562 / 780
大切なもの
第12話 隠者 ~クロム 1~
しおりを挟む
ロマジェリカに暮らしていた前賢者に見出されたクロムは、そのもとで弟子として数年間、多くのことを学んだ。
「それは術だけではなく他者との関わりかたや、生きる指針についてもね。三人には役割のようなものもあってね、それぞれに使える術も違っていたんだよ」
他の二人の賢者とも引き合わされた。
一人はジャセンベルに住まい、もう一人はヘイトで暮らしていた。
互いに行き来をしては、様々な術を試したりもした。
やがて、クロムの師であった賢者が天命を全うして亡くなるころには、クロムは一人前の術者となり、賢者として他の二人と名を連ねることとなった……。
サムと梁瀬は、ただジッとクロムの話しを聞いている。
「新しい賢者として、やっと暮らしが確立したところに、あの粛清があってね。悩む間もなく、泉翔へ向かう事態になってしまったんだけれど、そのおかげで私はたくさんのことを知り、収穫を得たんだ」
「収穫、ですか?」
「知ることのできなかったことを知り、多くの人との繋がりを持ち、知識を得ることができた」
「それは一体……」
「最初の一年は南区に暮らしていたんだけれど、少し事情が変わってしまってね」
問いかけようとした梁瀬をさえぎって、クロムは続けた。
泉翔へ渡って一年ほど経ったころ、高田に問題が生じ、長く住んでいた南区を離れ、西区へ越すと言われた。
今後も大陸へ帰ることがあるのなら、鴇汰のこともあるから一緒にどうかと誘われ、住む場所を探すために試しに西区へ行ってみた。
そこには麻乃がいた。
既に一時的に目覚めたという。
いずれは鬼神として覚醒するだろうと、高田が言った。
「それを聞いたとき、さすがの私もめまいを覚えたよ。伝説の血筋が現れるとは、当時は夢にも思っていなかったからね」
「鬼神が現れたことに問題があったんですか? 賢者であるクロムさんは存在していると言うのに?」
「キミたちも、大陸での伝承を知っているだろう? 私は泉翔でも、その独自の伝承を学び得たから、麻乃ちゃんが男であればなんの不安も抱かなかったんだけれど……」
「……紅き華」
クロムが言い澱んだあとを、サムが継いだ。
そう。男であるならなんの問題もなかった。
紅き華が生まれ出た。
それは他の血筋も生まれている可能性を示唆している。
大陸に古くから伝わる伝承が、今、再び起ころうとしているのなら、それを止める手立ても考えなければならない。
クロムはいずれ来るだろう問題に対処するために、大陸と泉翔を頻繁に行き来しなければならなくなった。
泉翔を空ける時間が増えるとなると、鴇汰のことが非常に気になる。
両親を理不尽な形で亡くし、憔悴しきっていた鴇汰が逃げてくる船上でやっと笑顔を取り戻したと言うのに、同じような境遇にあり、かつ特殊な血筋の娘のそばに置いては、互いに共鳴してしまうかもしれない。
ある程度の歳になっていれば、そう心配する必要もなかっただろうけれど、二人ともまだ幼い。
近づけるのは危険だと判断した。
高田に事情を説明したうえで、信頼のおける相手を紹介してもらい、離れた東区へ移り住んだ。
「それからジャセンベルとヘイトの賢者たちに事情を話し、密に連絡を取り合い、数年に渡って様々な準備をしていたんだ」
ハンスも当時を思い出しているかのように、目を閉じて時折うなずいている。
大陸に残っていた賢者たちは、そのころにはかなりの歳で、二人ともその力を継ぐものを探していた。
「あるとき、ジャセンベルに住む賢者からの連絡があった。ようやく自分のあとを継ぐものを見つけた、是非とも一度引き合わせたい、そう言ってきたんだ」
妙なことだ、そう思った。
急ぎ戻ってみると、賢者は既に亡くなっていて見いだしたという弟子の姿もなかった。
健康そのものだったのに、突然亡くなったことに疑問を持ち、すぐさまヘイトに住む賢者に会いに行くと、その賢者もひどく驚いていた。
クロムと同じように引き合わせたいものがいる、と聞いていたけれど、やはり弟子の姿を見てはいなかった。
「事故ではなかったんですか? あるいは突然の発作とか……」
「そうであれば、なんらかの痕跡があっただろうけれど、そう言ったものはまったくなかったんだよ。彼と付き合いのあった人たちにもいろいろと聞いたけれど、結局なにも出てこなかった」
「ヘイトに住んでいた賢者のかたも、なにも知らなかったんですよね?」
「そうなんだ。私はね、彼の弟子がなにか知らないか、探してみることにしたんだ」
クロムは懸命にその足取りを追った。
けれど、その姿を見てはいても、ハッキリと記憶に残している人がまったく見つからず、なんの手がかりも掴めないまま、半年が過ぎてしまった。
賢者から受け継ぐべき術や諸々の知識は、一体どうなってしまったのか、それさえもわからない。
伝承の血筋が生まれ出ているのははっきりしている。
それなのに、その準備をつつがなく進めていくはずの賢者が一人、継ぐものを残さずに亡くなってしまった。
恐らく、その対象となるべき子を、クロムは既に見つけていたけれど教える相手がいないことにはどうにもならない。
鴇汰の様子も心配だったクロムは、あとのことをヘイトの賢者に任せ、いったん泉翔へ戻った。
「それは術だけではなく他者との関わりかたや、生きる指針についてもね。三人には役割のようなものもあってね、それぞれに使える術も違っていたんだよ」
他の二人の賢者とも引き合わされた。
一人はジャセンベルに住まい、もう一人はヘイトで暮らしていた。
互いに行き来をしては、様々な術を試したりもした。
やがて、クロムの師であった賢者が天命を全うして亡くなるころには、クロムは一人前の術者となり、賢者として他の二人と名を連ねることとなった……。
サムと梁瀬は、ただジッとクロムの話しを聞いている。
「新しい賢者として、やっと暮らしが確立したところに、あの粛清があってね。悩む間もなく、泉翔へ向かう事態になってしまったんだけれど、そのおかげで私はたくさんのことを知り、収穫を得たんだ」
「収穫、ですか?」
「知ることのできなかったことを知り、多くの人との繋がりを持ち、知識を得ることができた」
「それは一体……」
「最初の一年は南区に暮らしていたんだけれど、少し事情が変わってしまってね」
問いかけようとした梁瀬をさえぎって、クロムは続けた。
泉翔へ渡って一年ほど経ったころ、高田に問題が生じ、長く住んでいた南区を離れ、西区へ越すと言われた。
今後も大陸へ帰ることがあるのなら、鴇汰のこともあるから一緒にどうかと誘われ、住む場所を探すために試しに西区へ行ってみた。
そこには麻乃がいた。
既に一時的に目覚めたという。
いずれは鬼神として覚醒するだろうと、高田が言った。
「それを聞いたとき、さすがの私もめまいを覚えたよ。伝説の血筋が現れるとは、当時は夢にも思っていなかったからね」
「鬼神が現れたことに問題があったんですか? 賢者であるクロムさんは存在していると言うのに?」
「キミたちも、大陸での伝承を知っているだろう? 私は泉翔でも、その独自の伝承を学び得たから、麻乃ちゃんが男であればなんの不安も抱かなかったんだけれど……」
「……紅き華」
クロムが言い澱んだあとを、サムが継いだ。
そう。男であるならなんの問題もなかった。
紅き華が生まれ出た。
それは他の血筋も生まれている可能性を示唆している。
大陸に古くから伝わる伝承が、今、再び起ころうとしているのなら、それを止める手立ても考えなければならない。
クロムはいずれ来るだろう問題に対処するために、大陸と泉翔を頻繁に行き来しなければならなくなった。
泉翔を空ける時間が増えるとなると、鴇汰のことが非常に気になる。
両親を理不尽な形で亡くし、憔悴しきっていた鴇汰が逃げてくる船上でやっと笑顔を取り戻したと言うのに、同じような境遇にあり、かつ特殊な血筋の娘のそばに置いては、互いに共鳴してしまうかもしれない。
ある程度の歳になっていれば、そう心配する必要もなかっただろうけれど、二人ともまだ幼い。
近づけるのは危険だと判断した。
高田に事情を説明したうえで、信頼のおける相手を紹介してもらい、離れた東区へ移り住んだ。
「それからジャセンベルとヘイトの賢者たちに事情を話し、密に連絡を取り合い、数年に渡って様々な準備をしていたんだ」
ハンスも当時を思い出しているかのように、目を閉じて時折うなずいている。
大陸に残っていた賢者たちは、そのころにはかなりの歳で、二人ともその力を継ぐものを探していた。
「あるとき、ジャセンベルに住む賢者からの連絡があった。ようやく自分のあとを継ぐものを見つけた、是非とも一度引き合わせたい、そう言ってきたんだ」
妙なことだ、そう思った。
急ぎ戻ってみると、賢者は既に亡くなっていて見いだしたという弟子の姿もなかった。
健康そのものだったのに、突然亡くなったことに疑問を持ち、すぐさまヘイトに住む賢者に会いに行くと、その賢者もひどく驚いていた。
クロムと同じように引き合わせたいものがいる、と聞いていたけれど、やはり弟子の姿を見てはいなかった。
「事故ではなかったんですか? あるいは突然の発作とか……」
「そうであれば、なんらかの痕跡があっただろうけれど、そう言ったものはまったくなかったんだよ。彼と付き合いのあった人たちにもいろいろと聞いたけれど、結局なにも出てこなかった」
「ヘイトに住んでいた賢者のかたも、なにも知らなかったんですよね?」
「そうなんだ。私はね、彼の弟子がなにか知らないか、探してみることにしたんだ」
クロムは懸命にその足取りを追った。
けれど、その姿を見てはいても、ハッキリと記憶に残している人がまったく見つからず、なんの手がかりも掴めないまま、半年が過ぎてしまった。
賢者から受け継ぐべき術や諸々の知識は、一体どうなってしまったのか、それさえもわからない。
伝承の血筋が生まれ出ているのははっきりしている。
それなのに、その準備をつつがなく進めていくはずの賢者が一人、継ぐものを残さずに亡くなってしまった。
恐らく、その対象となるべき子を、クロムは既に見つけていたけれど教える相手がいないことにはどうにもならない。
鴇汰の様子も心配だったクロムは、あとのことをヘイトの賢者に任せ、いったん泉翔へ戻った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる