蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
312 / 780
待ち受けるもの

第90話 帰還 ~修治 1~

しおりを挟む
 北区からの道中で、尾形におおよその話しを聞いておいたのは幸いだった。
 早々に軍部に呼ばれて向かおうとしたその矢先に、上層が数人、医療所へ現れ、まだ熱のさがっていない岱胡まで連れ出してきた。

「まだかなり熱が高い、二、三日……いや、せめて熱が引くまでは安静にさせてください!」

「報告は義務だ。ましてこんなときでもある。休んでいる場合ではない」

「なにも報告をしないとは言っていないでしょう? なぜ熱がさがるまでの短い期間が待てないのです?」

 医療所の先生と尾形が止めようと抗議をしても聞く耳を持たない。

「行きゃぁいいんでしょ! 報告が義務だってことぐらいわかってますよ! 行って全部報告してやりますよ!」

 最後には退かない上層にキレた岱胡が支えられた手を振りほどき、そう怒鳴って覚束ない足取りのまま迎えの車に乗り込んだ。
 威勢が良かったのはそこまでで、後部席に収まると途端にぐったりしている。

「大丈夫か?」

「全然駄目ッスよ……も~、体に力が入んないし、寝てたいんスけどね……」

「報告だけなら俺一人でも十分なのに、偉い目にあったな」

「ホントですよ……すぐ解放してもらえればいいんッスけど、なにか嫌な予感がしますね」

 ポツポツと話していると、助手席の上層が横目でこちらを見ていることに気づいた。
 岱胡と視線をかわすと互いに少し体を離し、その先は黙ったままでいた。

 軍部では大会議室に上層のほか、カサネを始め巫女が数人、おまけになぜか国王までも同席している。
 最初に豊穣の儀を滞りなく済ませたことを報告すると、国王以外はそのことにまったく興味を示さず、すぐに大陸での行動を事細かにたずねられた。

 腑に落ちない思いが沸いたけれど、できるだけ早く済ませて岱胡を休ませたいと思い、修治は順を追って話しを始めた。

 ポイントに着いて準備をしているときから、接近してくる敵兵に気づいたこと、どうやら相手は修治たちの居場所をわかっているようで、常に追われていたこと、奉納場所ではついに対峙したこと。

「奉納場所で対峙した庸儀の兵は、ロマジェリカ戦のときと同じ状態でした。こちらもまさか、またあの手の兵が出てくるとは思わず、長谷川が怪我を負ってしまいました」

 国王は目を閉じて話しを聞いている。
 上層たちはなにやらヒソヒソと言葉をかわし、修治の話しを聞いているのかどうかさえ怪しい雰囲気だ。

「そのあと手にあまる状況に陥ったのですが、恐らく大陸のものと思われる男に助けられ――」

「大陸の人間がおまえたちを助けたと? そんな馬鹿な」

 上層の一人が失笑した。
 確かに、これまでなら修治も同じように思っただろう。
 けれど助けられたのは動かしようのない事実だ。

「ですが、ポイントを抑えられ、我々の船には見張りがついていて戻れなくなるところでした。その男が別の場所に船を用意してくれたおかげで、こうして戻ってくることができたんです。長谷川の怪我が軽く済んだのも、回復術で止血をしてくれたからで――」

「そもそも、ポイントが割れていたということがおかしいのだよ」

「そうだ。こればかりは、たとえ諜報に入り込まれたとしても、知られようがないことだ」

(――また、そこに話しが戻るのか)

こちらはとりあえず一通り話してしまいたいのに、上層もカサネも、あれやこれやと質問なのか文句なのかわからないことを一々投げかけてきて、話しが先に進まずに苛立った。

「大陸の男は、我々がシタラさまからいただいた黒玉を見て、これは大陸で相手の居場所を探るために術師が良く使うものだ、と言いました。そのせいで追われるのだ、と」

「そんなものが存在すると、本気で信じたのか? 第一あったとしてもなぜこの国に、しかもシタラさまが持ち合わせているというのだ」

 今度は嘲笑が漏れた。
 にわかに信じがたいのはわかるし、修治自身もそれが一番の疑問だ。

「確かに仰るとおりですが、庸儀の兵は迷うことなく我々を追って来ました。そういう石があったと考えれば、すべてに辻褄が合うんです」

「そいつが自分たちに手を貸してくれたのも、あの赤髪の女に一泡吹かせてやりたいからだって言っていました。うちの国で手に入れた情報以上に、大陸にはいろいろな思惑がはびこっているんだと思います」

 岱胡もさすがに黙っていられなかったようで、熱のせいで震えながらも一言一言、選んで発言をしてくれた。

「その話しはまあいいだろう。それよりも……藤川は確か、ジャセンベルのポイントとルートを知っているはずだな?」

 上層の一人がそう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...