336 / 780
待ち受けるもの
第114話 来訪者 ~岱胡 7~
しおりを挟む
夕方になって修治が宿舎に戻ってきた。
高田の言ったよりも早く、昼過ぎに目を覚ましたらしい。
時間を無駄にしたと言って憮然とした顔のままでいたけれど、しっかり眠ったぶん、食欲も出たようだし、なによりいつもどおりの冷静さをちゃんと取り戻していた。
いつでも北区へ移動できる準備を済ませてあると言うと、修治は視線を逸らして一言
「すまない、助かる」
そう言った。
少しは役に立ったのかもしれないと思うと、それだけで妙にやる気が出てくる。
北詰所に着いたときには、もう深夜一時を過ぎていたけれど、隊員は昼のうちに寝ておいたといって、全員が起きていた。
相変わらず修治はテキパキと隊員たちに指示を出し、なにか問われたときには即答している。
何人かが修治の指示に従い準備のために詰所を出ていった。
北詰所に待機していた尾形と数人の元蓮華が、その姿を見てしきりに感心している。
「西も北も準備はほぼ整っているな……あとは南か……」
「南には今、徳丸さんと穂高さんトコが詰めているそうです、巧さんと梁瀬さんのトコは中央で待機ッスね」
「中央には俺の所から連絡を出すとして……岱胡、明日の昼に南へ寄ってから西に戻ろう」
「わかりました」
そのやり取りを聞いていた元蓮華の一人が、隊員たちと資料を見ながら声をかけてきた。
「南浜のことなら心配ないぞ、あっちには数人の元蓮華が詰めているからな。明日の打ち合わせに間に合うよう、いろいろと手を尽くしている」
「それに中央でも加賀野が動いている、おまえたちは西区に戻って明日の準備をしてくれれば十分だ。今夜は休んでおけ」
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。岱胡、宿舎に移ろう」
修治は少しだけ考え込む仕草を見せてから答え、二人揃って詰所を出た。
海岸へ続く道のほうから騒がしい声が響いてきて、修治と顔を見合わせると、声のするほうへ急いだ。
そこには修治の隊員が十人ほどいて、なにやら言い合いをしているようだ。
「おい、おまえたち、そんなところでなにを揉めてるんだ?」
「隊長! それが、変な鳥が……」
「鳥?」
輪になった隊員たちを押し退けて前に出る。
脇道の手前にある大木の枝に、鷲に似た鳥がとまっていた。
「オサダはいるか?」
岱胡はギクリとした。
隊員の一人が言うには、ついさっき、どこからか飛んできて、枝にとまったあと、ずっとその言葉を繰り返しているという。
「おまえたち、どうしてすぐに報告しにこなかった!」
「修治さん、こいつ……鴇汰さんを名指しなんて、変じゃないッスか?」
修治が厳しい口調で隊員を叱りつけると、鳥の目が岱胡を見てから修治のほうを向き、二、三度まるで考えているように首をかしげた。
大きく翼を広げると枝を離れ、修治の頭上を旋回している。
「オサダを呼べ」
鳥はまた同じ言葉を繰り返している。
修治が厳しい表情のまま左腕を差し出すと、鳥はその腕をがっしりつかんでとまった。
「修治さん、西浜で船員が言ってた……こいつ、もしかして式神じゃないッスか?」
こちらへ視線を向け黙ってうなずいた修治は、隊員たちに詰所へ戻るよう言い含め、全員が建物に入ったのを確認してからゆっくりした口調でハッキリと鳥に向かって言った。
「長田は、今はいない」
「……いない?」
鳥はまた首を何度もかしげる。
「では、おまえ……それから、そこにいるハセガワ……双子島、小島のほう。明日、夜十時に来い」
片言でありながらも、ハッキリとそう言った。
「なんで俺の名前……」
「明日は無理だ。こっちにも都合がある。それに、なにが待っているかわからないようなところへ出向いてやる筋合いもないな」
自分の名前が出たことに、岱胡はゾッとした。
それにどうやらこちらの言葉が伝わっているようで、会話になっているのも不気味だ。
修治の答えに、鳥がククッと含み笑いを漏らしている。
「ならば……あさってだ……こっちは二人、争う気はない。話しはこの国の女のことだ。必ず二人だけで来い」
「……女? どっちだ! 麻乃か? 巧か?」
「――来ればわかる」
そう言い残して鳥は飛び去っていった。
修治は腕を掲げた格好のままで、強張った顔は蒼白になっていた。
「どうします? 俺……名指しだし……行かなきゃマズイ気がするんスけど……」
修治がもしも行かないと言ったときは、岱胡は隊員を誰かを連れてでも行く覚悟だ。
「行かなければ、なにも得られないってことだな……どっちの話しにしろ、知りたきゃ行くしかないってんなら……」
鳥の飛び去ったほうを睨み据え、声を潜める。
――行ってやろうじゃないか。
修治はハッキリとそう言った。
高田の言ったよりも早く、昼過ぎに目を覚ましたらしい。
時間を無駄にしたと言って憮然とした顔のままでいたけれど、しっかり眠ったぶん、食欲も出たようだし、なによりいつもどおりの冷静さをちゃんと取り戻していた。
いつでも北区へ移動できる準備を済ませてあると言うと、修治は視線を逸らして一言
「すまない、助かる」
そう言った。
少しは役に立ったのかもしれないと思うと、それだけで妙にやる気が出てくる。
北詰所に着いたときには、もう深夜一時を過ぎていたけれど、隊員は昼のうちに寝ておいたといって、全員が起きていた。
相変わらず修治はテキパキと隊員たちに指示を出し、なにか問われたときには即答している。
何人かが修治の指示に従い準備のために詰所を出ていった。
北詰所に待機していた尾形と数人の元蓮華が、その姿を見てしきりに感心している。
「西も北も準備はほぼ整っているな……あとは南か……」
「南には今、徳丸さんと穂高さんトコが詰めているそうです、巧さんと梁瀬さんのトコは中央で待機ッスね」
「中央には俺の所から連絡を出すとして……岱胡、明日の昼に南へ寄ってから西に戻ろう」
「わかりました」
そのやり取りを聞いていた元蓮華の一人が、隊員たちと資料を見ながら声をかけてきた。
「南浜のことなら心配ないぞ、あっちには数人の元蓮華が詰めているからな。明日の打ち合わせに間に合うよう、いろいろと手を尽くしている」
「それに中央でも加賀野が動いている、おまえたちは西区に戻って明日の準備をしてくれれば十分だ。今夜は休んでおけ」
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。岱胡、宿舎に移ろう」
修治は少しだけ考え込む仕草を見せてから答え、二人揃って詰所を出た。
海岸へ続く道のほうから騒がしい声が響いてきて、修治と顔を見合わせると、声のするほうへ急いだ。
そこには修治の隊員が十人ほどいて、なにやら言い合いをしているようだ。
「おい、おまえたち、そんなところでなにを揉めてるんだ?」
「隊長! それが、変な鳥が……」
「鳥?」
輪になった隊員たちを押し退けて前に出る。
脇道の手前にある大木の枝に、鷲に似た鳥がとまっていた。
「オサダはいるか?」
岱胡はギクリとした。
隊員の一人が言うには、ついさっき、どこからか飛んできて、枝にとまったあと、ずっとその言葉を繰り返しているという。
「おまえたち、どうしてすぐに報告しにこなかった!」
「修治さん、こいつ……鴇汰さんを名指しなんて、変じゃないッスか?」
修治が厳しい口調で隊員を叱りつけると、鳥の目が岱胡を見てから修治のほうを向き、二、三度まるで考えているように首をかしげた。
大きく翼を広げると枝を離れ、修治の頭上を旋回している。
「オサダを呼べ」
鳥はまた同じ言葉を繰り返している。
修治が厳しい表情のまま左腕を差し出すと、鳥はその腕をがっしりつかんでとまった。
「修治さん、西浜で船員が言ってた……こいつ、もしかして式神じゃないッスか?」
こちらへ視線を向け黙ってうなずいた修治は、隊員たちに詰所へ戻るよう言い含め、全員が建物に入ったのを確認してからゆっくりした口調でハッキリと鳥に向かって言った。
「長田は、今はいない」
「……いない?」
鳥はまた首を何度もかしげる。
「では、おまえ……それから、そこにいるハセガワ……双子島、小島のほう。明日、夜十時に来い」
片言でありながらも、ハッキリとそう言った。
「なんで俺の名前……」
「明日は無理だ。こっちにも都合がある。それに、なにが待っているかわからないようなところへ出向いてやる筋合いもないな」
自分の名前が出たことに、岱胡はゾッとした。
それにどうやらこちらの言葉が伝わっているようで、会話になっているのも不気味だ。
修治の答えに、鳥がククッと含み笑いを漏らしている。
「ならば……あさってだ……こっちは二人、争う気はない。話しはこの国の女のことだ。必ず二人だけで来い」
「……女? どっちだ! 麻乃か? 巧か?」
「――来ればわかる」
そう言い残して鳥は飛び去っていった。
修治は腕を掲げた格好のままで、強張った顔は蒼白になっていた。
「どうします? 俺……名指しだし……行かなきゃマズイ気がするんスけど……」
修治がもしも行かないと言ったときは、岱胡は隊員を誰かを連れてでも行く覚悟だ。
「行かなければ、なにも得られないってことだな……どっちの話しにしろ、知りたきゃ行くしかないってんなら……」
鳥の飛び去ったほうを睨み据え、声を潜める。
――行ってやろうじゃないか。
修治はハッキリとそう言った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる