蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
386 / 780
待ち受けるもの

第163話 陰陽 ~修治 6~

しおりを挟む
 食堂へ戻ると先に房枝の姿を探し出し、多香子と一緒に食事と帰り支度を済ませておくように頼んだ。
 中はさっきよりも人が増え、各浜に詰めていた元蓮華が数人、徳丸や梁瀬の部隊の古参連中も到着している。
 市原の隣に座り、早速食事を頬張った。

「もう、みんな集まってますね。今夜の打ち合わせ、時間より早く始まりますかね?」

「いや、そうでもないだろう? まだ加賀野さんたち中央の連中が来ていないし、なにより、おまえたちのところもだ」

「時間まで一時間半もあるんだ、来てない連中もまだ多い。そうそう早くは始まらないだろうさ」

 高田との話しは済んだのか、塚本も夕飯にありついている。

「うちのやつらと麻乃のところは、詰所で飯を食ってくると思いますから……それと俺、食ったらお袋と多香子を送ってこようと思うんですけど」

「そうだな、そうしてやってくれ。それからおまえ、多香ちゃんとはきちんと話しをしたか?」

「ええ……お二人とも知ってたんですか?」

 塚本と市原は顔を見合せて苦笑いをした。

「おまえたちが大陸に渡る前にな。麻乃のやつが来ていたときに多香ちゃんが倒れて、そのことがわかった」

「知らせようと思ったんだが、多香ちゃんが知らせるのは戻ってからにしたい、って頑張ってなぁ」

「……そうだったんですか」

「めでたいことは多いほうがいい。このことはみんな喜んでいるよ。顔には出さないが、先生も相当だぞ」

「しかしなぁ……おまえが父親になるか」

 二人はなにを思い出しているのか、穏やかで懐かしそうな表情を浮かべている。
 おかげで修治は照れ臭く、全身がむず痒い気分だ。

「まぁ、とにかくゆっくり送ってくるといい。帰ってくるころには、南浜から情報が入ってるさ」

「……南浜?」

「今度は誰でもいいから乗っていてほしいものだな」

 塚本の言葉に、ハッと我に返った。

(しまった! これだから嫌だったんだ……)

 ほんの数十分の間に、こんな大事なことを忘れていた。
 自分が腑抜けになったようで気分が悪い。

 だからと言って、空いた時間を多香子のために使うのを辞めてしまえるほど薄情でもない。
 修治自身がしっかりしていれば、どちらに偏ることなく、すべてがこなせるのに……。
 そう思うと苛立ちだけが募っていく。

「修治? 大丈夫か?」

 市原の心配そうな声に顔を上げると、塚本が観察するような目でこちらを見ながら小声で問いかけてきた。

「おまえまさか、あれからまた眠っていないんじゃないだろうな?」

「いえ。眠らないとなにをされるかわかりませんからね。しっかり時間を取らせてもらっていますよ」

 憮然としてそう答えると、二人は声を上げて笑った。

「あのときは先生も俺たちも、おまえが無理をしていることにさえ気づかないくらい余裕がなかったからなぁ」

「ああ。考えればすぐにわかることだったのにな」

「だからって……一服盛られるなんて、こっちだって考えもしませんでしたよ」

 クツクツと含み笑いを漏らした塚本が、俺だってそうだ、と呟いた。

「眠れと言って大人しく聞く奴じゃないだろうってな、高田先生も石川先生もそろって言うもんだから、俺たちも反対もできなかったよ」

 煮魚に手を伸ばして口に運びながら、塚本が苦笑した。

「麻乃のやつもなぁ……あいつの通り道に薬入りの飯でも置いといて、そいつを食ってくれりゃあ、取り戻すのも楽かもしれないのにな」

「市原先生、それは一体、どんな罠ですか! いくらあいつでも、さすがに拾い食いはしませんよ、多分……」

 突拍子もないことをいう市原に釣られて修治も笑ってしまった。
 こんな話しをしていると、明日にもひょっこりと、いつもの調子で麻乃が戻ってきそうな気がしてしまう。
 淡々と食べ物を腹に納めながら考えた。

 今ごろ、なにをして過ごしているんだろうか?
 飯はちゃんと食っているんだろうか?
 睡眠はしっかりとっているんだろうか?

 次々に湧いてくるのは疑問ばかりだ。
 知りようがないから余計に気になってしょうがない。

(それに――)

 矢を受けた体の状態は万全なんだろうか?
 反同盟派を倒したときに怪我を負ったりはしていないんだろうか?

(どこか一つでも立ちゆかないところがあれば、腕前に差が出ても隙を衝くことができる……)

「大陸じゃあ食事もままならない国があるんだろう? 腹を減らして帰ってくるかもしれないじゃないか」

「そうかもしれないが、いくら罠ったって、もう少しまともなものを考えろ」

 塚本と市原のやり取りに思考が引き戻され、たった今、自分が考えていたことを反芻して目眩がした。

(俺はなにを考えてるんだ……)

 救う、取り返す、引き戻す……それが最優先にしたい選択肢なのに、修治は今、麻乃を倒すことだけを考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...