311 / 780
待ち受けるもの
第89話 帰還 ~市原 2~
しおりを挟む
修治と別れてから高田とともに長谷川を見舞い、そのまま花丘に向かって宿を取った。
もう外は明るくなっていたけれど、主人と高田が知り合いだったおかげで、嫌な顔一つされずに部屋へと通された。
「長谷川くんの容体が落ち着いたら、尾形さんも来られるそうだ。市原、すまないが一眠りしたら道場へ戻り、今日は戻らないと塚本に伝えてくれ。それから多香子にも、修治が無事に戻ったことを伝えてほしい」
「わかりました」
「それが済んだら、手間だろうがまたここへ戻ってくれ」
「はい」
そう答えると寝床の用意をして眠りに着いた。
高田もこのところ、ずっと動き回っていたせいで疲れが溜まっていたのだろう。
昼前に市原が起きたときには、まだ眠っていたので起こさないようにそっと宿を出た。
西区へ戻り、道場の裏手に車をつけると、中はやけに静かで塚本の姿も見えず、仕方なく先に多香子のところへ行き、修治が無事に戻ったことを伝えた。
多香子はもちろん、手伝いに来ていた修治の母もホッとした表情を見せ、市原まで顔が綻んでしまう。
「多香ちゃん、そんなわけで先生は修治の報告も聞いてから戻るそうだ。俺はこのまま先生を迎えに出るけれど……塚本はどうしてる?」
「塚本さんなら、今日は小さい子どもたちの演習で森へ出ているのよ。そろそろ戻るころだと思うんだけど」
「そうか。じゃあ俺もそっちへ行ってみるよ」
長居をすると不自然さを感じ取られてしまいそうで、早々にその場をあとにした。
森の入り口で師範の橋本とともに、戻ってきた子どもたちに指導をしている塚本を見つけ、声をかける。
塚本は橋本に子どもたちのことを頼むと、こちらに駆け寄ってきた。
「船が戻ったって?」
「ああ、修治が帰ってきたんだけどな、連れの長谷川くんが怪我をしていた。恐らく今ごろは軍部に缶詰だろうと思う」
「だろうな、麻乃の件もあるし……」
「そんなわけで、高田先生は花丘に宿を取って控えている。俺が連絡係になるだろうから道場のことを頼む。少しばかり面倒な話しもあってな、中央に来てもらうかもしれないから、いつでも動けるようにしておいてくれ」
「わかった。こっちでもなにか変わったことがあったら、すぐに連絡を入れる」
本当は話しておきたかった修治の報告も、詳細がわからないままでなにも伝えられない。
宿名だけを教え、そのままとんぼ返りで中央へ戻った。
宿に着くと高田の姿はなく、一時間ほど待っても戻ってこないことに痺れを切らし、軍部へ向かってみることにした。
門を入ったところで、ちょうど中から出てきた高田と尾形の姿が見え、階段の下に車をつけた。
「市原、早かったな」
「先生、なにか進展があったのですか?」
車を降りて駆け寄ると、二人の後ろから加賀野を始め、元蓮華の数人が出てきた。
「進展どころか上層のやつら、まだ熱のさがっていない長谷川まで呼びつけて、会議室にこもっていやがる!」
憤慨している加賀野をほかの元蓮華たちがなだめている。
「どう話しを持っていったのかわからんが、今日は国王さまも出てきているそうだ」
「国王さままでですか?」
驚いて聞き返すと、高田はつと視線をあげて空を眺めた。
「国王さまは思慮深いかただ……偏ったお考えで早急に決断をされることはないとしても、場合に寄ってはこちらが動きにくくなるかもしれん」
「取り急ぎできるかぎりの準備はこちらで進めていく。逐一、連絡を入れるが、そっちからも頼むぞ」
加賀野はそう言って、ほかの元蓮華と軍部を出ていった。
どうやら加賀野が中心になって、なにかあったときの下準備や情報収集を進めているらしい。
高田と尾形を乗せ、花丘の宿まで戻ると、早目の夕飯をとった。
考えることがいろいろとあったせいか食欲が出ないけれど、いざというときのために無理やりに詰め込んだ。
市原が西区に戻っているあいだに、ずいぶんとバタバタしたようで、高田は箸を進めながら修治から聞いた話しを尾形に聞かせていた。
最後まで黙って聞いていた尾形は、いったん箸を置くと膝を正して考え込んだ。
「大陸に情報が漏れている、いないの問題ではないな……藤川の件はもとより、上陸の日程や日付まで詳細が早い段階で流れていると考えていいだろう。これは諜報云々ではなく、内通者がいるとしか思えん。加賀野にもその辺りを良く調べてもらうよう、すぐに連絡を入れよう」
高田以上の経験を持ち、重厚な人柄の尾形の手が、かすかに震えていることに気づいた。
もう外は明るくなっていたけれど、主人と高田が知り合いだったおかげで、嫌な顔一つされずに部屋へと通された。
「長谷川くんの容体が落ち着いたら、尾形さんも来られるそうだ。市原、すまないが一眠りしたら道場へ戻り、今日は戻らないと塚本に伝えてくれ。それから多香子にも、修治が無事に戻ったことを伝えてほしい」
「わかりました」
「それが済んだら、手間だろうがまたここへ戻ってくれ」
「はい」
そう答えると寝床の用意をして眠りに着いた。
高田もこのところ、ずっと動き回っていたせいで疲れが溜まっていたのだろう。
昼前に市原が起きたときには、まだ眠っていたので起こさないようにそっと宿を出た。
西区へ戻り、道場の裏手に車をつけると、中はやけに静かで塚本の姿も見えず、仕方なく先に多香子のところへ行き、修治が無事に戻ったことを伝えた。
多香子はもちろん、手伝いに来ていた修治の母もホッとした表情を見せ、市原まで顔が綻んでしまう。
「多香ちゃん、そんなわけで先生は修治の報告も聞いてから戻るそうだ。俺はこのまま先生を迎えに出るけれど……塚本はどうしてる?」
「塚本さんなら、今日は小さい子どもたちの演習で森へ出ているのよ。そろそろ戻るころだと思うんだけど」
「そうか。じゃあ俺もそっちへ行ってみるよ」
長居をすると不自然さを感じ取られてしまいそうで、早々にその場をあとにした。
森の入り口で師範の橋本とともに、戻ってきた子どもたちに指導をしている塚本を見つけ、声をかける。
塚本は橋本に子どもたちのことを頼むと、こちらに駆け寄ってきた。
「船が戻ったって?」
「ああ、修治が帰ってきたんだけどな、連れの長谷川くんが怪我をしていた。恐らく今ごろは軍部に缶詰だろうと思う」
「だろうな、麻乃の件もあるし……」
「そんなわけで、高田先生は花丘に宿を取って控えている。俺が連絡係になるだろうから道場のことを頼む。少しばかり面倒な話しもあってな、中央に来てもらうかもしれないから、いつでも動けるようにしておいてくれ」
「わかった。こっちでもなにか変わったことがあったら、すぐに連絡を入れる」
本当は話しておきたかった修治の報告も、詳細がわからないままでなにも伝えられない。
宿名だけを教え、そのままとんぼ返りで中央へ戻った。
宿に着くと高田の姿はなく、一時間ほど待っても戻ってこないことに痺れを切らし、軍部へ向かってみることにした。
門を入ったところで、ちょうど中から出てきた高田と尾形の姿が見え、階段の下に車をつけた。
「市原、早かったな」
「先生、なにか進展があったのですか?」
車を降りて駆け寄ると、二人の後ろから加賀野を始め、元蓮華の数人が出てきた。
「進展どころか上層のやつら、まだ熱のさがっていない長谷川まで呼びつけて、会議室にこもっていやがる!」
憤慨している加賀野をほかの元蓮華たちがなだめている。
「どう話しを持っていったのかわからんが、今日は国王さまも出てきているそうだ」
「国王さままでですか?」
驚いて聞き返すと、高田はつと視線をあげて空を眺めた。
「国王さまは思慮深いかただ……偏ったお考えで早急に決断をされることはないとしても、場合に寄ってはこちらが動きにくくなるかもしれん」
「取り急ぎできるかぎりの準備はこちらで進めていく。逐一、連絡を入れるが、そっちからも頼むぞ」
加賀野はそう言って、ほかの元蓮華と軍部を出ていった。
どうやら加賀野が中心になって、なにかあったときの下準備や情報収集を進めているらしい。
高田と尾形を乗せ、花丘の宿まで戻ると、早目の夕飯をとった。
考えることがいろいろとあったせいか食欲が出ないけれど、いざというときのために無理やりに詰め込んだ。
市原が西区に戻っているあいだに、ずいぶんとバタバタしたようで、高田は箸を進めながら修治から聞いた話しを尾形に聞かせていた。
最後まで黙って聞いていた尾形は、いったん箸を置くと膝を正して考え込んだ。
「大陸に情報が漏れている、いないの問題ではないな……藤川の件はもとより、上陸の日程や日付まで詳細が早い段階で流れていると考えていいだろう。これは諜報云々ではなく、内通者がいるとしか思えん。加賀野にもその辺りを良く調べてもらうよう、すぐに連絡を入れよう」
高田以上の経験を持ち、重厚な人柄の尾形の手が、かすかに震えていることに気づいた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる