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動きだす刻
第82話 接触 ~穂高 2~
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聞けば五万は見て取れた軍勢を相手に、一人で三分の一を倒したと言う。
実際に目の当たりにしていない穂高には、今一つピンと来ないけれど、以前、ガルバスを一人で倒した麻乃を思えばと、心のどこかで変な納得をしている。
あのときは、自分で立てないほどの怪我を負っていたけれど、今度はまったくの無傷だったらしい。
「あんな動きを見せたことは、これまでなかった……あの状態で泉翔に乗り込まれたら……修治のやつでも止められやしねぇだろうと、俺は思う」
徳丸は最後にそう付け加えた。
「あれだけのことを麻乃さんにやらせている以上、ロマジェリカは……と言うか同盟三国は、間違いなく泉翔へ攻め込む」
「そりゃあ……あちらさんも、それが目的で麻乃をさらったんだろうしねぇ……」
「うん、でもその時期がいつなのか、僕らにはまったくわからない」
そう言われると最もだ。
三国が大陸を発つのはいつなのか、どれほどの兵を抱えていくつもりなのかも知りようがない。
これまで以上の兵数であろうことは想像がつくけれど……。
それに、穂高たちはそのときに間に合うように泉翔へ戻ることができるのだろうか?
仮に戻ることができるとしても、どうやって……?
ガタン、と音がしてハッと顔を上げると、クロムが立ち上がり、テーブルの上を片づけ始めた。
その姿を目で追う。
いつもにこやかな表情は、今は『我関せず』だ。
「それと……僕は……二人に謝らなきゃいけないことがあるんだ……」
梁瀬が穂高と巧を上目遣いに見つめながら消え入りそうな声を出し、視線を戻した。
「さっきも言ったけど……僕の従弟が反同盟派にいるって……」
そうだ――。
元々、梁瀬はヘイトの血も引いている。
そういう可能性もあって当然だ。
そのことについては穂高も巧も、梁瀬に対して特別な感情を抱いたりしていない。
「そうじゃなくて……その……僕は……」
なにを迷っているのか、梁瀬は言葉を濁している。
「実はな……三国はどうやらほぼ全軍を率いて泉翔へ攻め込むつもりでいるらしい」
「全軍? そんな……それに全軍ったって……一体、どれだけの数になるって言うのよ……」
「まずいよ……いくらなんでも俺たちの規模じゃ、それだけの数を捌けるとは……」
梁瀬のあとを継いだ徳丸の言葉に、穂高も巧も愕然とした。
それだけの数を相手に、自分たちが戻ったところでどこまで対応できるのか。
「やつらがほぼ全軍を率いて大陸を離れるってことは、ここは空っぽになるも同然だ」
「それがなんだって言うのよ?」
「まぁ、聞け。反同盟派のやつらは今、ジャセンベルと組んだ。それがどういうことか……わかるな?」
徳丸の問いかけに答えるまでもなく、それがなにを意味しているのかなど容易にわかる。
当然、ここでジャセンベルは一気に大陸の統一を計るだろう。
巧の表情がフッと曇った。
「恐らく今のジャセンベルならば、兵数の減った他国を潰すのはたやすいだろう。とは言っても、相手は三国だ。簡単に、とは行かないかもしれねぇ」
「もともと、ヘイトは同盟の意思はなかったから、他の二国に比べて退かせやすいとしても、それでも手にあまるだろう、っていうんだ」
「現に今、反同盟派を取りまとめているのは、たった一人の男らしい。手に余って当然だ」
「それで僕は……」
また、梁瀬が口ごもる。
徳丸はそんな梁瀬の肩をたたき、真剣な顔つきで穂高と巧を見た。
「俺たちは、こいつの親類の口利きで、反同盟派に手を貸すつもりだ」
「そ……バカなことをいうんじゃないわよ! だって……私たちにとってそれは禁忌でしょう?」
巧は立ち上がり、思い切りテーブルをたたいた。梁瀬はますます小さくなったようにも見える。
確かに、泉翔では他国への侵攻は禁忌だ。けれど――。
「いや……トクさんも梁瀬さんも、禁忌を犯すわけじゃない」
「穂高! あんた自分がなにを言ってるのかわかってるの!」
「だって二人は他国を攻め落とすべく、侵攻をするんじゃないじゃないか」
「攻め入ることには変わりないのよ? 同じことじゃないの!」
「違うよ。意識が違う。泉翔の私欲のために大陸を侵そうっていうことじゃなく、大陸の歪んだ今の状態を正すべく動くものたちに、手を貸すだけ。そういうことだよね?」
徳丸と梁瀬に視線を向けると、二人は大きくうなずいた。
実際に目の当たりにしていない穂高には、今一つピンと来ないけれど、以前、ガルバスを一人で倒した麻乃を思えばと、心のどこかで変な納得をしている。
あのときは、自分で立てないほどの怪我を負っていたけれど、今度はまったくの無傷だったらしい。
「あんな動きを見せたことは、これまでなかった……あの状態で泉翔に乗り込まれたら……修治のやつでも止められやしねぇだろうと、俺は思う」
徳丸は最後にそう付け加えた。
「あれだけのことを麻乃さんにやらせている以上、ロマジェリカは……と言うか同盟三国は、間違いなく泉翔へ攻め込む」
「そりゃあ……あちらさんも、それが目的で麻乃をさらったんだろうしねぇ……」
「うん、でもその時期がいつなのか、僕らにはまったくわからない」
そう言われると最もだ。
三国が大陸を発つのはいつなのか、どれほどの兵を抱えていくつもりなのかも知りようがない。
これまで以上の兵数であろうことは想像がつくけれど……。
それに、穂高たちはそのときに間に合うように泉翔へ戻ることができるのだろうか?
仮に戻ることができるとしても、どうやって……?
ガタン、と音がしてハッと顔を上げると、クロムが立ち上がり、テーブルの上を片づけ始めた。
その姿を目で追う。
いつもにこやかな表情は、今は『我関せず』だ。
「それと……僕は……二人に謝らなきゃいけないことがあるんだ……」
梁瀬が穂高と巧を上目遣いに見つめながら消え入りそうな声を出し、視線を戻した。
「さっきも言ったけど……僕の従弟が反同盟派にいるって……」
そうだ――。
元々、梁瀬はヘイトの血も引いている。
そういう可能性もあって当然だ。
そのことについては穂高も巧も、梁瀬に対して特別な感情を抱いたりしていない。
「そうじゃなくて……その……僕は……」
なにを迷っているのか、梁瀬は言葉を濁している。
「実はな……三国はどうやらほぼ全軍を率いて泉翔へ攻め込むつもりでいるらしい」
「全軍? そんな……それに全軍ったって……一体、どれだけの数になるって言うのよ……」
「まずいよ……いくらなんでも俺たちの規模じゃ、それだけの数を捌けるとは……」
梁瀬のあとを継いだ徳丸の言葉に、穂高も巧も愕然とした。
それだけの数を相手に、自分たちが戻ったところでどこまで対応できるのか。
「やつらがほぼ全軍を率いて大陸を離れるってことは、ここは空っぽになるも同然だ」
「それがなんだって言うのよ?」
「まぁ、聞け。反同盟派のやつらは今、ジャセンベルと組んだ。それがどういうことか……わかるな?」
徳丸の問いかけに答えるまでもなく、それがなにを意味しているのかなど容易にわかる。
当然、ここでジャセンベルは一気に大陸の統一を計るだろう。
巧の表情がフッと曇った。
「恐らく今のジャセンベルならば、兵数の減った他国を潰すのはたやすいだろう。とは言っても、相手は三国だ。簡単に、とは行かないかもしれねぇ」
「もともと、ヘイトは同盟の意思はなかったから、他の二国に比べて退かせやすいとしても、それでも手にあまるだろう、っていうんだ」
「現に今、反同盟派を取りまとめているのは、たった一人の男らしい。手に余って当然だ」
「それで僕は……」
また、梁瀬が口ごもる。
徳丸はそんな梁瀬の肩をたたき、真剣な顔つきで穂高と巧を見た。
「俺たちは、こいつの親類の口利きで、反同盟派に手を貸すつもりだ」
「そ……バカなことをいうんじゃないわよ! だって……私たちにとってそれは禁忌でしょう?」
巧は立ち上がり、思い切りテーブルをたたいた。梁瀬はますます小さくなったようにも見える。
確かに、泉翔では他国への侵攻は禁忌だ。けれど――。
「いや……トクさんも梁瀬さんも、禁忌を犯すわけじゃない」
「穂高! あんた自分がなにを言ってるのかわかってるの!」
「だって二人は他国を攻め落とすべく、侵攻をするんじゃないじゃないか」
「攻め入ることには変わりないのよ? 同じことじゃないの!」
「違うよ。意識が違う。泉翔の私欲のために大陸を侵そうっていうことじゃなく、大陸の歪んだ今の状態を正すべく動くものたちに、手を貸すだけ。そういうことだよね?」
徳丸と梁瀬に視線を向けると、二人は大きくうなずいた。
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