蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第126話 布陣 ~梁瀬 3~

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 サムが城の中を探っているあいだ、梁瀬は海岸の様子を見ることにした。
 船の準備はすべて整っている。
 既に到着した兵の一部は、もう乗船を始めていた。

「あの様子だと昼の出航は動かないか……」

「今はそのほうが良いかと。ヘイトにも庸儀への物資調達を早めるように指示してあります」

「なんで?」

「こちらも待つ時間が延びるほど、士気が削がれるまでは行かずとも、集中力が弱くなるでしょう?」

 確かに、緊張をしたまま待ち続ける時間は妙に長く感じるものだ。
 庸儀の出航を待っているあいだに、ジャセンベルの兵が焦れてしまっては困る。

「マドルは国を捨てるつもりでいるかもしれませんよ」

「どうして?」

「残された兵数が少な過ぎます。それに、あまりにもあっさりと通れる」

 王族と残された兵が浮足立って、果報を待っているだけのようだとサムは言う。
 それでも王のそばに二人ほど、見覚えのあるマドルの手のものがいると言い、それが連絡係として残っているのじゃないかと見当を付けた。

「軍部には重要と思われるものはなにもありません」

「それじゃあ、どこがどの浜から上陸するかまではわからないか……」

「いえ、地図が……これは泉翔の地図でしょうかね」

「泉翔の? それってどんな?」

「手書きの……島のほぼ中央に城が、三カ所からそこへ道が伸びています」

「手書きか。うん、なんとなく読める。それは間違いなく泉翔の地図だ」

 昔、庸儀の諜報が入り込んだときに、地理情報を盗まれた。
 手書きなのは、やつがそれを地図に起こしたからだろう。

「これにある書き込みから察するに、ロマジェリカは西側から、庸儀は南側、ヘイトは北側から上陸するかと」

「各浜から同時に攻め込み、城を目指し、落ち合うのは中央……それまで麻乃さんはマドルから離れるわけか……」

 麻乃一人のところをどうにかして引き止められないだろうか。
 暗示を解くにしても、二人揃っていられるより別々のほうが都合がいい。

 術にかかったヘイト軍も気にはなるけれど、まずは麻乃だ。
 ほかとは別で、麻乃だけは先に――。
 声にしていないのに、サムはチラリと横目を向けてくると、小さく溜息をついた。

「離れていても無駄ですよ」

「無駄って?」

「他の暗示とはわけが違う。離れていても様子がうかがえるだけじゃありません。あれは干渉を許す」

「それは操れる、ってこと? でも四六時中見張っているわけじゃないでしょ」

「それはそうでしょうが干渉されていたのが原因で、いきなり失敗する可能性もある。解く手段をこちらが知っているとわかれば、マドルも黙っているはずがありません」

 糸を巻き取るように杖を回し、サムは式神を引きあげさせた。
 連絡係のほうは、すぐにもサムの手のものを城に忍ばせ、事が起こったと同時に始末を付けると言う。

「やるならまとめて一気に。私も梁瀬さんも、ただ暗示を解くことだけに気を配ってなどいられないでしょう?」

「……そうだね」

 サムのいうことは最もだ。
 暗示を解くことが最優先であっても、それ以外の兵士が進軍をしている以上、放っておくわけにはいかない。

 わかってはいても、どうしても諦めきれない。
 なにか手がありそうな気がして仕方ない。
 梁瀬の見たかぎりでは、暗示にかっているとは言え、麻乃がマドルの側に完全に寝返ったようには見えないからだった。

「気持ちがわからないわけではありません。泉翔の小島で、三人とも同じような表情をしていました」

「三人? 修治さんと岱胡さんの他に誰が?」

「特に安部は見てわかるほど顔色が変わった。痛々しいほどでした。ですが……」

「だから他に誰が……」

「レイファーは彼では駄目だと判断したようですが、私はそうでもないと思うんですよね、あの長田という男……」

「お……鴇汰さんに会ったの?」

 思わず肩を掴んで揺さぶった手を、サムにやんわりと退けられた。
 軽く咳払いをしながら、襟もとを正している。

 クロムとともに出ていったあと、修治たちと無事に合流したのか。
 結局、鴇汰が動く姿を最後まで見られなかったから、その様子が気になる。

「それで、鴇汰さんの様子はどうだった? ちゃんと動いていたの?」

「え……? えぇ、動いていたもなにも、いきなりレイファーに斬りかかるほどで……空から降ってきましたしねぇ」

「空?」

「見たところ、特に問題はなさそうでしたが、なにかあったのですか?」

「いや、無事だったならそれでいいんだ。あとでそのときのこと、詳しく教えてもらっていいかな」

「構いませんけど……」

「きっとトクさんも聞きたいだろうし、帰ったらよろしくね」

 そう言ってサムの背を押し、城を離れた。
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