518 / 780
動きだす刻
第107話 謀反 ~梁瀬 1~
しおりを挟む
サムの答えに梁瀬はホッと溜息をついた。
さすがに一国の軍を担う軍師は、決断が早くて助かる。
梁瀬のいる場所からヘイトとジャセンベルの国境付近は遠い。
今はその距離さえも問題に感じないとは言え、早く動くに越したことはない。
「解きかたはともかくとして、手が足りないかもしれないんだよね。あと一人、手がほしい。できれば相応の力を持った人がいいんだけど……」
「一人? それなら私が……」
「なにを言ってるの? キミの国のことなんだから、キミが頭数に入ってるのは当然でしょ。僕らのほかにもう一人、足りないんだよ。クロムさんは泉翔へ発ってしまったし……」
「今さらなにを……それじゃあ解きかたがわかったところで手が出せないじゃないですか」
「案ずるな。その一人はワシが引き受けよう」
梁瀬の背後でハンスが言った。
「クロムやおまえさんたちにも及ばぬやもしれぬが、おらぬよりマシであろう? それに、そこいらの若いやつにはまだまだ負けぬわ」
「それはそうでしょうけど……」
正直なところ、暗示を解くためにどれほどの力が消費されるのか、誰の力がどれだけ引き出されるか、まったくわからない。
梁瀬もサムもまだ若いし現役だ。
それに対してハンスは力量よりもまずその歳だ。
消耗も梁瀬たちとは比べものにならないくらい激しいかもしれない。
サムもそれがわかっているのか、黙ったままだ。
「時間が惜しい、とっととかかろう。梁瀬、早く先へ進めなさい」
「でも、不確かな要素が多すぎるんですよ? またハンスさんになにかあったら、僕は……僕のほうこそ母に顔向けできません」
「今は議論などしている暇はないだろう。チャンスと可能性が目の前にあるのだぞ。有効に使わずになんとする」
言わんとすることは理解できる。
ジャセンベルが動きだしてからでは遅いのだから。
「……梁瀬さん、私からも頼みます。手があるのなら、爺さまが良しというのなら、今はどうか……私はどうあっても仲間を取り戻したいのです」
常に喧嘩腰で身構えていたサムが、自分を「梁瀬さん」と呼んだことに驚いた。
そしてその真剣な口調が、どれほど仲間の兵たちを大切に考えているのかを感じさせる。
逆の立場なら、梁瀬も土下座をしてでもサムに頼み込んでいただろう。
「わかった。やろう。キミ……いや、サムのいる所は国境沿いに近い?」
「ここですか? 少し反れますね。ここより南のジャセンベル領に近いあたりに陣が引かれています」
「そう……ヘイトの部隊は、単体で? それとも庸儀やロマジェリカが一緒に?」
梁瀬の問いに、サムが黙った。
式神を通して拾える音が、なにやら近くのものたちと話しているのをうかがわせる。
「ヘイトのみ、です。ロマジェリカと庸儀の部隊は、さらに東へ進んだジャセンベル領との国境沿いにいます」
「それじゃあ、僕らの動きは邪魔される心配もなさそうだね。わかった。今から十分後にそっちに行く、すぐに出かける準備をしておいて」
「十分?」
サムはなにかを言い返そうとして思い直したのか、息を飲む音が大きく聞こえた。
「わかりました。必要なものは?」
「ない」
「では後ほど」
サムの最後の言葉になにも返さず、式神を引き上げた。
どうせすぐに顔を合わせるのだから、いつまでも返事のやり取りは必要ない。
クロムにもらった手帳を片手に、梁瀬は泉翔から持ってきた術の本を出すと、いくつかの術式を書き出していった。
自分で試して使えると判断したもの、梁瀬には使い難かったものを選び、最後に別の紙へ通常の暗示を解く術式と、おかしな暗示を解く術式を書き加えた。
サムはきっと泉翔の術は使えないだろう。
この本ごと渡してしまえば、ちょうどいい。
なかなかの使い手のようだ。
これらを身につけることがサムにならできるような気がした。
ハンスが出かける支度を終える頃ころに、本も完成した。
洞窟から出ると、梁瀬は大きく杖を振って鳥の式神を出す。
巧と穂高を助けに行ったときに出したものと同じだ。
梁瀬の隣で目を見張っているハンスを促し、式神に繋いだロープをしっかりと体に結び付けた。
さすがに一国の軍を担う軍師は、決断が早くて助かる。
梁瀬のいる場所からヘイトとジャセンベルの国境付近は遠い。
今はその距離さえも問題に感じないとは言え、早く動くに越したことはない。
「解きかたはともかくとして、手が足りないかもしれないんだよね。あと一人、手がほしい。できれば相応の力を持った人がいいんだけど……」
「一人? それなら私が……」
「なにを言ってるの? キミの国のことなんだから、キミが頭数に入ってるのは当然でしょ。僕らのほかにもう一人、足りないんだよ。クロムさんは泉翔へ発ってしまったし……」
「今さらなにを……それじゃあ解きかたがわかったところで手が出せないじゃないですか」
「案ずるな。その一人はワシが引き受けよう」
梁瀬の背後でハンスが言った。
「クロムやおまえさんたちにも及ばぬやもしれぬが、おらぬよりマシであろう? それに、そこいらの若いやつにはまだまだ負けぬわ」
「それはそうでしょうけど……」
正直なところ、暗示を解くためにどれほどの力が消費されるのか、誰の力がどれだけ引き出されるか、まったくわからない。
梁瀬もサムもまだ若いし現役だ。
それに対してハンスは力量よりもまずその歳だ。
消耗も梁瀬たちとは比べものにならないくらい激しいかもしれない。
サムもそれがわかっているのか、黙ったままだ。
「時間が惜しい、とっととかかろう。梁瀬、早く先へ進めなさい」
「でも、不確かな要素が多すぎるんですよ? またハンスさんになにかあったら、僕は……僕のほうこそ母に顔向けできません」
「今は議論などしている暇はないだろう。チャンスと可能性が目の前にあるのだぞ。有効に使わずになんとする」
言わんとすることは理解できる。
ジャセンベルが動きだしてからでは遅いのだから。
「……梁瀬さん、私からも頼みます。手があるのなら、爺さまが良しというのなら、今はどうか……私はどうあっても仲間を取り戻したいのです」
常に喧嘩腰で身構えていたサムが、自分を「梁瀬さん」と呼んだことに驚いた。
そしてその真剣な口調が、どれほど仲間の兵たちを大切に考えているのかを感じさせる。
逆の立場なら、梁瀬も土下座をしてでもサムに頼み込んでいただろう。
「わかった。やろう。キミ……いや、サムのいる所は国境沿いに近い?」
「ここですか? 少し反れますね。ここより南のジャセンベル領に近いあたりに陣が引かれています」
「そう……ヘイトの部隊は、単体で? それとも庸儀やロマジェリカが一緒に?」
梁瀬の問いに、サムが黙った。
式神を通して拾える音が、なにやら近くのものたちと話しているのをうかがわせる。
「ヘイトのみ、です。ロマジェリカと庸儀の部隊は、さらに東へ進んだジャセンベル領との国境沿いにいます」
「それじゃあ、僕らの動きは邪魔される心配もなさそうだね。わかった。今から十分後にそっちに行く、すぐに出かける準備をしておいて」
「十分?」
サムはなにかを言い返そうとして思い直したのか、息を飲む音が大きく聞こえた。
「わかりました。必要なものは?」
「ない」
「では後ほど」
サムの最後の言葉になにも返さず、式神を引き上げた。
どうせすぐに顔を合わせるのだから、いつまでも返事のやり取りは必要ない。
クロムにもらった手帳を片手に、梁瀬は泉翔から持ってきた術の本を出すと、いくつかの術式を書き出していった。
自分で試して使えると判断したもの、梁瀬には使い難かったものを選び、最後に別の紙へ通常の暗示を解く術式と、おかしな暗示を解く術式を書き加えた。
サムはきっと泉翔の術は使えないだろう。
この本ごと渡してしまえば、ちょうどいい。
なかなかの使い手のようだ。
これらを身につけることがサムにならできるような気がした。
ハンスが出かける支度を終える頃ころに、本も完成した。
洞窟から出ると、梁瀬は大きく杖を振って鳥の式神を出す。
巧と穂高を助けに行ったときに出したものと同じだ。
梁瀬の隣で目を見張っているハンスを促し、式神に繋いだロープをしっかりと体に結び付けた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる