325 / 780
待ち受けるもの
第103話 結界の中 ~鴇汰 3~
しおりを挟む
「そう、キミは泉翔の戦士だ。それも士官として一部隊を持っているだろう? そのキミが、いつまでも大陸にダラダラと居残っていていいのか? キミの立場として、すぐにでも戻ってやらなければならないことがあるんじゃないのか?」
あくまで冷静にクロムは言う。
言われていることは鴇汰にもわかる。
一番にしなければならないのは、国へ戻って起こったことを報告するということも。
「でも、俺のせいであいつが……麻乃が……俺が馬鹿だったばかりに麻乃を危険な目に合わせて……助けたいんだよ! 助けに行かなきゃいけないんだ! あいつになにかあったら、俺はもう生きていけない……」
最後に見た矢を受けて崩れ落ちた麻乃の姿を思い出すと、涙があふれる。
体が動かなくて拭うこともできず、目を閉じてクロムから顔を背けた。
そっと頭に触れたクロムの手が、やけに温かい。
「……あの子は無事だよ。この先も、ロマジェリカで命を落とすことはない」
ドクンと胸が脈打つ。
なぜそう言い切れるのかを、すぐにでも問い質してやりたいのに泣いているせいで息が整わない。
それに泣き顔を見られるのも嫌だ。
必死に荒れる呼吸を鎮めた。
「このところ、大陸の様子が変わっているのはキミも知ってるだろう?」
クロムは髪を梳くように撫でながら問いかけてきた。
それに小さくうなずく。
フッと溜息を吐いたクロムが話し始めたのは、ロマジェリカを筆頭にして庸儀とヘイトが同盟を組んだこと、それに反対する勢力があること、三国でジャセンベルを挑発していることだった。
そんな話しなど、鴇汰には関係ありやしないのに、頭の中は突然にいろいろなことを考え始めた。
会議で諜報の持って帰った情報が過ぎる。
クロムはどこからどれほどの情報を集めているのか、今の大陸の状況を事細かに話し続け、ついには赤髪の女の話しが出た。
「……あの女は偽物だ」
ようやく呼吸が整い、それでも顔は背けたままで呟いた。
クロムは髪を撫でていた手を止め、ポンポンと軽く頭をたたく。
「泉翔には鬼神の伝承があるね? 大陸は広い……そのぶん、さまざまな血筋にまつわる伝承が多く残っているんだけれど、中の一つに紅い華の伝承がある」
ふと麻乃を思い出す。
けれど大陸に残る伝承なら関係がないはずだ。
ならば庸儀の赤髪の女がそれだというのだろうか?
「その伝承はとても古くてね、まだ泉翔が大陸と一つだったころの話しだとも言われていた。残っていた文献もとても古びていて、内容なんてほとんどわからなかったんだけれど、たった一人だけ、とてもそれに興味を持ってね。その伝承のほとんどを読み解いた人がいたんだよ」
かつて泉翔が大陸の一部だったことは、鴇汰も古い文献に目を通して知っていた。
そこから泉の女神さまの信仰が深まり、戦士が生まれたことも……。
ただ、鴇汰の中でピンとこないほどに遠い昔の話しだ。
「それが姉……キミのお母さんだ」
突然、母の話しが出て驚き、クロムのほうへ向き直った。
「原本は、あの日……粛清の日の混乱でどうなってしまったかわからない。けれど姉さんが書き遺したものは、私の家に送られていたんだ」
「叔父貴の家に……?」
「そう。遠い昔、いつまでも争いを繰り返す人間に神々はいくつかの力を与え、未来をその手に委ねたと言う。それはすべての破壊か再生か――」
「それが、その伝承?」
大きくうなずいたクロムは、その伝承を簡単に説明してくれた。
「最も姉さんもすべてを読み解いたわけじゃない、だからわかりにくい部分も多々ある。それでも当時、どんなことが起こったのかは想像できるだろう?」
「そりゃあ……でも、それがなんだっていうんだよ……今はそんな話し関係ないじゃんか!」
「キミは……馬鹿だと思っていたけれど、本当に困ったほどに馬鹿だなぁ……」
「だから馬鹿ってゆーな!」
大袈裟に肩を落としてため息をついたクロムを睨んだ。
窓の外で木々が風を受け、ざわざわと揺れている。
視線を向けると、また、ついとツバメがよぎった。
きっと巣作りか餌を取りに飛び回っているのだろう。
「いいかい? 偽物が出たということは庸儀は紅い華にまつわる伝承を持っているということだ。大陸に紅い華が出なかったのは、泉翔にあったからだ。要するに二者はイコールなんだよ」
「それはだいたいわかる」
憮然としてそう答えると、いい子だ、とつぶやいてクロムは続けた。
「今、赤髪の女はどこにいる?」
「庸儀……いや、待てよ? 庸儀はロマジェリカと組んでいる。異人は処刑されるはずなのに、赤髪の女は生きている。ということは、ロマジェリカは……そうすると、あとから組んだヘイトも伝承を知っている?」
「そう。その二国も紅い華の存在を知っている、ということになる。わかるね?」
うなずいて目を閉じた。
あくまで冷静にクロムは言う。
言われていることは鴇汰にもわかる。
一番にしなければならないのは、国へ戻って起こったことを報告するということも。
「でも、俺のせいであいつが……麻乃が……俺が馬鹿だったばかりに麻乃を危険な目に合わせて……助けたいんだよ! 助けに行かなきゃいけないんだ! あいつになにかあったら、俺はもう生きていけない……」
最後に見た矢を受けて崩れ落ちた麻乃の姿を思い出すと、涙があふれる。
体が動かなくて拭うこともできず、目を閉じてクロムから顔を背けた。
そっと頭に触れたクロムの手が、やけに温かい。
「……あの子は無事だよ。この先も、ロマジェリカで命を落とすことはない」
ドクンと胸が脈打つ。
なぜそう言い切れるのかを、すぐにでも問い質してやりたいのに泣いているせいで息が整わない。
それに泣き顔を見られるのも嫌だ。
必死に荒れる呼吸を鎮めた。
「このところ、大陸の様子が変わっているのはキミも知ってるだろう?」
クロムは髪を梳くように撫でながら問いかけてきた。
それに小さくうなずく。
フッと溜息を吐いたクロムが話し始めたのは、ロマジェリカを筆頭にして庸儀とヘイトが同盟を組んだこと、それに反対する勢力があること、三国でジャセンベルを挑発していることだった。
そんな話しなど、鴇汰には関係ありやしないのに、頭の中は突然にいろいろなことを考え始めた。
会議で諜報の持って帰った情報が過ぎる。
クロムはどこからどれほどの情報を集めているのか、今の大陸の状況を事細かに話し続け、ついには赤髪の女の話しが出た。
「……あの女は偽物だ」
ようやく呼吸が整い、それでも顔は背けたままで呟いた。
クロムは髪を撫でていた手を止め、ポンポンと軽く頭をたたく。
「泉翔には鬼神の伝承があるね? 大陸は広い……そのぶん、さまざまな血筋にまつわる伝承が多く残っているんだけれど、中の一つに紅い華の伝承がある」
ふと麻乃を思い出す。
けれど大陸に残る伝承なら関係がないはずだ。
ならば庸儀の赤髪の女がそれだというのだろうか?
「その伝承はとても古くてね、まだ泉翔が大陸と一つだったころの話しだとも言われていた。残っていた文献もとても古びていて、内容なんてほとんどわからなかったんだけれど、たった一人だけ、とてもそれに興味を持ってね。その伝承のほとんどを読み解いた人がいたんだよ」
かつて泉翔が大陸の一部だったことは、鴇汰も古い文献に目を通して知っていた。
そこから泉の女神さまの信仰が深まり、戦士が生まれたことも……。
ただ、鴇汰の中でピンとこないほどに遠い昔の話しだ。
「それが姉……キミのお母さんだ」
突然、母の話しが出て驚き、クロムのほうへ向き直った。
「原本は、あの日……粛清の日の混乱でどうなってしまったかわからない。けれど姉さんが書き遺したものは、私の家に送られていたんだ」
「叔父貴の家に……?」
「そう。遠い昔、いつまでも争いを繰り返す人間に神々はいくつかの力を与え、未来をその手に委ねたと言う。それはすべての破壊か再生か――」
「それが、その伝承?」
大きくうなずいたクロムは、その伝承を簡単に説明してくれた。
「最も姉さんもすべてを読み解いたわけじゃない、だからわかりにくい部分も多々ある。それでも当時、どんなことが起こったのかは想像できるだろう?」
「そりゃあ……でも、それがなんだっていうんだよ……今はそんな話し関係ないじゃんか!」
「キミは……馬鹿だと思っていたけれど、本当に困ったほどに馬鹿だなぁ……」
「だから馬鹿ってゆーな!」
大袈裟に肩を落としてため息をついたクロムを睨んだ。
窓の外で木々が風を受け、ざわざわと揺れている。
視線を向けると、また、ついとツバメがよぎった。
きっと巣作りか餌を取りに飛び回っているのだろう。
「いいかい? 偽物が出たということは庸儀は紅い華にまつわる伝承を持っているということだ。大陸に紅い華が出なかったのは、泉翔にあったからだ。要するに二者はイコールなんだよ」
「それはだいたいわかる」
憮然としてそう答えると、いい子だ、とつぶやいてクロムは続けた。
「今、赤髪の女はどこにいる?」
「庸儀……いや、待てよ? 庸儀はロマジェリカと組んでいる。異人は処刑されるはずなのに、赤髪の女は生きている。ということは、ロマジェリカは……そうすると、あとから組んだヘイトも伝承を知っている?」
「そう。その二国も紅い華の存在を知っている、ということになる。わかるね?」
うなずいて目を閉じた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる