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待ち受けるもの
第39話 ヘイト ~徳丸 3~
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薄暗い山道を、徳丸は延々と登っていた。
ジメジメと湿気っぽくて滑りやすいうえ上に暗くて足もとがおぼつかない。
「まったく最悪な夜だ」
頂上近くから、山の反対側へ廻り込むように移動して、今度は川づたいに山をおりた。
こちら側は、もう庸儀の領土内になる。
岩のゴツゴツとした山肌で、なんとも歩きにくい。
それでも緩やかな稜線が、中腹まで続いているおかげで転げ落ちることはなさそうだ。
いつの間にか夜は明け、昇る陽の眩しさに徳丸は目を細めた。
下山ルートの分岐点までたどり着いた。
左右にわかれた道を前に立ち止ってそれぞれを確認してみる。
右はさらに岩の大きな険しい道で、しかも途中からは崖をおりなければいけない。
左はこのまま稜線が続き、大した苦もなく麓までおりられる。
ためらうこともなく、左の道を選んだ。
歩き始めたとき、不意に誰かに呼ばれた気がして、辺りを見回した。
分かれ道の右側にシタラの姿が見えて、ドキリと胸が鳴った。
「シタラさま、どうしてこんなところに?」
「……へ行くのか?」
ノイズが入ったように、言葉が途切れて良く聞き取れない。
「なんですって?」
「楽なほうばかり……はなぜ選ぼうとする。右を選ばなければ……ぞ」
楽なほうばかりを選んでいる?
その言葉に、徳丸は少しムッとした。
「お言葉ですが、今は少しでも早く戻らなければならないのです。左を選ぶのは当然かと思います」
「……よりも大切なものがあるであろう? 右を……後悔するぞ」
どうにもハッキリと聞き取れず、シタラの目の前まで歩み寄った。
「右になにがあるというのですか?」
「……わかる」
こんなに近づいても言葉が聞き取れない。
徳丸に通じていないことがわかったのか、シタラの瞳が曇って見える。
情けなさそうな顔を見せ、同じ言葉を何度も繰り返しているようだ。
そのお陰で、ようやく途切れ途切れの言葉が繋がった。
「あわてずとも戻ることなどいつでもできる。それよりも大切なものがあるであろう? 右を選ばなければ後悔するぞ」
「後悔……それは一体、どういうことですか?」
有無を言わさず、行けと言わんばかりに右の道を真っすぐ指差した。
気持ちは左の道を行きたがっているのに、シタラの指に吸い寄せられるように、足は右の道を歩き出す。
岩の剥き出しになった崖を用心しながらおりた。
(クソッ……なんだってこんな面倒なことに……)
下り始めてしばらくすると、足場の広いところへ着き、一息ついた。
眼下には大陸が広がり、ずいぶんと遠くまで見渡せる。
ここをおりれば水場があり、その下は森だ。
(この景色……このままおりると、庸儀の奉納場所の近くじゃねぇか)
沼地の脇を流れる川が目に入り、懐かしさに滝の辺りを探して視線を巡らせた。
そのとき、動く人影が二つ見えた気がして、目を凝らしてジッと見据えた。
「巧……穂高……あいつら、なんだって山を登っていやがるんだ?」
上から見おろしていなければ気づかなかったかもしれない。
二人のあとを追って、敵兵が数十人確認できた。
「追われてる! 馬鹿な……こっちへ登ってきても逃げ道はねぇ!」
あわててまた岩場をおり始める。
ところが、ここまできたときと違って思うように体が動かない。
急ごうと思うほど手も足も、意に反して動きが鈍る。
(まずい、早く沼地まで行かねぇと、あいつらがまずいことになる!)
シタラが後悔することになると言ったのは、このことか。
突起に足をかけた途端、徳丸の足もとが崩れた。
動きの鈍った体では、自分の重みにさえも耐えきれず、グラリと揺れてそのまま岩もろとも崩れ落ちた。
足もとから力が抜けて、ガクンと体が揺れ、目が覚めた。
「夢……だったのか?」
冷や汗で体じゅうがじっとりとしている上に、鼓動が激しく鳴っている。
シタラの言った『後悔するぞ』という言葉が頭の中に何度も響く。
鳥の囀りが響き車をおりると、車上に若草色の鳥がとまっている。
徳丸を呼ぶように鳴くと羽ばたいて頭上を旋回した。
(今のは……ただの夢じゃないのかもしれない。今、急いで庸儀に向かわねぇと、巧たちがやばい)
ただの勘と言ってしまえばそれまでだ。けれど、なにか確証に近いものがあった。
(梁瀬を呼んでこなけりゃあ……急いで発たなくては)
そう思った瞬間、村を囲む敵兵の気配に気づいた。
ジメジメと湿気っぽくて滑りやすいうえ上に暗くて足もとがおぼつかない。
「まったく最悪な夜だ」
頂上近くから、山の反対側へ廻り込むように移動して、今度は川づたいに山をおりた。
こちら側は、もう庸儀の領土内になる。
岩のゴツゴツとした山肌で、なんとも歩きにくい。
それでも緩やかな稜線が、中腹まで続いているおかげで転げ落ちることはなさそうだ。
いつの間にか夜は明け、昇る陽の眩しさに徳丸は目を細めた。
下山ルートの分岐点までたどり着いた。
左右にわかれた道を前に立ち止ってそれぞれを確認してみる。
右はさらに岩の大きな険しい道で、しかも途中からは崖をおりなければいけない。
左はこのまま稜線が続き、大した苦もなく麓までおりられる。
ためらうこともなく、左の道を選んだ。
歩き始めたとき、不意に誰かに呼ばれた気がして、辺りを見回した。
分かれ道の右側にシタラの姿が見えて、ドキリと胸が鳴った。
「シタラさま、どうしてこんなところに?」
「……へ行くのか?」
ノイズが入ったように、言葉が途切れて良く聞き取れない。
「なんですって?」
「楽なほうばかり……はなぜ選ぼうとする。右を選ばなければ……ぞ」
楽なほうばかりを選んでいる?
その言葉に、徳丸は少しムッとした。
「お言葉ですが、今は少しでも早く戻らなければならないのです。左を選ぶのは当然かと思います」
「……よりも大切なものがあるであろう? 右を……後悔するぞ」
どうにもハッキリと聞き取れず、シタラの目の前まで歩み寄った。
「右になにがあるというのですか?」
「……わかる」
こんなに近づいても言葉が聞き取れない。
徳丸に通じていないことがわかったのか、シタラの瞳が曇って見える。
情けなさそうな顔を見せ、同じ言葉を何度も繰り返しているようだ。
そのお陰で、ようやく途切れ途切れの言葉が繋がった。
「あわてずとも戻ることなどいつでもできる。それよりも大切なものがあるであろう? 右を選ばなければ後悔するぞ」
「後悔……それは一体、どういうことですか?」
有無を言わさず、行けと言わんばかりに右の道を真っすぐ指差した。
気持ちは左の道を行きたがっているのに、シタラの指に吸い寄せられるように、足は右の道を歩き出す。
岩の剥き出しになった崖を用心しながらおりた。
(クソッ……なんだってこんな面倒なことに……)
下り始めてしばらくすると、足場の広いところへ着き、一息ついた。
眼下には大陸が広がり、ずいぶんと遠くまで見渡せる。
ここをおりれば水場があり、その下は森だ。
(この景色……このままおりると、庸儀の奉納場所の近くじゃねぇか)
沼地の脇を流れる川が目に入り、懐かしさに滝の辺りを探して視線を巡らせた。
そのとき、動く人影が二つ見えた気がして、目を凝らしてジッと見据えた。
「巧……穂高……あいつら、なんだって山を登っていやがるんだ?」
上から見おろしていなければ気づかなかったかもしれない。
二人のあとを追って、敵兵が数十人確認できた。
「追われてる! 馬鹿な……こっちへ登ってきても逃げ道はねぇ!」
あわててまた岩場をおり始める。
ところが、ここまできたときと違って思うように体が動かない。
急ごうと思うほど手も足も、意に反して動きが鈍る。
(まずい、早く沼地まで行かねぇと、あいつらがまずいことになる!)
シタラが後悔することになると言ったのは、このことか。
突起に足をかけた途端、徳丸の足もとが崩れた。
動きの鈍った体では、自分の重みにさえも耐えきれず、グラリと揺れてそのまま岩もろとも崩れ落ちた。
足もとから力が抜けて、ガクンと体が揺れ、目が覚めた。
「夢……だったのか?」
冷や汗で体じゅうがじっとりとしている上に、鼓動が激しく鳴っている。
シタラの言った『後悔するぞ』という言葉が頭の中に何度も響く。
鳥の囀りが響き車をおりると、車上に若草色の鳥がとまっている。
徳丸を呼ぶように鳴くと羽ばたいて頭上を旋回した。
(今のは……ただの夢じゃないのかもしれない。今、急いで庸儀に向かわねぇと、巧たちがやばい)
ただの勘と言ってしまえばそれまでだ。けれど、なにか確証に近いものがあった。
(梁瀬を呼んでこなけりゃあ……急いで発たなくては)
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