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動きだす刻
第117話 覚悟 ~レイファー 2~
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一振りで済むとは思ってなどいなかったけれど考えていた以上に力強く荒い王の攻撃に、受け身にならざるを得ない。
離れて息をつこうにも、老体とは思えないすばやい動きにすぐに間合いを詰められてしまう。
(さすが……兄上たちとは違って手応えがある!)
何度目かの攻撃をかわしたとき、足もとに放り出されたままになっていた長兄の頭を蹴り、それが部屋の端へ転がった。
視界の隅をよぎったなにかに気を取られ、よそ見をした隙に、王の切っ先が脇腹をかすめた。
防刃のためのプロテクターがなければ斬られていたところだ。
「なんだ、そんな程度か?」
「……くっ!」
見下した目で笑いを浮かべる王の剣を勢い良く弾き返し、王がバランスを崩したことで距離が取れた。
動いたなにかを確かめようと視線を移すと、レイファーの斜め横で長兄の髪を引っ掴んでぶら下げ、落ちた布をあわてて拾おうとしているルーンの姿が見えた。
(――ルーン爺?)
なぜここに、などとは愚問だ。
王の世話係りなのだから、いて当然だ。
けれど今、まさかこの場所にいようとは思ってもみなかった。
引き離した間合いが再び王の攻撃で縮められる。
避ける方向次第ではルーンが危ない。
「爺! 下がっていろ!」
勢い良く突き付けられる剣を受け、何度目かのときに立ちすくむルーンに叫び、逃がす隙を作るためにレイファーのほうから仕かけた。
焦りと動揺で狙いを外し、大きく剣を弾かれて膝蹴りを喰らい、腹に鈍い痛みが走った。
むせ返ったところに繰り出された肘打ちを、辛うじて防ぐ。
レイファーを見ていた王の目がルーンに移り、その手が剣を握り直して真っすぐにルーンに向かって動いた。
老いているうえに武術に関して心得のないルーンが、王の剣を避けられるわけがない。
考えるよりも先に体が動き、王の前に飛び出すとルーンを突き飛ばした。
伸ばした左上腕を斬り付けられ、肩を覆っていたガードが弾き飛ばされた。
斬られたのが利き腕ではなかったことが幸いだ。
王から目を背けずに、剣を握り直すと、左手でルーンの襟首を掴んで立ち上がらせ、後ろに庇った。
「レイファーさま……」
「だからさがっていろと言った!」
「ですが首が……」
「そんなものは捨て置け! すぐに控えの間へ逃げろ。安全な場所で身をひそめておくんだ、いいな!」
「私は王の従者です。ここを離れるわけにはいきませぬ」
キッパリと言い切り、長兄の頭を改めて包み直して抱えている。
「馬鹿が! 命とどっちが大事だ! いいから退くんだ!」
「馬鹿はきさまだ。従者など放っておけばよいものを……かつてはこの腕一つで泉翔まで侵攻していた私に、そんな腕で敵うと思ったか?」
なにかの折にどこかへ出るときも、あるいは他国へ向かわなければならないときも、王はいつでもルーンを伴っていた。
その相手を斬り付けようとしたうえに放っておけば良いだと……?
「たかが従者一人が死んだところで、代わりなどいくらでもいよう」
「そんなわけに行くか! ルーン爺は俺にとっても大切な存在だ! 巻き込んで死なせるわけにはいかない!」
「甘いわ! だからきさまは駄目だと言う……多少の犠牲を恐れて次に繋ぐ道が断たれることもあるのだと、その身で知るがいい!」
王から発せられる強い意志が、なにを差し、なにを求めているのかまったくわからない。
ただハッキリしているのは、レイファーに対して強い殺意を持っているということだけだ。
(倒さなければ殺られてしまう……俺が死んでしまったら……やつらは……)
今もレイファーを信じて待っている仲間たちは、自分がここで倒れてしまえば一網打尽にされてしまうだろう。
例えサムの手を借りて逃げることが可能であっても、この王ならば、新たな部隊をすぐにも築き上げ、他国……まずはヘイトへ打って出る。
そうなっては、ヘイトもろとも倒されてしまう。
負けるわけにはいかない。覚悟ならとうに決めたはずだ。
(迷いを感じちゃ駄目だ。時にどうしようもない選択を求められることもある。どうしても一つは諦めなければならないのなら、どちらが自分にとって大切であるか……それを胸にしっかり刻み、ためらわずもう一方は、切り捨てなければならない。人の力なんて……どれだけ過信してみても、ほとんどが手に余ることばかりだからね)
昔……軍に上がったことを迷っていた時期に、そう言われたのを思い出した。
大切なのがなにかは、もう決まっている。
息を整えながら剣を構え、王を見た。
体のほうは思うように動かないのか、大きく肩で呼吸をしている王は、一定の距離を保ったままで息を整えているように見える。
(息の乱れが落ち着く前にこちらから畳みかければ、隙も見つけやすくなる――)
離れて息をつこうにも、老体とは思えないすばやい動きにすぐに間合いを詰められてしまう。
(さすが……兄上たちとは違って手応えがある!)
何度目かの攻撃をかわしたとき、足もとに放り出されたままになっていた長兄の頭を蹴り、それが部屋の端へ転がった。
視界の隅をよぎったなにかに気を取られ、よそ見をした隙に、王の切っ先が脇腹をかすめた。
防刃のためのプロテクターがなければ斬られていたところだ。
「なんだ、そんな程度か?」
「……くっ!」
見下した目で笑いを浮かべる王の剣を勢い良く弾き返し、王がバランスを崩したことで距離が取れた。
動いたなにかを確かめようと視線を移すと、レイファーの斜め横で長兄の髪を引っ掴んでぶら下げ、落ちた布をあわてて拾おうとしているルーンの姿が見えた。
(――ルーン爺?)
なぜここに、などとは愚問だ。
王の世話係りなのだから、いて当然だ。
けれど今、まさかこの場所にいようとは思ってもみなかった。
引き離した間合いが再び王の攻撃で縮められる。
避ける方向次第ではルーンが危ない。
「爺! 下がっていろ!」
勢い良く突き付けられる剣を受け、何度目かのときに立ちすくむルーンに叫び、逃がす隙を作るためにレイファーのほうから仕かけた。
焦りと動揺で狙いを外し、大きく剣を弾かれて膝蹴りを喰らい、腹に鈍い痛みが走った。
むせ返ったところに繰り出された肘打ちを、辛うじて防ぐ。
レイファーを見ていた王の目がルーンに移り、その手が剣を握り直して真っすぐにルーンに向かって動いた。
老いているうえに武術に関して心得のないルーンが、王の剣を避けられるわけがない。
考えるよりも先に体が動き、王の前に飛び出すとルーンを突き飛ばした。
伸ばした左上腕を斬り付けられ、肩を覆っていたガードが弾き飛ばされた。
斬られたのが利き腕ではなかったことが幸いだ。
王から目を背けずに、剣を握り直すと、左手でルーンの襟首を掴んで立ち上がらせ、後ろに庇った。
「レイファーさま……」
「だからさがっていろと言った!」
「ですが首が……」
「そんなものは捨て置け! すぐに控えの間へ逃げろ。安全な場所で身をひそめておくんだ、いいな!」
「私は王の従者です。ここを離れるわけにはいきませぬ」
キッパリと言い切り、長兄の頭を改めて包み直して抱えている。
「馬鹿が! 命とどっちが大事だ! いいから退くんだ!」
「馬鹿はきさまだ。従者など放っておけばよいものを……かつてはこの腕一つで泉翔まで侵攻していた私に、そんな腕で敵うと思ったか?」
なにかの折にどこかへ出るときも、あるいは他国へ向かわなければならないときも、王はいつでもルーンを伴っていた。
その相手を斬り付けようとしたうえに放っておけば良いだと……?
「たかが従者一人が死んだところで、代わりなどいくらでもいよう」
「そんなわけに行くか! ルーン爺は俺にとっても大切な存在だ! 巻き込んで死なせるわけにはいかない!」
「甘いわ! だからきさまは駄目だと言う……多少の犠牲を恐れて次に繋ぐ道が断たれることもあるのだと、その身で知るがいい!」
王から発せられる強い意志が、なにを差し、なにを求めているのかまったくわからない。
ただハッキリしているのは、レイファーに対して強い殺意を持っているということだけだ。
(倒さなければ殺られてしまう……俺が死んでしまったら……やつらは……)
今もレイファーを信じて待っている仲間たちは、自分がここで倒れてしまえば一網打尽にされてしまうだろう。
例えサムの手を借りて逃げることが可能であっても、この王ならば、新たな部隊をすぐにも築き上げ、他国……まずはヘイトへ打って出る。
そうなっては、ヘイトもろとも倒されてしまう。
負けるわけにはいかない。覚悟ならとうに決めたはずだ。
(迷いを感じちゃ駄目だ。時にどうしようもない選択を求められることもある。どうしても一つは諦めなければならないのなら、どちらが自分にとって大切であるか……それを胸にしっかり刻み、ためらわずもう一方は、切り捨てなければならない。人の力なんて……どれだけ過信してみても、ほとんどが手に余ることばかりだからね)
昔……軍に上がったことを迷っていた時期に、そう言われたのを思い出した。
大切なのがなにかは、もう決まっている。
息を整えながら剣を構え、王を見た。
体のほうは思うように動かないのか、大きく肩で呼吸をしている王は、一定の距離を保ったままで息を整えているように見える。
(息の乱れが落ち着く前にこちらから畳みかければ、隙も見つけやすくなる――)
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