蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第20話 不安 ~穂高 2~

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「今度にかぎっては島全体が戦場だ。上陸できないから安全だなどと甘いことを考えているんじゃあないだろうな!」

「そんなわけがないだろう? 泉翔でも最悪の状況に備えていろいろと対処してる」

「だからと言って……」

「大丈夫なんだって。なにしろうちの妻は元戦士だ。最も辞めて数年経つから、現役のころに比べたら衰えはあるけどね」

 やんわりとレイファーの手を引き離しながらそう言うと、レイファーは驚いた顔をした。

「戦士だったのか?」

「巧さんの部隊にね。腕前は巧さんや麻乃に比べたら断然劣るけれど、力だけなら二人より上をいく」

「中村に鍛えられた女ということか……上田、おまえ、とんでもない女を選んだものだな」

 レイファーの中で巧は一体、どんなイメージなんだろうか。
 力関係は、ジャセンベル城の王の間で見て取れたけれど……。
 今、なにを思っているのか、また水面に視線を移している。
 その表情は、さっきと同じで真剣みを帯びていて、声をかけるのがはばかられる。

「先だって、ヘイトのサムとともに泉翔の手前にある小島まで行ったんだが……」

「あぁ。鴇汰たちに会ったそうだね」

 呟くように言ったレイファーに答えると、キッと厳しい目を向けてきた。
 手すりを掴む手に力をこめている姿は、怒りを抑えているようにも見える。

「長田は、泉翔ではいつもあんなふうなのか?」

「あんなふう?」

「あんなに落ち着きのない男なのかと聞いている」

「あぁ、落ち着きね……」

 落ち着きがあるかないか、と問われるとあるとは言い難い。
 けれど、以前の鴇汰は今よりは落ち着いた行動をしていた、と思う。
 穂高の欲目なのかもしれないけれど……。

 それにしても、レイファーはなんだって、そんなことを知りたいのだろう。
 どう答えたらいいものか悩み、指先で額を掻いて少し考えた。

「泉翔へ向かうと、いつもどういうわけか長田が出てくる。上田、おまえが一緒だったこともあったな」

「そうだったかな」

 鴇汰も良く、ジャセンベルとばかり当たるとぼやいていた。
 とにかくジャセンベルの指揮官が忌々しい、と――。
 他の国とも当たっていたのに、レイファーのことは特に意識していた。

「俺にとって長田は、まったくもって忌々しい存在だった。あと一歩と思うようなときにも必ず俺の前に立ちはだかる。敵ではあったが、大したやつだと思っていた。それがどうだ!」

 レイファーは拳で手すりを思い切りたたき、サムとともに鴇汰たちと会ったときのことを、一気に説明しきった。

 ジャセンベルの城で、鴇汰のことを思慮が浅いだの落ち着きがないだのと言ったのは、やっぱり鴇汰と接していたからなのか。
 憤って説明を続けるレイファーの勢いに飲まれつつも、鴇汰と修治のやり取りが目に浮かぶようで、思わず苦笑した。

「なにがおかしい」

 鼻息の荒いまま穂高を睨んでいる。
 一度、感情に火が付くと抑えがきかないのか、荒ぶったその姿は穂高が抱いているジャセンベル人の印象そのままだ。

「さっき、おまえは鴇汰がいつもあんなふうなのか、って聞いたけど、あいつは確かに、おまえが感じていたとおりのやつだよ」

「感じていたとおり? どっちの意味でだ?」

「両方。どっちも同じ鴇汰だ。人の印象なんて、そんなものだろう? 見る人、その立ち位置や状況でいくらでも変わる」

「そうかもしれないが……」

「俺から見れば、おまえだってずいぶんと印象が違う。たまたま両極端なところを見ただけだし、鴇汰のやつも、最近は少しばかり荒れてただけだ」

「荒れてた? そんなやつをおまえたちはなぜ、藤川とともに行動させたんだ!」

 また、レイファーが声を荒げた。
 それより、ここでどうして麻乃の名前が出るんだ?

「安部という男……癪に障るが、あんなやつなら藤川が惹かれるのもわかる」

「修治さん……? なんでそこで修治さんと麻乃が……」

「せめて安部と一緒だったら、藤川がロマジェリカなどにかどわかされる事態も起こらなかったんじゃあないのか!」

 レイファーの物言いは、麻乃の身を案じているように思える。
 鴇汰に対して妙に憤っているのも、そのせいなんだとしたら……。

「……おまえ、もしかして麻乃を見知っている?」

「ああ。もう何年も前に一度だが。ジャセンベルでな」

 ジャセンベルで会ったということは、恐らく豊穣でだろう。
 穂高の記憶では、麻乃がジャセンベルに渡ったのは、穂高と鴇汰が蓮華になった年だけだ。
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