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動きだす刻
第125話 布陣 ~梁瀬 2~
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サムが巧の許へ地図を送る手配を済ませるのを待って、徳丸とハンスにあとを頼み、二人で連れ立ってロマジェリカの城近くまで来た。
もうすっかり夜が明けて陽が昇っているのに、相変わらず空はくすみ、肌寒い。
城の裏手にある森に潜み、様子をうかがっていると、何台もの車が行き交い、武装した兵士が次々と出ていくのが見えた。
単眼鏡を使って眺めていると、最後に出ていく部隊に混じって麻乃の姿があった。
近ごろ、良く着こんでいた青い上着に紅い髪が映えて目立つ。
「どうやら一部隊を任されているようですね」
考えたくはないけれど、恐らくサムのいうとおりだろう。
本来、麻乃の後ろにいるべきはずの七番部隊の顔ぶれを思い出す。
泉翔でどの浜に上陸するのかわからないけれど、ロマジェリカ軍を率いてくる麻乃と対峙したとき、彼らはどう感じるのか。
古株の筆頭でもある小坂や杉山の心中は、穏やかでは済まないと思う。
遠退いていく車を見送りながら、梁瀬はそのときのことを考えていた。
「全部出たようですけど……あの男がいませんね……」
「あの男?」
「マドルですよ。いないはずはないのですが」
「なに言ってるの。あいつなら庸儀にいたじゃない」
「庸儀に?」
あれから何度か探りを入れたときに、梁瀬は近距離から改めてマドルの姿を目にした。
整った奇麗な顔立ちに白い肌、鴇汰よりも淡い栗色をした長い髪はサイドで綺麗に編み込まれ、おおそよ争いごととは無縁のように見えて驚いたのだ。
人を人として見ていないような人間なのだから、もっと薄暗い感じのやつだと思っていたのに。
庸儀にいるのがわかったときにはひょっとすると麻乃も連れているのかと思った。
ところが、連れていたのはジェだった。
麻乃よりもジェを優先しているのだとしたら、実は大したやつじゃあないのかもしれない、と。
「ははぁ……本物は放っておいてもそこそこに動くけれど、偽物は野放しにしておくとなにをするかわからない。手もとにおいて監視するのが得策だと考えたんでしょうねぇ」
「サムはそう思うの?」
「えぇ。なにしろあのジェという女は、時に損得に係わらず自分の我を押し通すようですから」
言いながらサムはなにを思い出したのか、ククッと笑った。
「今度の遅れの理由、お聞きになりましたか?」
「いや。僕はちょうどそのときは外していたから」
「マドルが本物に執心して自分のそばにいなかった腹いせに、物資を積んだ船を流したそうですよ」
「だって……元々が庸儀の物資が足りなかったせいでの遅れだったんじゃ……」
「だから言ったでしょう? 損得に係わらず、と」
それにしたってひどい話しだ。
あるいは自分の命に関わる問題にもなるだろうに。
「まぁ、おかげでこちらもこうして時間が持てた。そう考えればありがたい話しですよ。これで早く追うのも可能になりましたから」
「確かに」
「余程のことがないかぎり、やつらが上陸して二日と空けずに私たちも泉翔へ到着できるでしょう。恐らく進軍し始めの、浜に近いあたりで追い付ける」
サムの言葉に梁瀬は黙ってうなずいた。
今度ばかりは数の多さに食い止め切れず、堤防を越えられてしまうだろう。
抜けられてしまうのは仕方がない。
仮に蓮華が全員揃っていたとしても、きっと防ぎ切れない。
ならばできるだけ早くに、深く潜り込まれる前にたたきたい。
そんな思いを察したのか、サムは目を細めて柔らかな笑みを浮かべた。
「繋ぎのものを見つけるついでに、各浜にどの国が上陸をするのか調べてみましょう」
「できる?」
「愚問ですね」
肩にかけた荷袋の中から一枚のマントと奇妙な面を取り出して、地面に放り投げた。
逆さになった面を杖先で軽くたたきながら、サムがボソボソとなにかの呪文を唱えると、面を持ち上げるようにマントが盛り上がっていく。
ものの数秒でそれは形になった。
「式神……? 人型が作れるの?」
「この形ならできる術師は多いですよ。なにしろ格好だけですからね」
サムは口をへの字にして不満そうな表情を浮かべた。
確かにクロムの式神に比べれば、張りぼてとも言えるけれど、マントと面で見えるべき体の部分が隠されているせいで、最初から式神だとわかっていなければ、見わけが付き難い。
「とりあえず、中の様子を見ながら探りを入れてみましょうか」
軽く振った杖先に押されるように、それは城へと向かっていった。
もうすっかり夜が明けて陽が昇っているのに、相変わらず空はくすみ、肌寒い。
城の裏手にある森に潜み、様子をうかがっていると、何台もの車が行き交い、武装した兵士が次々と出ていくのが見えた。
単眼鏡を使って眺めていると、最後に出ていく部隊に混じって麻乃の姿があった。
近ごろ、良く着こんでいた青い上着に紅い髪が映えて目立つ。
「どうやら一部隊を任されているようですね」
考えたくはないけれど、恐らくサムのいうとおりだろう。
本来、麻乃の後ろにいるべきはずの七番部隊の顔ぶれを思い出す。
泉翔でどの浜に上陸するのかわからないけれど、ロマジェリカ軍を率いてくる麻乃と対峙したとき、彼らはどう感じるのか。
古株の筆頭でもある小坂や杉山の心中は、穏やかでは済まないと思う。
遠退いていく車を見送りながら、梁瀬はそのときのことを考えていた。
「全部出たようですけど……あの男がいませんね……」
「あの男?」
「マドルですよ。いないはずはないのですが」
「なに言ってるの。あいつなら庸儀にいたじゃない」
「庸儀に?」
あれから何度か探りを入れたときに、梁瀬は近距離から改めてマドルの姿を目にした。
整った奇麗な顔立ちに白い肌、鴇汰よりも淡い栗色をした長い髪はサイドで綺麗に編み込まれ、おおそよ争いごととは無縁のように見えて驚いたのだ。
人を人として見ていないような人間なのだから、もっと薄暗い感じのやつだと思っていたのに。
庸儀にいるのがわかったときにはひょっとすると麻乃も連れているのかと思った。
ところが、連れていたのはジェだった。
麻乃よりもジェを優先しているのだとしたら、実は大したやつじゃあないのかもしれない、と。
「ははぁ……本物は放っておいてもそこそこに動くけれど、偽物は野放しにしておくとなにをするかわからない。手もとにおいて監視するのが得策だと考えたんでしょうねぇ」
「サムはそう思うの?」
「えぇ。なにしろあのジェという女は、時に損得に係わらず自分の我を押し通すようですから」
言いながらサムはなにを思い出したのか、ククッと笑った。
「今度の遅れの理由、お聞きになりましたか?」
「いや。僕はちょうどそのときは外していたから」
「マドルが本物に執心して自分のそばにいなかった腹いせに、物資を積んだ船を流したそうですよ」
「だって……元々が庸儀の物資が足りなかったせいでの遅れだったんじゃ……」
「だから言ったでしょう? 損得に係わらず、と」
それにしたってひどい話しだ。
あるいは自分の命に関わる問題にもなるだろうに。
「まぁ、おかげでこちらもこうして時間が持てた。そう考えればありがたい話しですよ。これで早く追うのも可能になりましたから」
「確かに」
「余程のことがないかぎり、やつらが上陸して二日と空けずに私たちも泉翔へ到着できるでしょう。恐らく進軍し始めの、浜に近いあたりで追い付ける」
サムの言葉に梁瀬は黙ってうなずいた。
今度ばかりは数の多さに食い止め切れず、堤防を越えられてしまうだろう。
抜けられてしまうのは仕方がない。
仮に蓮華が全員揃っていたとしても、きっと防ぎ切れない。
ならばできるだけ早くに、深く潜り込まれる前にたたきたい。
そんな思いを察したのか、サムは目を細めて柔らかな笑みを浮かべた。
「繋ぎのものを見つけるついでに、各浜にどの国が上陸をするのか調べてみましょう」
「できる?」
「愚問ですね」
肩にかけた荷袋の中から一枚のマントと奇妙な面を取り出して、地面に放り投げた。
逆さになった面を杖先で軽くたたきながら、サムがボソボソとなにかの呪文を唱えると、面を持ち上げるようにマントが盛り上がっていく。
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「この形ならできる術師は多いですよ。なにしろ格好だけですからね」
サムは口をへの字にして不満そうな表情を浮かべた。
確かにクロムの式神に比べれば、張りぼてとも言えるけれど、マントと面で見えるべき体の部分が隠されているせいで、最初から式神だとわかっていなければ、見わけが付き難い。
「とりあえず、中の様子を見ながら探りを入れてみましょうか」
軽く振った杖先に押されるように、それは城へと向かっていった。
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