282 / 780
待ち受けるもの
第60話 目覚め ~麻乃 1~
しおりを挟む
そんなはずがない。
大陸へ討って出るなど、あるはずがない。
誰もそんな話しをしたことがないし、会議で聞いたこともない。
ただ――。
(何度か……出なかったこともあった……)
苛立ちだけで、本来はいるべき場所にいなかったのも事実だ。
そのあいだに、なにがあったかなど知る由もない。
いつか言われた言葉と、マドルの放った言葉が刺さる。
『ほかの蓮華を信用するでない』
『知った顔がいくつあるのか、良く見て確認するといいでしょう』
握りしめた双眼鏡を恐る恐るのぞいた。
最初に目に飛び込んできたのは大勢のロマジェリカ人で、一度、目を離し、ジャセンベルの軍勢を確認してから、もう一度のぞき見た。
ザッと見渡しても、泉翔人らしき姿は一つも見えない。
(やっぱり……うちの戦士がいるなどと……とんだ出まかせだ)
ホッと息をついたとき、ジャセンベルの軍勢が動き始めた。
視線を外そうとした瞬間、チラリと横切った人影に、麻乃の心臓が大きく跳ねあがった。
ずれた視線をあわてて戻す。
手が震えているのか、思う場所にたどり着けずにいると、今度は別の人影に視線を止めた。
(岱胡! どうして……)
視線を移すたびに、巧や梁瀬、穂高の顔が飛び込んでくる。
徳丸の姿を確認し、最後に修治の姿を見つけたとき、血の気が引いて目眩がした。
(なんで……? どうしてみんなが……)
よろけた麻乃の体が誰かにぶつかり、ハッとして振り返ろうとした肩を、マドルに両手でしっかりとつかまれた。
「何人、見えましたか? 貴女の知る人が、あの軍勢に……」
耳もとでマドルの声が静かに響いている。
目眩がさらに強くなる。
ギュッと目を閉じてみても、今、飛び込んできたみんなの姿が離れない。
それでも――!
思いきりマドルの手を振り払った。
軍勢は動きだした。
止めなければ。
止めてどういうことなのか問いたださなければ。
駆け出そうとした手を取られ、右肩に鋭い痛みが走る。
「……っ!」
「そのような出で立ちで、なんの武器も持たずに前線に出たところで、なにもできないままに倒れるのが落ちですよ」
「この……離せ! あたしは信じない! この目で直に確かめにいく! 武器など、あるところから奪い取る!」
マドルの平手が麻乃の頬を打った。
反射的に、麻乃もこぶしで思いきりマドルに打ち返した。
突然のことで、どちらも避けきれなかった。
マドルのほうは唇が切れたようだ。
側近が身構えたのを制し、マドルは冷たい視線で麻乃を見据えた。
「今、この状況で、我が軍の兵士に手を出させるわけにはいきません。あれだけの軍勢を相手に、こちらの陣を乱されては困るのです」
「あんたたちの事情など知ったことか!」
「どうしても行くと仰るのなら、止めはしません。これをお持ちになるといい」
側近に言いつけ、なにかを取りにいかせるとそれを差し出してきた。
「……夜光」
「貴女が出ていったところで、なにが変わるとも思えませんが、泉翔の戦士たちを少しでも足止めできるのならば、どうぞご自由に」
マドルの嘲笑に苛立ちが抑え切れない。
それでも、ここでいい争いをしている時間などないことは、十分過ぎるほどわかっている。
夜光を乱暴に奪い取ると、麻乃は前線に向かって全力で駆け出した。
ロマジェリカの兵士たちのあいだを擦り抜けながら慣れない衣に足を取られ、何度か転んだ。
息を切らせ、前線まであと少しの所で轟音が鳴り響き、両軍の兵士が一斉に動きだした。
(今の音……砲撃?)
混乱する戦場の中、向かってくるジャセンベル軍の中に飛び込んだ。
斬りつけてくる敵兵を体当たりで押し退け、振り被ってくる剣を麻乃は身を屈めてかわした。
徐々に交戦が激しくなってきた。
ただ避けるだけの作業さえ難しくなり、いよいよ夜光を抜かなければと、柄に手をかけた。
「……抜けない!」
握り締めた夜光が抜かれるのを嫌がっているように感じる。
リュと対峙したときのように痺れるような感覚はないけれど、なにかが引っ掛かっているかのように、鯉口がカチャカチャと音を立てるだけだ。
向かってくる敵の攻撃を必死で避けながら進む。
焦りで鼓動が速くなる。
「どうして! こんなときに……嫌がってる場合じゃないのに! 抜けてよっ! お願いだから!」
苛立ちと焦りで懇願しながら柄を握り締めた手を引いた。
諦めたように、スルリと鞘から出た刀身が、鈍い光を放った瞬間、背後から殺気を感じて振り向きざまに夜光を構えた。
振りおろされた刃の向こうに、巧の冷たい瞳を見た。
大陸へ討って出るなど、あるはずがない。
誰もそんな話しをしたことがないし、会議で聞いたこともない。
ただ――。
(何度か……出なかったこともあった……)
苛立ちだけで、本来はいるべき場所にいなかったのも事実だ。
そのあいだに、なにがあったかなど知る由もない。
いつか言われた言葉と、マドルの放った言葉が刺さる。
『ほかの蓮華を信用するでない』
『知った顔がいくつあるのか、良く見て確認するといいでしょう』
握りしめた双眼鏡を恐る恐るのぞいた。
最初に目に飛び込んできたのは大勢のロマジェリカ人で、一度、目を離し、ジャセンベルの軍勢を確認してから、もう一度のぞき見た。
ザッと見渡しても、泉翔人らしき姿は一つも見えない。
(やっぱり……うちの戦士がいるなどと……とんだ出まかせだ)
ホッと息をついたとき、ジャセンベルの軍勢が動き始めた。
視線を外そうとした瞬間、チラリと横切った人影に、麻乃の心臓が大きく跳ねあがった。
ずれた視線をあわてて戻す。
手が震えているのか、思う場所にたどり着けずにいると、今度は別の人影に視線を止めた。
(岱胡! どうして……)
視線を移すたびに、巧や梁瀬、穂高の顔が飛び込んでくる。
徳丸の姿を確認し、最後に修治の姿を見つけたとき、血の気が引いて目眩がした。
(なんで……? どうしてみんなが……)
よろけた麻乃の体が誰かにぶつかり、ハッとして振り返ろうとした肩を、マドルに両手でしっかりとつかまれた。
「何人、見えましたか? 貴女の知る人が、あの軍勢に……」
耳もとでマドルの声が静かに響いている。
目眩がさらに強くなる。
ギュッと目を閉じてみても、今、飛び込んできたみんなの姿が離れない。
それでも――!
思いきりマドルの手を振り払った。
軍勢は動きだした。
止めなければ。
止めてどういうことなのか問いたださなければ。
駆け出そうとした手を取られ、右肩に鋭い痛みが走る。
「……っ!」
「そのような出で立ちで、なんの武器も持たずに前線に出たところで、なにもできないままに倒れるのが落ちですよ」
「この……離せ! あたしは信じない! この目で直に確かめにいく! 武器など、あるところから奪い取る!」
マドルの平手が麻乃の頬を打った。
反射的に、麻乃もこぶしで思いきりマドルに打ち返した。
突然のことで、どちらも避けきれなかった。
マドルのほうは唇が切れたようだ。
側近が身構えたのを制し、マドルは冷たい視線で麻乃を見据えた。
「今、この状況で、我が軍の兵士に手を出させるわけにはいきません。あれだけの軍勢を相手に、こちらの陣を乱されては困るのです」
「あんたたちの事情など知ったことか!」
「どうしても行くと仰るのなら、止めはしません。これをお持ちになるといい」
側近に言いつけ、なにかを取りにいかせるとそれを差し出してきた。
「……夜光」
「貴女が出ていったところで、なにが変わるとも思えませんが、泉翔の戦士たちを少しでも足止めできるのならば、どうぞご自由に」
マドルの嘲笑に苛立ちが抑え切れない。
それでも、ここでいい争いをしている時間などないことは、十分過ぎるほどわかっている。
夜光を乱暴に奪い取ると、麻乃は前線に向かって全力で駆け出した。
ロマジェリカの兵士たちのあいだを擦り抜けながら慣れない衣に足を取られ、何度か転んだ。
息を切らせ、前線まであと少しの所で轟音が鳴り響き、両軍の兵士が一斉に動きだした。
(今の音……砲撃?)
混乱する戦場の中、向かってくるジャセンベル軍の中に飛び込んだ。
斬りつけてくる敵兵を体当たりで押し退け、振り被ってくる剣を麻乃は身を屈めてかわした。
徐々に交戦が激しくなってきた。
ただ避けるだけの作業さえ難しくなり、いよいよ夜光を抜かなければと、柄に手をかけた。
「……抜けない!」
握り締めた夜光が抜かれるのを嫌がっているように感じる。
リュと対峙したときのように痺れるような感覚はないけれど、なにかが引っ掛かっているかのように、鯉口がカチャカチャと音を立てるだけだ。
向かってくる敵の攻撃を必死で避けながら進む。
焦りで鼓動が速くなる。
「どうして! こんなときに……嫌がってる場合じゃないのに! 抜けてよっ! お願いだから!」
苛立ちと焦りで懇願しながら柄を握り締めた手を引いた。
諦めたように、スルリと鞘から出た刀身が、鈍い光を放った瞬間、背後から殺気を感じて振り向きざまに夜光を構えた。
振りおろされた刃の向こうに、巧の冷たい瞳を見た。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる