500 / 780
動きだす刻
第89話 交差 ~穂高 1~
しおりを挟む
帰りはピーターが寄越してくれた見た目は穂高たちと同じ泉翔人に送られて、短時間で戻ってくることができた。
これから当分のあいだ、移動の面倒を見てくれると言う。
人当たりが良く、道中は雑談も交わした。
彼もピーターと同様、ジャセンベルの軍に属していて、産まれてからずっと大陸で暮らしていると言った。
祖先の故郷である泉翔へは、様々な興味を抱いているらしい。
森の外で車を降りてお礼を言い、彼が戻っていったのを見送ってから、穂高はクロムの家まで全力で走った。
後ろで巧が呼びかけてきたけれど、一秒でも早く戻りたくて振り向いてなどいられない。
森を抜けると、玄関先にクロムの姿を見つけた。
「クロムさん! 鴇汰は? 目を覚ましたんですよね!」
「シッ、静かに。今さっき、また眠ったところだよ」
そう言えば、ここに穂高たちがいることは内緒にしておくと約束していた。
大声を出して聞こえてしまってはまずい。
「あっ……すいません。それで、その……鴇汰の様子は……」
「うん。大分いい。思った以上の回復ぶりだったよ。なにしろすぐに飛び出していこうとしたからね」
「やっぱり麻乃のことを……」
気にかけるな、というのが無理な話しだとクロムも困った顔で答えた。
「あれだけ動ければ、もう泉翔へ戻しても構わないんだけれど、もう少し様子を見たくてね。あと二日は置いておきたいんだ。そのあいだに三度ほど回復を頼めるかな?」
「三度だけで大丈夫なんですか?」
「キミたちも忙しくなるしね、残りは私で十分だろう。眠っている今のうちにお願いしようか」
そう言われ、戻ってきた徳丸と梁瀬を交え、連れ立って鴇汰の部屋へと向かう。
最初の回復は穂高が受け持った。
相変わらずピクリとも動かない鴇汰の鳩尾あたりへ手をのせた。
ここへ来てからずっと眠っている姿しか見ていないせいか、目を覚ましたというのが信じられないし、こんなに長いあいだ鴇汰と口を利いていないのは初めてかもしれない。
泉翔へ戻ればまた、以前のように話しもできるんだと思うと、つい涙がにじむ。
後ろで本を読み続けている梁瀬に気づかれないように、そっと目もとをぬぐった。
「様子、どう?」
先に夕食を済ませた巧と徳丸が部屋へ戻ってきて、鴇汰の顔を覗き込んだ。
「顔色はいいよ。見た目には傷もないし……」
「そう。目を覚ましているところを見ていないのが、少し不安だけど良かったわ」
巧も穂高と同じ心配をしている。
実際に動いている姿を見ないとどこか不安なのは、みんな同じだ。
「ところで梁瀬のやつはなにをやってるんだ?」
「さぁ……さっきからずっと本を読んでいるよ」
ヘイトで手に入れたという本と穂高が庸儀から持ち出してきた本を重ねて膝に置き、さっきからまったく顔を上げようとしない。
時折、手にした杖を揺らしては独り言を呟いている。
梁瀬が豊穣の前からなにかを気にしていたのは承知していた。
それが大陸にまつわる伝承だったことも今では理解している。
その内容についてもある程度はわかったけれど、不確かな部分もいくつもある。
クロムがなにか知っているようだけれど、穂高たちの手で手繰り寄せるべきだと考えているようだ。
「おまえ、ひょっとしてサムの言ったことを意識しているのか?」
ベッドを挟んで穂高の向かい側に腰を下ろした徳丸が梁瀬に向かって言うと、突然、梁瀬の表情が不機嫌な色を浮かべた。
「違うとは言わないけど、そうじゃないよ」
「おまえは一つの事に固執すると周りが見えなくなるのが、俺は心配だ」
「だから違うってば。僕はずっと伝承について考えていたんだけど……」
梁瀬が椅子ごとベッドのそばへ寄ってきた。
数冊の本のそれぞれを指し、伝承を口にした。
闇より生まれし焔、五つの地を飲み込む。
焔、すべてを涸らし、その力を誇示するとき、蒼き月の皇子、西の地に降り立つ。
東の地に咲き誇る紅き華を携え、闇に一条の蒼き光をもたらす。
紅き華、その能力を以て焔の侵触を阻み、泉を潤し、川の流れと芽吹く命を与える。
南に生まれしもの、大地の生命力を汲み上げ、それを治めんとす。
破壊の焔、すべてを燃やし尽さんと激しく燃えあがる。
月を飲み込み、華をも燃やし尽くす。
空を覆いし焔の力を遮り、三つの拙き光。
五つの地に輝きを増し、やがてすべての地を照らす。
一つ風、一つ雲、一つ雫。
蒼き月の皇子の光とともに枯渇した地に大輪の華を咲かせ、焔の力を奪う。
南のもの、拙き大地の光と風を纏い、落ちる雫を巻き上げる。
やがて焔は力尽き、大地その骸を糧に生命を芽吹く。
蒼き月の皇子、月光の下に新たなる輝きを注ぐ。
明ける空、光る水面、揺れる穂先、幾つもの風が凪ぐ。
南のもの、彼の前に跪くとき、広大な土地を治める。
これから当分のあいだ、移動の面倒を見てくれると言う。
人当たりが良く、道中は雑談も交わした。
彼もピーターと同様、ジャセンベルの軍に属していて、産まれてからずっと大陸で暮らしていると言った。
祖先の故郷である泉翔へは、様々な興味を抱いているらしい。
森の外で車を降りてお礼を言い、彼が戻っていったのを見送ってから、穂高はクロムの家まで全力で走った。
後ろで巧が呼びかけてきたけれど、一秒でも早く戻りたくて振り向いてなどいられない。
森を抜けると、玄関先にクロムの姿を見つけた。
「クロムさん! 鴇汰は? 目を覚ましたんですよね!」
「シッ、静かに。今さっき、また眠ったところだよ」
そう言えば、ここに穂高たちがいることは内緒にしておくと約束していた。
大声を出して聞こえてしまってはまずい。
「あっ……すいません。それで、その……鴇汰の様子は……」
「うん。大分いい。思った以上の回復ぶりだったよ。なにしろすぐに飛び出していこうとしたからね」
「やっぱり麻乃のことを……」
気にかけるな、というのが無理な話しだとクロムも困った顔で答えた。
「あれだけ動ければ、もう泉翔へ戻しても構わないんだけれど、もう少し様子を見たくてね。あと二日は置いておきたいんだ。そのあいだに三度ほど回復を頼めるかな?」
「三度だけで大丈夫なんですか?」
「キミたちも忙しくなるしね、残りは私で十分だろう。眠っている今のうちにお願いしようか」
そう言われ、戻ってきた徳丸と梁瀬を交え、連れ立って鴇汰の部屋へと向かう。
最初の回復は穂高が受け持った。
相変わらずピクリとも動かない鴇汰の鳩尾あたりへ手をのせた。
ここへ来てからずっと眠っている姿しか見ていないせいか、目を覚ましたというのが信じられないし、こんなに長いあいだ鴇汰と口を利いていないのは初めてかもしれない。
泉翔へ戻ればまた、以前のように話しもできるんだと思うと、つい涙がにじむ。
後ろで本を読み続けている梁瀬に気づかれないように、そっと目もとをぬぐった。
「様子、どう?」
先に夕食を済ませた巧と徳丸が部屋へ戻ってきて、鴇汰の顔を覗き込んだ。
「顔色はいいよ。見た目には傷もないし……」
「そう。目を覚ましているところを見ていないのが、少し不安だけど良かったわ」
巧も穂高と同じ心配をしている。
実際に動いている姿を見ないとどこか不安なのは、みんな同じだ。
「ところで梁瀬のやつはなにをやってるんだ?」
「さぁ……さっきからずっと本を読んでいるよ」
ヘイトで手に入れたという本と穂高が庸儀から持ち出してきた本を重ねて膝に置き、さっきからまったく顔を上げようとしない。
時折、手にした杖を揺らしては独り言を呟いている。
梁瀬が豊穣の前からなにかを気にしていたのは承知していた。
それが大陸にまつわる伝承だったことも今では理解している。
その内容についてもある程度はわかったけれど、不確かな部分もいくつもある。
クロムがなにか知っているようだけれど、穂高たちの手で手繰り寄せるべきだと考えているようだ。
「おまえ、ひょっとしてサムの言ったことを意識しているのか?」
ベッドを挟んで穂高の向かい側に腰を下ろした徳丸が梁瀬に向かって言うと、突然、梁瀬の表情が不機嫌な色を浮かべた。
「違うとは言わないけど、そうじゃないよ」
「おまえは一つの事に固執すると周りが見えなくなるのが、俺は心配だ」
「だから違うってば。僕はずっと伝承について考えていたんだけど……」
梁瀬が椅子ごとベッドのそばへ寄ってきた。
数冊の本のそれぞれを指し、伝承を口にした。
闇より生まれし焔、五つの地を飲み込む。
焔、すべてを涸らし、その力を誇示するとき、蒼き月の皇子、西の地に降り立つ。
東の地に咲き誇る紅き華を携え、闇に一条の蒼き光をもたらす。
紅き華、その能力を以て焔の侵触を阻み、泉を潤し、川の流れと芽吹く命を与える。
南に生まれしもの、大地の生命力を汲み上げ、それを治めんとす。
破壊の焔、すべてを燃やし尽さんと激しく燃えあがる。
月を飲み込み、華をも燃やし尽くす。
空を覆いし焔の力を遮り、三つの拙き光。
五つの地に輝きを増し、やがてすべての地を照らす。
一つ風、一つ雲、一つ雫。
蒼き月の皇子の光とともに枯渇した地に大輪の華を咲かせ、焔の力を奪う。
南のもの、拙き大地の光と風を纏い、落ちる雫を巻き上げる。
やがて焔は力尽き、大地その骸を糧に生命を芽吹く。
蒼き月の皇子、月光の下に新たなる輝きを注ぐ。
明ける空、光る水面、揺れる穂先、幾つもの風が凪ぐ。
南のもの、彼の前に跪くとき、広大な土地を治める。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる