蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
493 / 780
動きだす刻

第82話 接触 ~穂高 2~

しおりを挟む
 聞けば五万は見て取れた軍勢を相手に、一人で三分の一を倒したと言う。
 実際に目の当たりにしていない穂高には、今一つピンと来ないけれど、以前、ガルバスを一人で倒した麻乃を思えばと、心のどこかで変な納得をしている。
 あのときは、自分で立てないほどの怪我を負っていたけれど、今度はまったくの無傷だったらしい。

「あんな動きを見せたことは、これまでなかった……あの状態で泉翔に乗り込まれたら……修治のやつでも止められやしねぇだろうと、俺は思う」

 徳丸は最後にそう付け加えた。

「あれだけのことを麻乃さんにやらせている以上、ロマジェリカは……と言うか同盟三国は、間違いなく泉翔へ攻め込む」

「そりゃあ……あちらさんも、それが目的で麻乃をさらったんだろうしねぇ……」

「うん、でもその時期がいつなのか、僕らにはまったくわからない」

 そう言われると最もだ。
 三国が大陸を発つのはいつなのか、どれほどの兵を抱えていくつもりなのかも知りようがない。
 これまで以上の兵数であろうことは想像がつくけれど……。

 それに、穂高たちはそのときに間に合うように泉翔へ戻ることができるのだろうか?
 仮に戻ることができるとしても、どうやって……?
 ガタン、と音がしてハッと顔を上げると、クロムが立ち上がり、テーブルの上を片づけ始めた。
 その姿を目で追う。
 いつもにこやかな表情は、今は『我関せず』だ。

「それと……僕は……二人に謝らなきゃいけないことがあるんだ……」

 梁瀬が穂高と巧を上目遣いに見つめながら消え入りそうな声を出し、視線を戻した。

「さっきも言ったけど……僕の従弟が反同盟派にいるって……」

 そうだ――。

 元々、梁瀬はヘイトの血も引いている。
 そういう可能性もあって当然だ。
 そのことについては穂高も巧も、梁瀬に対して特別な感情を抱いたりしていない。

「そうじゃなくて……その……僕は……」

 なにを迷っているのか、梁瀬は言葉を濁している。

「実はな……三国はどうやらほぼ全軍を率いて泉翔へ攻め込むつもりでいるらしい」

「全軍? そんな……それに全軍ったって……一体、どれだけの数になるって言うのよ……」

「まずいよ……いくらなんでも俺たちの規模じゃ、それだけの数を捌けるとは……」

 梁瀬のあとを継いだ徳丸の言葉に、穂高も巧も愕然とした。
 それだけの数を相手に、自分たちが戻ったところでどこまで対応できるのか。

「やつらがほぼ全軍を率いて大陸を離れるってことは、ここは空っぽになるも同然だ」

「それがなんだって言うのよ?」

「まぁ、聞け。反同盟派のやつらは今、ジャセンベルと組んだ。それがどういうことか……わかるな?」

 徳丸の問いかけに答えるまでもなく、それがなにを意味しているのかなど容易にわかる。
 当然、ここでジャセンベルは一気に大陸の統一を計るだろう。
 巧の表情がフッと曇った。

「恐らく今のジャセンベルならば、兵数の減った他国を潰すのはたやすいだろう。とは言っても、相手は三国だ。簡単に、とは行かないかもしれねぇ」

「もともと、ヘイトは同盟の意思はなかったから、他の二国に比べて退かせやすいとしても、それでも手にあまるだろう、っていうんだ」

「現に今、反同盟派を取りまとめているのは、たった一人の男らしい。手に余って当然だ」

「それで僕は……」

 また、梁瀬が口ごもる。
 徳丸はそんな梁瀬の肩をたたき、真剣な顔つきで穂高と巧を見た。

「俺たちは、こいつの親類の口利きで、反同盟派に手を貸すつもりだ」

「そ……バカなことをいうんじゃないわよ! だって……私たちにとってそれは禁忌でしょう?」

 巧は立ち上がり、思い切りテーブルをたたいた。梁瀬はますます小さくなったようにも見える。
 確かに、泉翔では他国への侵攻は禁忌だ。けれど――。

「いや……トクさんも梁瀬さんも、禁忌を犯すわけじゃない」

「穂高! あんた自分がなにを言ってるのかわかってるの!」

「だって二人は他国を攻め落とすべく、侵攻をするんじゃないじゃないか」

「攻め入ることには変わりないのよ? 同じことじゃないの!」

「違うよ。意識が違う。泉翔の私欲のために大陸を侵そうっていうことじゃなく、大陸の歪んだ今の状態を正すべく動くものたちに、手を貸すだけ。そういうことだよね?」

 徳丸と梁瀬に視線を向けると、二人は大きくうなずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

処理中です...