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動きだす刻
第89話 交差 ~穂高 1~
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帰りはピーターが寄越してくれた見た目は穂高たちと同じ泉翔人に送られて、短時間で戻ってくることができた。
これから当分のあいだ、移動の面倒を見てくれると言う。
人当たりが良く、道中は雑談も交わした。
彼もピーターと同様、ジャセンベルの軍に属していて、産まれてからずっと大陸で暮らしていると言った。
祖先の故郷である泉翔へは、様々な興味を抱いているらしい。
森の外で車を降りてお礼を言い、彼が戻っていったのを見送ってから、穂高はクロムの家まで全力で走った。
後ろで巧が呼びかけてきたけれど、一秒でも早く戻りたくて振り向いてなどいられない。
森を抜けると、玄関先にクロムの姿を見つけた。
「クロムさん! 鴇汰は? 目を覚ましたんですよね!」
「シッ、静かに。今さっき、また眠ったところだよ」
そう言えば、ここに穂高たちがいることは内緒にしておくと約束していた。
大声を出して聞こえてしまってはまずい。
「あっ……すいません。それで、その……鴇汰の様子は……」
「うん。大分いい。思った以上の回復ぶりだったよ。なにしろすぐに飛び出していこうとしたからね」
「やっぱり麻乃のことを……」
気にかけるな、というのが無理な話しだとクロムも困った顔で答えた。
「あれだけ動ければ、もう泉翔へ戻しても構わないんだけれど、もう少し様子を見たくてね。あと二日は置いておきたいんだ。そのあいだに三度ほど回復を頼めるかな?」
「三度だけで大丈夫なんですか?」
「キミたちも忙しくなるしね、残りは私で十分だろう。眠っている今のうちにお願いしようか」
そう言われ、戻ってきた徳丸と梁瀬を交え、連れ立って鴇汰の部屋へと向かう。
最初の回復は穂高が受け持った。
相変わらずピクリとも動かない鴇汰の鳩尾あたりへ手をのせた。
ここへ来てからずっと眠っている姿しか見ていないせいか、目を覚ましたというのが信じられないし、こんなに長いあいだ鴇汰と口を利いていないのは初めてかもしれない。
泉翔へ戻ればまた、以前のように話しもできるんだと思うと、つい涙がにじむ。
後ろで本を読み続けている梁瀬に気づかれないように、そっと目もとをぬぐった。
「様子、どう?」
先に夕食を済ませた巧と徳丸が部屋へ戻ってきて、鴇汰の顔を覗き込んだ。
「顔色はいいよ。見た目には傷もないし……」
「そう。目を覚ましているところを見ていないのが、少し不安だけど良かったわ」
巧も穂高と同じ心配をしている。
実際に動いている姿を見ないとどこか不安なのは、みんな同じだ。
「ところで梁瀬のやつはなにをやってるんだ?」
「さぁ……さっきからずっと本を読んでいるよ」
ヘイトで手に入れたという本と穂高が庸儀から持ち出してきた本を重ねて膝に置き、さっきからまったく顔を上げようとしない。
時折、手にした杖を揺らしては独り言を呟いている。
梁瀬が豊穣の前からなにかを気にしていたのは承知していた。
それが大陸にまつわる伝承だったことも今では理解している。
その内容についてもある程度はわかったけれど、不確かな部分もいくつもある。
クロムがなにか知っているようだけれど、穂高たちの手で手繰り寄せるべきだと考えているようだ。
「おまえ、ひょっとしてサムの言ったことを意識しているのか?」
ベッドを挟んで穂高の向かい側に腰を下ろした徳丸が梁瀬に向かって言うと、突然、梁瀬の表情が不機嫌な色を浮かべた。
「違うとは言わないけど、そうじゃないよ」
「おまえは一つの事に固執すると周りが見えなくなるのが、俺は心配だ」
「だから違うってば。僕はずっと伝承について考えていたんだけど……」
梁瀬が椅子ごとベッドのそばへ寄ってきた。
数冊の本のそれぞれを指し、伝承を口にした。
闇より生まれし焔、五つの地を飲み込む。
焔、すべてを涸らし、その力を誇示するとき、蒼き月の皇子、西の地に降り立つ。
東の地に咲き誇る紅き華を携え、闇に一条の蒼き光をもたらす。
紅き華、その能力を以て焔の侵触を阻み、泉を潤し、川の流れと芽吹く命を与える。
南に生まれしもの、大地の生命力を汲み上げ、それを治めんとす。
破壊の焔、すべてを燃やし尽さんと激しく燃えあがる。
月を飲み込み、華をも燃やし尽くす。
空を覆いし焔の力を遮り、三つの拙き光。
五つの地に輝きを増し、やがてすべての地を照らす。
一つ風、一つ雲、一つ雫。
蒼き月の皇子の光とともに枯渇した地に大輪の華を咲かせ、焔の力を奪う。
南のもの、拙き大地の光と風を纏い、落ちる雫を巻き上げる。
やがて焔は力尽き、大地その骸を糧に生命を芽吹く。
蒼き月の皇子、月光の下に新たなる輝きを注ぐ。
明ける空、光る水面、揺れる穂先、幾つもの風が凪ぐ。
南のもの、彼の前に跪くとき、広大な土地を治める。
これから当分のあいだ、移動の面倒を見てくれると言う。
人当たりが良く、道中は雑談も交わした。
彼もピーターと同様、ジャセンベルの軍に属していて、産まれてからずっと大陸で暮らしていると言った。
祖先の故郷である泉翔へは、様々な興味を抱いているらしい。
森の外で車を降りてお礼を言い、彼が戻っていったのを見送ってから、穂高はクロムの家まで全力で走った。
後ろで巧が呼びかけてきたけれど、一秒でも早く戻りたくて振り向いてなどいられない。
森を抜けると、玄関先にクロムの姿を見つけた。
「クロムさん! 鴇汰は? 目を覚ましたんですよね!」
「シッ、静かに。今さっき、また眠ったところだよ」
そう言えば、ここに穂高たちがいることは内緒にしておくと約束していた。
大声を出して聞こえてしまってはまずい。
「あっ……すいません。それで、その……鴇汰の様子は……」
「うん。大分いい。思った以上の回復ぶりだったよ。なにしろすぐに飛び出していこうとしたからね」
「やっぱり麻乃のことを……」
気にかけるな、というのが無理な話しだとクロムも困った顔で答えた。
「あれだけ動ければ、もう泉翔へ戻しても構わないんだけれど、もう少し様子を見たくてね。あと二日は置いておきたいんだ。そのあいだに三度ほど回復を頼めるかな?」
「三度だけで大丈夫なんですか?」
「キミたちも忙しくなるしね、残りは私で十分だろう。眠っている今のうちにお願いしようか」
そう言われ、戻ってきた徳丸と梁瀬を交え、連れ立って鴇汰の部屋へと向かう。
最初の回復は穂高が受け持った。
相変わらずピクリとも動かない鴇汰の鳩尾あたりへ手をのせた。
ここへ来てからずっと眠っている姿しか見ていないせいか、目を覚ましたというのが信じられないし、こんなに長いあいだ鴇汰と口を利いていないのは初めてかもしれない。
泉翔へ戻ればまた、以前のように話しもできるんだと思うと、つい涙がにじむ。
後ろで本を読み続けている梁瀬に気づかれないように、そっと目もとをぬぐった。
「様子、どう?」
先に夕食を済ませた巧と徳丸が部屋へ戻ってきて、鴇汰の顔を覗き込んだ。
「顔色はいいよ。見た目には傷もないし……」
「そう。目を覚ましているところを見ていないのが、少し不安だけど良かったわ」
巧も穂高と同じ心配をしている。
実際に動いている姿を見ないとどこか不安なのは、みんな同じだ。
「ところで梁瀬のやつはなにをやってるんだ?」
「さぁ……さっきからずっと本を読んでいるよ」
ヘイトで手に入れたという本と穂高が庸儀から持ち出してきた本を重ねて膝に置き、さっきからまったく顔を上げようとしない。
時折、手にした杖を揺らしては独り言を呟いている。
梁瀬が豊穣の前からなにかを気にしていたのは承知していた。
それが大陸にまつわる伝承だったことも今では理解している。
その内容についてもある程度はわかったけれど、不確かな部分もいくつもある。
クロムがなにか知っているようだけれど、穂高たちの手で手繰り寄せるべきだと考えているようだ。
「おまえ、ひょっとしてサムの言ったことを意識しているのか?」
ベッドを挟んで穂高の向かい側に腰を下ろした徳丸が梁瀬に向かって言うと、突然、梁瀬の表情が不機嫌な色を浮かべた。
「違うとは言わないけど、そうじゃないよ」
「おまえは一つの事に固執すると周りが見えなくなるのが、俺は心配だ」
「だから違うってば。僕はずっと伝承について考えていたんだけど……」
梁瀬が椅子ごとベッドのそばへ寄ってきた。
数冊の本のそれぞれを指し、伝承を口にした。
闇より生まれし焔、五つの地を飲み込む。
焔、すべてを涸らし、その力を誇示するとき、蒼き月の皇子、西の地に降り立つ。
東の地に咲き誇る紅き華を携え、闇に一条の蒼き光をもたらす。
紅き華、その能力を以て焔の侵触を阻み、泉を潤し、川の流れと芽吹く命を与える。
南に生まれしもの、大地の生命力を汲み上げ、それを治めんとす。
破壊の焔、すべてを燃やし尽さんと激しく燃えあがる。
月を飲み込み、華をも燃やし尽くす。
空を覆いし焔の力を遮り、三つの拙き光。
五つの地に輝きを増し、やがてすべての地を照らす。
一つ風、一つ雲、一つ雫。
蒼き月の皇子の光とともに枯渇した地に大輪の華を咲かせ、焔の力を奪う。
南のもの、拙き大地の光と風を纏い、落ちる雫を巻き上げる。
やがて焔は力尽き、大地その骸を糧に生命を芽吹く。
蒼き月の皇子、月光の下に新たなる輝きを注ぐ。
明ける空、光る水面、揺れる穂先、幾つもの風が凪ぐ。
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