蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第43話 襲来 ~修治 5~

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「おまえが相当な思いを持って戦士を目指しているのは、高田先生や塚本先生、市原先生からも聞いている。正直なところ、期待はしているんだ。だが今はそのときじゃあない。わかるか?」

「……」

「実戦の経験もない、腕前も未熟なおまえは、これからさまざまな訓練や演習をこなして相応の力をつけていく。すべてはそこから始まるんだよ。俺だってそうだった。ここにいる小坂も、他の戦士もみんな同じだ」

「そうよ。二人の言う通りさね。それに今ごろは中央でご両親や高田たちが大騒ぎしてるだろうよ。あんたがいない、ってね。こんなときにみんなに心配をかけて、あんた満足なのかい?」

 松恵の言葉に洸はハッと顔を上げた。
 どうやらそこまで考えていなかったようだ。
 その浅はかさはやっぱりまだ子どもだ。

「今度のことは俺たちに任せてくれればいい。俺たちは必ず勝つ。おまえは中央に戻って、これから先のことを考えていろ」

「そうだぞ。この戦争が終わったら、おまえたちの訓練が始まるんだからな。先に言っておくが、俺たちは訓練生だからと言って手加減はしないぞ」

 小坂がそう言うと、洸が苦笑いをした。
 多少は素直さも持ち合わせているのだろうか。どうやら退く気になったらしい。
 おクマも松恵も、そんな洸を見てホッとした表情を浮かべている。

「俺、戻ります。迷惑をかけて本当にすいませんでした!」

 ピョコンと頭を下げてそう言う。

「でもねェ、戻るったってサ、この先にはもう先陣の敵兵が足を延ばしてるんでしょ?」

「ええ。ですが、だからと言って、抜け道がないわけじゃありませんから。誰かに送らせることにします」

「そう? そんならいいんだケドさ、なにかあったりしたら高田に申し訳が立たないしねぇ。なんならアタシらのところから、誰かついて行かせようか?」

 確かにここから先を洸だけで行かせるわけには行かない。
 地元の西区だと言っても、先陣の敵兵がどう動いているかハッキリしていない以上は、どこかで遭遇してしまう可能性がゼロではない。

 とは言え、洸一人に何人もの手を避けるほど、拠点に人数が残っているわけでもない。
 それにもうじき夜が明ける。
 そうなれば海岸はもちろん、ルートに入った敵兵も動きだすだろう。
 危険が更に増すことにもなる。

「そうですね……うちからも人手が十分に出せるとは言えませんし、すみませんがおクマさんのところから二人ほど、手を借りられますか?」

「お安い御用よ」

「それと……洸のこと、塚本先生たちは……」

「塚本も市原も、一つ先の拠点に移動してるのよ。それにこんなこと、大っぴらにできないでしょ? 知ってるのはあたしらの店の子たちだけさね」

 それを聞いてホッとした。
 洸が残っていたことで誰かの気を削ぎ、集中力を欠けさせるのは危険だ。
 居住区や柳堀は一般のものと元戦士ばかりだから、少しでも不穏な空気を持たせたくなかった。

「それじゃあ、二十分後にもう一度、ここに集まりましょう。大演習場の中を通って中央まで抜けるルートを地図に書いて、うちの隊員に持たせますから」

「分かったワ。それじゃ、早速人手を……」

 言いかけたおクマをさえぎり、砦のほうを振り返った。
 松恵が怪訝な表情で問いかけてこようとしたのも、手で制した。
 洸も小坂も、そんな修治を見てなにか言いたそうにしながらも、グッとこらえて黙っている。
 周辺を緊張した空気が満ちた。

(また人の気配が……)

 ほんの一瞬だけ、明らかな人の気配を感じた。
 集中してそれを手繰ろうとするのに、四人の緊張した空気がそれを邪魔してうまく手繰れない。
 まさかとは思うけれど、先陣の敵兵が何人か戻ってきたのだろうか?
 つと誰かが動いたような気がした。

「砦だ……誰かいる」

 敵兵だとしたら、こちらが逃げたら追って来るかもしれない。
 少数なら負けはしないが、今は洸がいる。
 怪我を負わせるようなことがあってはならない。

 洸の手を引き寄せ後ろに庇うと、小坂とおクマ、松恵と視線を交わした。
 真っ暗だった空がほんのりと淡く色を変え始めていた。
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