蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
473 / 780
動きだす刻

第62話 鴇汰 ~鴇汰 5~

しおりを挟む
「いくらなんでもこんなに暗いわけは……」

「海岸へお行き」

 聞き覚えがあるような、優しく低い男の声が響いてきた。

「そこにいてはなんのしようもない。海岸へ行くんだ」

「海岸……? けど俺は……」

 正面にぼんやりと小さな灯りが見えて目を凝らすと、シタラが立っている。
 シタラの唇からこぼれた言葉はいつもの声とは違い、やっぱりこちらもどこがで聞いたことがあるような、ゆったりとした落ち着きのある女性の声だった。
 似ているとすれば、サツキの声だろうか?

 けれど二つの声はなにか普通とは違う。
 いくつかの言葉を呆然としながら聞いていた。
 理解などできないのに、なぜか納得している自分がいる。
 そして理由も告げないまま、シタラは真っすぐ指を差す。

「海岸へ行くのです」

 その先をしっかりと見据え、鴇汰は大きくうなずいた。

「――ちょう? 隊長?」

 大きく揺さぶられ、ハッと我に還り、目を開くと橋本が鴇汰を覗き込んでいる。
 立っていたはずが横たわったまま鬼灯を胸に抱いていた。

「あれっ?」

「あれ、じゃないですよ! ずいぶんとうなされてましたけど、大丈夫ですか?」

「あ……あぁ、変な夢をやたら見続けてた」

「夢、ですか?」

 テントの中には四、五人いたのに、今は誰もいない。

「みんなは?」

「つい今しがた起き出して、軽く果物を食ってるところですよ」

「そっか。今の時間は?」

 橋本は腕時計に視線を落とし、三時を回ったところだと言った。

「わかった。すぐに全員を集めてくれ。今から海岸に向かう」

「海岸? なんだって急にそんなこと……」

「婆さまに行けと言われた。なにかあるに違いない。急いで支度してくれ。それから相原を呼んでくれないか」

「わ……わかりました」

 早口で指示すると、こちらの真剣さが伝わったのか、橋本は逆らわずにテントを飛び出していった。
 身支度を整え、虎吼刀を背負うと、相原がテントの入口をまくり上げて中を覗き込んだ。

「どうしました?」

「あぁ。ちょっとな」

 手招きしてそばへ呼ぶ。

「薄々わかってると思うけど、俺はここに麻乃が現れたら、それを迎え討つ」

 相原はつと視線をそらした。
 鬼灯の入った革袋をベルトに結び付け、外れないように何度も確認しながらも、相原から視線を逸らさずに訴えた。

「倒すわけじゃない。取り戻したいんだ。どうしても」

「なにか良からぬことを企んでるのはわかってました。まぁ、そういうことだろうな、と……」

 苦笑いを浮かべてそう言う。

「止めても無駄だというのもわかっていますから、もうなにも言いませんよ。ですが……言わないからと言って、なにも感じていないとは思わないでください」

 鴇汰より少し背の高い相原は、わずかに見下ろす形で目を見返してくる。
 眉間に寄せられたシワが、多分鴇汰が想像している以上に心配してくれているのだろうことを感じさて辛い。

「おまえには面倒ばかりかけちまうけど、俺の手が回らなくなったときには、あとのことを頼む」

「この貸しは高くつきますよ。すべてが済んで、またいつもの時間が戻ったら、きっちり返してもらいます」

 全員で必ず無事に戻ろう、そういうことか。
 大きくうなずいてみせると、テントを出た。
 外には橋本の号令で全員が既に集まっている。
 その中から予備隊と訓練生を中心に班を作らせ、拠点の撤去と次の拠点への移動をさせた。

 岱胡の部隊が用意した予備の物資は梁瀬の隊員に持たせ、福島の元へ届けるように指示を出すと、海岸へと向かった。
 橋本にはシタラが言ったことにして話したけれど、正確にはシタラの姿をした『誰か』だ。これまで夢に現れたときと声が違う。
 ひょっとすると、あの声は泉の女神さまじゃあないだろうか?
 そんな気もする。

(それより――)

 最初に鴇汰を誘ったのは男の声だった。
 その声に聞き覚えがあるような気がする。

 敵の声ではないと言いきれないし、もしもそうだとしたら呼ばれたからと言ってノコノコ出ていくのは危険だろう。
 けれど、どうしても行かなければならない気がしている。

 不安をあおっても仕方ないのだからと、みんなには黙っていることにした。
 あたりはまだ暗く、夜明けまでまだ時間がある。
 顔を上げると三日月が見え、さっき膝を抱えて見上げた景色を思い出した。

(麻乃……)

 あれが麻乃の目線なら、まだ船に残っている。
 逸る気持ちが自然と足を速めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...