蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第91話 交差 ~穂高 3~

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「だとすりゃあ都合がいいかもしれねぇな。こいつがどう考えているのか、聞けるチャンスだ」

「……そうね、私も鴇汰がなにを思っているか知りたいし、これからどうするつもりなのか聞きたいわ」

「もしも変なことを考えているようなら、僕らが泉翔へ戻るのを促してあげないといけないよね」

 回復術を施されたときに感じる温かみが伝わっているのか、鴇汰の呼吸はゆっくりと安定している。
 目の前で麻乃を連れ去られて、意識が戻った途端に取り戻しに行こうとまでして、今、なにを思っているのだろう。
 みんなのいうように、鴇汰に戻る決心をつけさせなければいけないと、穂高も思う。

「麻乃が覚醒してしまったって?」

「ん……? あぁ、そうなんだよな……ロマジェリカに加担してるって……」

 穂高が声をかけてみると、鴇汰は弱々しい声で答えた。
 どうやら会話は成立している。
 梁瀬と巧を振り返ると二人揃ってうなずいた。

「文献の話しは聞いたよね?」

 今度は梁瀬が問いかけると、それにはさっきよりもハッキリと答え、モゾモゾと体を動かそうとしている。
 起きようとしているのに起きられないのが疑問なのか、鴇汰の表情が曇って見える。
 梁瀬が本をめくりながら、鴇汰にもちゃんと聞こえるように考えを口にした。

「主要な人物は、麻乃さんをのぞいて三人だけど……ロマジェリカにそのうちの一人がいるんじゃないかと、僕は思うわけ」

「俺も同じだよ、だって麻乃はロマジェリカに連れ去られたんだろう?」

「そう、ロマジェリカの軍師が……マドルってやつが俺の目の前で……なのに俺はなにもできなくて……」

 鴇汰は寝苦しいのか、二、三度身をよじり、最初のときよりも暗い声で呟いた。
 巧と徳丸が深い溜息をつきながら、大きく肩を落としている。

「なるほどね。それであんた、自分一人で麻乃を助けに行こうなんて考えちゃったわけね?」

「ガキが、浅はかな考えをしやがって」

「だって俺のせいなんだぜ? 俺がなにもできなかったから……」

 悔いているのがありありとわかるからか、巧も徳丸も、言葉は厳しくても優しげな視線を鴇汰に向けていた。
 そして小声で巧が言う。

「それにしても、どうしたものかしらね。どう言い聞かせたら、鴇汰は戻る気になるかしら?」

「難しいところだよねぇ……こうまで気に病んでいるのに頭ごなしに帰れっていうのもね」

「けど、クロムさんは鴇汰を戻して、修治さんの手助けをさせていって言ったよ」

「そうよね、やっぱりまずは戻るように言い含めるのが先よね」

 ヒソヒソと続けているのが聞こえているのかいないのか、鴇汰が不意に声を張った。

「てか……あんたら、ここでなにしてるわけ? つか、なんでこんなトコにいんのよ?」

 その問いに思わず顔を見合わせる。
 クロムは鴇汰に穂高たちがいることを知らせたくないと言った。
 隠すことに対して同意をしている以上、本当のことは言えない。

 なにも言わずにいることで、こうして会話したのを鴇汰はどう思うのだろう?
 多分、夢だと思うに違いない。そして、きっと鴇汰は……。

「ん……まぁ、それはいいとして、あんた、泉翔に戻りなさい」

 巧は言葉を濁してから、キッパリとした命令口調で鴇汰に告げた。
 案の定、鴇汰は戻るのを拒み、体をよじってもがく。
 徳丸が修治の名前を出した途端、ますます意固地になったように鴇汰は口を尖らせた。 

 梁瀬が麻乃になにかが起こったときに、修治や道場のものたちが対処法を決めていることを教えてやり、更に巧が修治に手を貸すようにと言い含めているのを、穂高は黙って見つめていた。

 昔から鴇汰は修治を意識している。
 それは麻乃のそばに常にいたからだけではなく、単純に修治の存在がいつでも鴇汰の上を行くからだ。
 敵わないという思いが、牽制に繋がっているんだろう。

「はっ……なんで俺があいつと……あんたら馬鹿じゃねーの? 俺とあいつが組んで、うまくいくことなんてあるはずがねーだろ?」

 吐き捨てるように言った鴇汰に、回復術を施していた徳丸が、その手をいきなり鴇汰の頭に振り下ろした。
 ゴン、と鈍いながらも大きな音がして、驚いた梁瀬があわてて徳丸の腕を押さえて止め、ベッドから引き離した。

「なにしてんの! 目を覚ましちゃったらすべてが無駄に……」

「おまえが修治を気に入らないのは、麻乃のことがあったからだろう? けどな、あいつはカミさんをもらうんだ。もう麻乃とはなんの関係もねぇ。嫌がる理由もねぇだろうが。修治だって同じことだ。あいつはおまえを気に入らねぇが、嫌いじゃないって言っただろう?」
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