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動きだす刻
第88話 接触 ~徳丸 1~
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梁瀬が珍しく鼻息を荒くしているのを、徳丸は黙って見つめていた。
梁瀬が泉翔へ来た経緯を思えば逃げたなどと言われたら、腹も立って当然だろう。
普段の梁瀬なら、大抵の嫌味は鼻であしらって終わりにするのに、今日はやけに相手を意識しているようだ。
(それにしても、あの男……)
やつはヘイトの軍師じゃないか。
これまでの防衛戦で幾度も目にしている。
この場にいるということは、やつは反同盟派で、徳丸と梁瀬が手を貸すというのなら、それを率いているのはこいつだろう。
二人のあいだに割って入った梁瀬の親戚が、男をサムと呼んだ。
その名にも覚えがある。
(やっぱり間違いないな)
相手の正体がわかったのは良かったが、まさか敵国の軍師が梁瀬の従弟とは……。
これまでは敵兵の一人として単純にやり合うことができたのに、この先は妙な感情が横槍を入れてきそうだ。
今まで同様に泉翔へ攻めてくるならば当然相手にしなければならないけれど、大陸の状況が変わり、泉翔への干渉がなくなるかもしれない。
今回、初めて目にしたヘイトの土地は、庸儀と違ってずいぶんと豊かだった。
ヘイトからの侵攻が減ったのが土地を育むためならば、この先の泉翔との関わり方も必ず変わる。
ヘイト人たちが国をどう動かしていこうと考えているのかを知る、いいチャンスだ。
徳丸の言伝を、確かにあずかったと言って出ていったサムを見送ることもせず、梁瀬はドカドカと大きな足音を立て、乱暴に椅子へ腰かけた。
徳丸の隣に立ち、その姿を見たハンスが肩を落として呟く。
「まったく、仕方のないやつらだ」
「まぁ、反りの合わない人間はいるものですから。それを差し引いても、梁瀬は相当に彼を意識していますが」
ふと、修治と鴇汰を思い出した。
修治と岱胡は今ごろはきっと、大陸の侵攻に備えて準備をしている。
クロムは鴇汰に、その手伝いをさせるつもりでいるようだけれど、あの二人が揃って事がスムーズに運ぶのだろうか?
修治はまだしも、鴇汰の修治に対するライバル心はかなりのものだ。
「互いの育った環境を思えば、今は合わずとも仕方がないのであろうな」
徳丸に苦笑いで返したハンスはそのまま梁瀬の元へ行くと、無事に話しが進み出したことをクロムへ式神で連絡をするようにと促している。
窓辺に立った梁瀬がツバメを飛ばすのを眺めていると、ハンスが徳丸を振り返った。
「今後のことだが、ロマジェリカが庸儀やヘイトを率いて大陸を離れたあと、間を置かずに攻め入ることになる」
「やつらもまさか、手薄になってすぐに襲撃されているとは思ってもいないでしょうし、たたきやすいのは確かですね」
「うむ。ロマジェリカへはジャセンベルが向かう。庸儀へは反同盟派が。ヘイトはサムが動くことによって望まなかった同盟を反故にできる。しかし、それもサムの体が空いてこそできること……」
「要するに俺たちが反同盟派に加わることで、彼が自由に動けるようになればいい、そう言うことですか?」
「それだけではない。反同盟派は雑兵がほとんどなのだよ。おまえさんたちなら、やつらをうまくまとめられるだろう? 統率するものがいなければ、悪戯に兵を失うだけじゃからな」
「ですが、俺たちは仮にも敵対している国の人間です。そう簡単に信頼を得られるとも思えませんが……」
「サムのやつが戻ってく来る前にワシが一度、引き合せておこう。おまえさんたちは、そこでやつらの思うところを感じてくれればいい」
ハンスはそう言って徳丸の肩を軽くたたいた。
こうして向き合えば、髪や瞳の色が違うだけで、泉翔の人間と思考はなんら変わるところはない。
ほしいものを相手から奪い取る……。
そんな考えから離れれば、結局みんなおなじなのだ。
誰だって争うことよりも平穏を望む。
大昔からの誤った考えが、今、正されようとしているのか――。
(手を貸すことで良い方向へ歩むなら、力の出し惜しみなんざしたりはしねぇ)
うなずいた徳丸に、ハンスは柔らかな笑顔を向けてくれた。
親戚だけあって、どこか梁瀬に似た雰囲気だ。
窓の外に向いたままの梁瀬の背中を眺めた。
まだ腹を立てているのか、それでも、こちらの話しは気になっているのだろう。
聞き耳を立てている様子がうかがえる。
その背中がピンと伸び、梁瀬は外へ手を伸ばす。
指先にツバメが留まり、いつものようにその姿をメモに変えた。
「鴇汰さんの意識が戻った」
微笑んだ梁瀬の目は、心なしか潤んで見えた。
梁瀬が泉翔へ来た経緯を思えば逃げたなどと言われたら、腹も立って当然だろう。
普段の梁瀬なら、大抵の嫌味は鼻であしらって終わりにするのに、今日はやけに相手を意識しているようだ。
(それにしても、あの男……)
やつはヘイトの軍師じゃないか。
これまでの防衛戦で幾度も目にしている。
この場にいるということは、やつは反同盟派で、徳丸と梁瀬が手を貸すというのなら、それを率いているのはこいつだろう。
二人のあいだに割って入った梁瀬の親戚が、男をサムと呼んだ。
その名にも覚えがある。
(やっぱり間違いないな)
相手の正体がわかったのは良かったが、まさか敵国の軍師が梁瀬の従弟とは……。
これまでは敵兵の一人として単純にやり合うことができたのに、この先は妙な感情が横槍を入れてきそうだ。
今まで同様に泉翔へ攻めてくるならば当然相手にしなければならないけれど、大陸の状況が変わり、泉翔への干渉がなくなるかもしれない。
今回、初めて目にしたヘイトの土地は、庸儀と違ってずいぶんと豊かだった。
ヘイトからの侵攻が減ったのが土地を育むためならば、この先の泉翔との関わり方も必ず変わる。
ヘイト人たちが国をどう動かしていこうと考えているのかを知る、いいチャンスだ。
徳丸の言伝を、確かにあずかったと言って出ていったサムを見送ることもせず、梁瀬はドカドカと大きな足音を立て、乱暴に椅子へ腰かけた。
徳丸の隣に立ち、その姿を見たハンスが肩を落として呟く。
「まったく、仕方のないやつらだ」
「まぁ、反りの合わない人間はいるものですから。それを差し引いても、梁瀬は相当に彼を意識していますが」
ふと、修治と鴇汰を思い出した。
修治と岱胡は今ごろはきっと、大陸の侵攻に備えて準備をしている。
クロムは鴇汰に、その手伝いをさせるつもりでいるようだけれど、あの二人が揃って事がスムーズに運ぶのだろうか?
修治はまだしも、鴇汰の修治に対するライバル心はかなりのものだ。
「互いの育った環境を思えば、今は合わずとも仕方がないのであろうな」
徳丸に苦笑いで返したハンスはそのまま梁瀬の元へ行くと、無事に話しが進み出したことをクロムへ式神で連絡をするようにと促している。
窓辺に立った梁瀬がツバメを飛ばすのを眺めていると、ハンスが徳丸を振り返った。
「今後のことだが、ロマジェリカが庸儀やヘイトを率いて大陸を離れたあと、間を置かずに攻め入ることになる」
「やつらもまさか、手薄になってすぐに襲撃されているとは思ってもいないでしょうし、たたきやすいのは確かですね」
「うむ。ロマジェリカへはジャセンベルが向かう。庸儀へは反同盟派が。ヘイトはサムが動くことによって望まなかった同盟を反故にできる。しかし、それもサムの体が空いてこそできること……」
「要するに俺たちが反同盟派に加わることで、彼が自由に動けるようになればいい、そう言うことですか?」
「それだけではない。反同盟派は雑兵がほとんどなのだよ。おまえさんたちなら、やつらをうまくまとめられるだろう? 統率するものがいなければ、悪戯に兵を失うだけじゃからな」
「ですが、俺たちは仮にも敵対している国の人間です。そう簡単に信頼を得られるとも思えませんが……」
「サムのやつが戻ってく来る前にワシが一度、引き合せておこう。おまえさんたちは、そこでやつらの思うところを感じてくれればいい」
ハンスはそう言って徳丸の肩を軽くたたいた。
こうして向き合えば、髪や瞳の色が違うだけで、泉翔の人間と思考はなんら変わるところはない。
ほしいものを相手から奪い取る……。
そんな考えから離れれば、結局みんなおなじなのだ。
誰だって争うことよりも平穏を望む。
大昔からの誤った考えが、今、正されようとしているのか――。
(手を貸すことで良い方向へ歩むなら、力の出し惜しみなんざしたりはしねぇ)
うなずいた徳丸に、ハンスは柔らかな笑顔を向けてくれた。
親戚だけあって、どこか梁瀬に似た雰囲気だ。
窓の外に向いたままの梁瀬の背中を眺めた。
まだ腹を立てているのか、それでも、こちらの話しは気になっているのだろう。
聞き耳を立てている様子がうかがえる。
その背中がピンと伸び、梁瀬は外へ手を伸ばす。
指先にツバメが留まり、いつものようにその姿をメモに変えた。
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