……」

「そうか……」

「修治さん! 茂木も無事だよ。意識はあるけど、肩の骨をやられてるようだ」

 穂高は砦の上からそう言うと、レイファーと二人で茂木を担いで降りてきた。

「安部隊長……長田隊長まで……すみません、俺は……」

「無理に喋るな。それより小坂、怪我はどうだ?」

「大丈夫です。ただ……ひどく痛みますが……」

 小坂は苦笑いでそう言うと、背を丸めてみぞおちの辺りを擦った。

「あのとき、俺は斬られると思いました。けど、麻乃隊長は……俺、見たんです」

「なにを見たのよ?」

 修治の後ろから覗き込んで問いかけると、小坂は顔を上げて鴇汰の目を見返してきた。

「麻乃隊長は、きっと本当に俺を斬ろうとしたんです……なのに直前で刀を反したんです……反したんですよ、長田隊長……」

「……当然だろ。あいつにおまえたちは殺せない。操られてようがなんだろうが、絶対に、だ」

「峰打ちで止まったってことか……なんにしても良かった……」

 小坂は堪えきれなくなったのか俯いて目もとを拭っている。
 言葉を詰まらせたまま黙ってしまった修治に穂高が寄り添い、また傷に回復術を施している。

 ここへ着いたときには、全員死んでしまっているんじゃあないかと疑ったけれど、どうやら全員、重くて骨折で済んだようだ。

 それに対して修治のほうは、怪我の程度がひどい。
 麻乃と対峙したときも、鴇汰自身と修治の命を絶ちに来ていたふうに感じた。
 ただ、そう感じただけで、実際には鴇汰も修治も無事でいる。

「本気で死なせるつもりなら簡単にできたのに、それをしなかった。あんたがさっき言ったなにかが妨げになっているから……だからか?」

「そうかもしれない。だがすべて憶測に過ぎない。確証がない以上、やっぱりあいつは……」

「マドルの野郎が暗示で泉翔が禁忌を犯したように見せた。それは確かだろ? そんであいつを斬ったのが俺だってことで、あんた一体、なにがわかったんだよ?」

 修治は一瞬、鴇汰を見てから銀杏の木に視線を向けた。
 なにかをためらっているようで黙り込んだままだ。
 穂高の後ろでずっと様子を窺っているだけだったレイファーが、じれったそうな表情で口を挟んできた。

「俺たちがここへ来るまでになにがあったのかはわからない。長田にしても、すべてを知っているわけじゃあなさそうだ。そうだな?」

「そりゃあ……俺が着いたときにはもう修治と洸以外は倒されてたし、修治はあんな怪我だし……」

「安部、すべてを知るものがおまえだけである以上、なにもかも話せ。こんなところでのんびりしている暇がないことは、おまえが一番良くわかっているはずだ」

 そうだ。
 レイファーの言うとおり、のんびりしている場合じゃあない。
 けれどそれを指摘されるのは納得がいかず、ムカムカと込み上げてくる感情を必死に抑えてレイファーを睨んだ。

「あいつは……一番裏切られたくない仲間に裏切られたと思い込んでいる」

「俺たちが先導して禁忌を犯したように、そう見せられたから?」

「ああ。穂高のいうように俺たちが先導しているように見えたんだろう。そしてあいつの中で燻っていた思い出したくない記憶を、恐らく俺の言葉で突きつけられた」

「思い出したくない……って……」

 修治の手が脇腹に触れるのを見て、ハッと思い出した。
 サツキに会いに行った日に聞いた修治の古傷の話しだ。
 穂高や小坂はなんの話しかわからないせいか、戸惑った顔で修治を見つめている。

「あいつは既に思い出していた。多分、相当前からだろう。俺はそのことにまったく気づけずにいた……」

「けど、麻乃のやつは……」

「責められ、撃たれ、傷つけられたうえに命まで奪われるところだった。おまえにまで、と絶望したはずだ」

 修治の目が真っすぐに鴇汰を見ている。
 最後まで行動を共にしていた相手にまで裏切られたと知って、麻乃が絶望を感じたんだとしたら……。

「だとしたら、あいつはなんの迷いもなく覚醒したんじゃないか? 思惑を簡単にたたきつぶすくらい強固になるだろ?」

「だから、なにかが妨げになってると言ったんだ。それがなにかはさすがに俺にもわからない。あいつの胸のうちまでは知りようがないからな」

 ようやく修治の出血が止まったのか、穂高はかばんから薬を取り出して傷に塗り込み、新しい布で巻き直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...