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待ち受けるもの
第163話 陰陽 ~修治 6~
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食堂へ戻ると先に房枝の姿を探し出し、多香子と一緒に食事と帰り支度を済ませておくように頼んだ。
中はさっきよりも人が増え、各浜に詰めていた元蓮華が数人、徳丸や梁瀬の部隊の古参連中も到着している。
市原の隣に座り、早速食事を頬張った。
「もう、みんな集まってますね。今夜の打ち合わせ、時間より早く始まりますかね?」
「いや、そうでもないだろう? まだ加賀野さんたち中央の連中が来ていないし、なにより、おまえたちのところもだ」
「時間まで一時間半もあるんだ、来てない連中もまだ多い。そうそう早くは始まらないだろうさ」
高田との話しは済んだのか、塚本も夕飯にありついている。
「うちのやつらと麻乃のところは、詰所で飯を食ってくると思いますから……それと俺、食ったらお袋と多香子を送ってこようと思うんですけど」
「そうだな、そうしてやってくれ。それからおまえ、多香ちゃんとはきちんと話しをしたか?」
「ええ……お二人とも知ってたんですか?」
塚本と市原は顔を見合せて苦笑いをした。
「おまえたちが大陸に渡る前にな。麻乃のやつが来ていたときに多香ちゃんが倒れて、そのことがわかった」
「知らせようと思ったんだが、多香ちゃんが知らせるのは戻ってからにしたい、って頑張ってなぁ」
「……そうだったんですか」
「めでたいことは多いほうがいい。このことはみんな喜んでいるよ。顔には出さないが、先生も相当だぞ」
「しかしなぁ……おまえが父親になるか」
二人はなにを思い出しているのか、穏やかで懐かしそうな表情を浮かべている。
おかげで修治は照れ臭く、全身がむず痒い気分だ。
「まぁ、とにかくゆっくり送ってくるといい。帰ってくるころには、南浜から情報が入ってるさ」
「……南浜?」
「今度は誰でもいいから乗っていてほしいものだな」
塚本の言葉に、ハッと我に返った。
(しまった! これだから嫌だったんだ……)
ほんの数十分の間に、こんな大事なことを忘れていた。
自分が腑抜けになったようで気分が悪い。
だからと言って、空いた時間を多香子のために使うのを辞めてしまえるほど薄情でもない。
修治自身がしっかりしていれば、どちらに偏ることなく、すべてがこなせるのに……。
そう思うと苛立ちだけが募っていく。
「修治? 大丈夫か?」
市原の心配そうな声に顔を上げると、塚本が観察するような目でこちらを見ながら小声で問いかけてきた。
「おまえまさか、あれからまた眠っていないんじゃないだろうな?」
「いえ。眠らないとなにをされるかわかりませんからね。しっかり時間を取らせてもらっていますよ」
憮然としてそう答えると、二人は声を上げて笑った。
「あのときは先生も俺たちも、おまえが無理をしていることにさえ気づかないくらい余裕がなかったからなぁ」
「ああ。考えればすぐにわかることだったのにな」
「だからって……一服盛られるなんて、こっちだって考えもしませんでしたよ」
クツクツと含み笑いを漏らした塚本が、俺だってそうだ、と呟いた。
「眠れと言って大人しく聞く奴じゃないだろうってな、高田先生も石川先生もそろって言うもんだから、俺たちも反対もできなかったよ」
煮魚に手を伸ばして口に運びながら、塚本が苦笑した。
「麻乃のやつもなぁ……あいつの通り道に薬入りの飯でも置いといて、そいつを食ってくれりゃあ、取り戻すのも楽かもしれないのにな」
「市原先生、それは一体、どんな罠ですか! いくらあいつでも、さすがに拾い食いはしませんよ、多分……」
突拍子もないことをいう市原に釣られて修治も笑ってしまった。
こんな話しをしていると、明日にもひょっこりと、いつもの調子で麻乃が戻ってきそうな気がしてしまう。
淡々と食べ物を腹に納めながら考えた。
今ごろ、なにをして過ごしているんだろうか?
飯はちゃんと食っているんだろうか?
睡眠はしっかりとっているんだろうか?
次々に湧いてくるのは疑問ばかりだ。
知りようがないから余計に気になってしょうがない。
(それに――)
矢を受けた体の状態は万全なんだろうか?
反同盟派を倒したときに怪我を負ったりはしていないんだろうか?
(どこか一つでも立ちゆかないところがあれば、腕前に差が出ても隙を衝くことができる……)
「大陸じゃあ食事もままならない国があるんだろう? 腹を減らして帰ってくるかもしれないじゃないか」
「そうかもしれないが、いくら罠ったって、もう少しまともなものを考えろ」
塚本と市原のやり取りに思考が引き戻され、たった今、自分が考えていたことを反芻して目眩がした。
(俺はなにを考えてるんだ……)
救う、取り返す、引き戻す……それが最優先にしたい選択肢なのに、修治は今、麻乃を倒すことだけを考えていた。
中はさっきよりも人が増え、各浜に詰めていた元蓮華が数人、徳丸や梁瀬の部隊の古参連中も到着している。
市原の隣に座り、早速食事を頬張った。
「もう、みんな集まってますね。今夜の打ち合わせ、時間より早く始まりますかね?」
「いや、そうでもないだろう? まだ加賀野さんたち中央の連中が来ていないし、なにより、おまえたちのところもだ」
「時間まで一時間半もあるんだ、来てない連中もまだ多い。そうそう早くは始まらないだろうさ」
高田との話しは済んだのか、塚本も夕飯にありついている。
「うちのやつらと麻乃のところは、詰所で飯を食ってくると思いますから……それと俺、食ったらお袋と多香子を送ってこようと思うんですけど」
「そうだな、そうしてやってくれ。それからおまえ、多香ちゃんとはきちんと話しをしたか?」
「ええ……お二人とも知ってたんですか?」
塚本と市原は顔を見合せて苦笑いをした。
「おまえたちが大陸に渡る前にな。麻乃のやつが来ていたときに多香ちゃんが倒れて、そのことがわかった」
「知らせようと思ったんだが、多香ちゃんが知らせるのは戻ってからにしたい、って頑張ってなぁ」
「……そうだったんですか」
「めでたいことは多いほうがいい。このことはみんな喜んでいるよ。顔には出さないが、先生も相当だぞ」
「しかしなぁ……おまえが父親になるか」
二人はなにを思い出しているのか、穏やかで懐かしそうな表情を浮かべている。
おかげで修治は照れ臭く、全身がむず痒い気分だ。
「まぁ、とにかくゆっくり送ってくるといい。帰ってくるころには、南浜から情報が入ってるさ」
「……南浜?」
「今度は誰でもいいから乗っていてほしいものだな」
塚本の言葉に、ハッと我に返った。
(しまった! これだから嫌だったんだ……)
ほんの数十分の間に、こんな大事なことを忘れていた。
自分が腑抜けになったようで気分が悪い。
だからと言って、空いた時間を多香子のために使うのを辞めてしまえるほど薄情でもない。
修治自身がしっかりしていれば、どちらに偏ることなく、すべてがこなせるのに……。
そう思うと苛立ちだけが募っていく。
「修治? 大丈夫か?」
市原の心配そうな声に顔を上げると、塚本が観察するような目でこちらを見ながら小声で問いかけてきた。
「おまえまさか、あれからまた眠っていないんじゃないだろうな?」
「いえ。眠らないとなにをされるかわかりませんからね。しっかり時間を取らせてもらっていますよ」
憮然としてそう答えると、二人は声を上げて笑った。
「あのときは先生も俺たちも、おまえが無理をしていることにさえ気づかないくらい余裕がなかったからなぁ」
「ああ。考えればすぐにわかることだったのにな」
「だからって……一服盛られるなんて、こっちだって考えもしませんでしたよ」
クツクツと含み笑いを漏らした塚本が、俺だってそうだ、と呟いた。
「眠れと言って大人しく聞く奴じゃないだろうってな、高田先生も石川先生もそろって言うもんだから、俺たちも反対もできなかったよ」
煮魚に手を伸ばして口に運びながら、塚本が苦笑した。
「麻乃のやつもなぁ……あいつの通り道に薬入りの飯でも置いといて、そいつを食ってくれりゃあ、取り戻すのも楽かもしれないのにな」
「市原先生、それは一体、どんな罠ですか! いくらあいつでも、さすがに拾い食いはしませんよ、多分……」
突拍子もないことをいう市原に釣られて修治も笑ってしまった。
こんな話しをしていると、明日にもひょっこりと、いつもの調子で麻乃が戻ってきそうな気がしてしまう。
淡々と食べ物を腹に納めながら考えた。
今ごろ、なにをして過ごしているんだろうか?
飯はちゃんと食っているんだろうか?
睡眠はしっかりとっているんだろうか?
次々に湧いてくるのは疑問ばかりだ。
知りようがないから余計に気になってしょうがない。
(それに――)
矢を受けた体の状態は万全なんだろうか?
反同盟派を倒したときに怪我を負ったりはしていないんだろうか?
(どこか一つでも立ちゆかないところがあれば、腕前に差が出ても隙を衝くことができる……)
「大陸じゃあ食事もままならない国があるんだろう? 腹を減らして帰ってくるかもしれないじゃないか」
「そうかもしれないが、いくら罠ったって、もう少しまともなものを考えろ」
塚本と市原のやり取りに思考が引き戻され、たった今、自分が考えていたことを反芻して目眩がした。
(俺はなにを考えてるんだ……)
救う、取り返す、引き戻す……それが最優先にしたい選択肢なのに、修治は今、麻乃を倒すことだけを考えていた。
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