249 / 780
待ち受けるもの
第27話 ロマジェリカ ~鴇汰 2~
しおりを挟む
真っ暗な中で、どっちに進めばいいのかわからずに立ち尽くしていた。
薄ぼんやりと光が見えて、鴇汰はとりあえず、それに向かって足を進める。
(――婆さま?)
青白く光るシタラの小さな姿が遠くに見え、足を止めた。
シタラは鴇汰に気づくと、スッと流れるように近づいてきて、数メートル前で止まった。
なにかを言いながら、しきりに頭をさげている。
「……なに?」
そう問いかけると、シタラの唇は動くけれど、言葉が聞こえてこない。
そしてまた何度も頭をさげる。
「聞こえねーよ……なにを言ってるのかわかんねーよ!」
苛立って大声で怒鳴ると、シタラは真っ暗な空を指差した。
見あげるといつの間にか満天の星空だ。
けれど、ただそれだけで、ほかになにも見えやしない。
一体、なにを言いたいのか。
星に混じって細く弧を描くような光の輪が見えた気がして、目を凝らした。
「月……?」
シタラがその言葉にうなずくと、ふわりとその体が宙に浮いた。
頭上から、今度は下を指差している。
指を追って視線を移した。
(――血の海!)
足もと一帯に広がって、膝の辺りまで真っ赤な血の海に沈んでいる。
驚きで心臓が弾けたように大きく鳴った。
思わず後ずさりをすると、血に見えたのは真っ赤な蓮華の花で、一面に隙間がないほど咲き誇っている。
「なんなんだよ? なにが言いたいんだよ!」
見あげてそう問いかけると、シタラはつらそうな表情でうつむいた。
その頬を伝って涙がこぼれ落ち、鴇汰の頬にパタリと当たった。
(泣いている……?)
そう思った瞬間、グラリと体が揺れて膝の力が抜け、地の底に落ちていくような感覚がした。
「…………!」
目を開けた瞬間、声が出ずに息を飲んだ。
「鴇汰」
まず目に飛び込んできたのは麻乃の顔で、その髪は濡れ、水滴が落ちて顔に当たる。
「鴇汰、起きて」
麻乃に肩を揺すられ、ハッと飛び起きた。
(寝て……たのか? 今のは夢……?)
まだ心臓が大きく脈打っている。
冷静に考えてみれば、こんなところにシタラがいるわけがない。
涙だと思ったのは、麻乃の髪から落ちるしずくだったのか……。
鴇汰は一度、深く深呼吸をした。
「どうしたんだよ? なんだよ、その髪?」
「それより早く起きてよ。荷物をまとめて。今すぐ」
麻乃の真剣な表情に、不安がよぎる。
「なにかあったのか?」
「人の気配が近づいてる。対岸のほうからくるよ。まだ遠いけど、相手がなにで移動してるかわからない。夜明け前で外は暗いけど、早くここを発とう」
急いで寝袋から出ると、荷物を全部車に移すように麻乃に頼み、鴇汰はテントを畳んだ。
もともと最低限の荷物しか出していなかったから出発する準備はすぐに整った。
空には手が届きそうなほどたくさんの星が瞬き、嫌でもさっきの夢を思い出す。
「対岸か……俺はまだ、なにも感じないけど、川幅があるから簡単に渡れないとはいえ、見つかったら面倒だな」
「うん、距離はだいぶあるから、こっちが車を出しても気づかれないと思う。今のうちにできるだけ離れたほうがいい」
ライトをつけずにゆっくりと車を走らせた。
土手の高さが続いているせいで、川沿いから離れずに済んだのはありがたい。
せめて月が出ていれば、多少は明るかったのだろうけれど、先が見えないのが不安だ。
「それにしても、ホントに良く気づいたな」
「そりゃあね、そのつもりで気を張ってるし。それに、こんななにもない場所だもん。生き物の気配がすればすぐにわかるよ。まぁ、寝てたらこんなに早くはわからなかっただろうけどさ」
麻乃は首にかけたタオルで髪を拭いて、少し得意気に言う。
「ふうん……そんで? その髪はなによ? 雨が降ったわけでもねーよな?」
「うん。砂埃が凄かったじゃない? なんだか体中がむず痒くて、川で砂を流してきたんだ。そしたら対岸から人の気配が近づいてきて……」
「おまえなぁ……夜中に一人でウロウロすんなよ。そういうときはな、ひと声かけろって」
確かに周辺はなにもない。
とはいえ、なにがあるかもわからないこんな国で、危機感のない麻乃の行動に呆れた。
薄ぼんやりと光が見えて、鴇汰はとりあえず、それに向かって足を進める。
(――婆さま?)
青白く光るシタラの小さな姿が遠くに見え、足を止めた。
シタラは鴇汰に気づくと、スッと流れるように近づいてきて、数メートル前で止まった。
なにかを言いながら、しきりに頭をさげている。
「……なに?」
そう問いかけると、シタラの唇は動くけれど、言葉が聞こえてこない。
そしてまた何度も頭をさげる。
「聞こえねーよ……なにを言ってるのかわかんねーよ!」
苛立って大声で怒鳴ると、シタラは真っ暗な空を指差した。
見あげるといつの間にか満天の星空だ。
けれど、ただそれだけで、ほかになにも見えやしない。
一体、なにを言いたいのか。
星に混じって細く弧を描くような光の輪が見えた気がして、目を凝らした。
「月……?」
シタラがその言葉にうなずくと、ふわりとその体が宙に浮いた。
頭上から、今度は下を指差している。
指を追って視線を移した。
(――血の海!)
足もと一帯に広がって、膝の辺りまで真っ赤な血の海に沈んでいる。
驚きで心臓が弾けたように大きく鳴った。
思わず後ずさりをすると、血に見えたのは真っ赤な蓮華の花で、一面に隙間がないほど咲き誇っている。
「なんなんだよ? なにが言いたいんだよ!」
見あげてそう問いかけると、シタラはつらそうな表情でうつむいた。
その頬を伝って涙がこぼれ落ち、鴇汰の頬にパタリと当たった。
(泣いている……?)
そう思った瞬間、グラリと体が揺れて膝の力が抜け、地の底に落ちていくような感覚がした。
「…………!」
目を開けた瞬間、声が出ずに息を飲んだ。
「鴇汰」
まず目に飛び込んできたのは麻乃の顔で、その髪は濡れ、水滴が落ちて顔に当たる。
「鴇汰、起きて」
麻乃に肩を揺すられ、ハッと飛び起きた。
(寝て……たのか? 今のは夢……?)
まだ心臓が大きく脈打っている。
冷静に考えてみれば、こんなところにシタラがいるわけがない。
涙だと思ったのは、麻乃の髪から落ちるしずくだったのか……。
鴇汰は一度、深く深呼吸をした。
「どうしたんだよ? なんだよ、その髪?」
「それより早く起きてよ。荷物をまとめて。今すぐ」
麻乃の真剣な表情に、不安がよぎる。
「なにかあったのか?」
「人の気配が近づいてる。対岸のほうからくるよ。まだ遠いけど、相手がなにで移動してるかわからない。夜明け前で外は暗いけど、早くここを発とう」
急いで寝袋から出ると、荷物を全部車に移すように麻乃に頼み、鴇汰はテントを畳んだ。
もともと最低限の荷物しか出していなかったから出発する準備はすぐに整った。
空には手が届きそうなほどたくさんの星が瞬き、嫌でもさっきの夢を思い出す。
「対岸か……俺はまだ、なにも感じないけど、川幅があるから簡単に渡れないとはいえ、見つかったら面倒だな」
「うん、距離はだいぶあるから、こっちが車を出しても気づかれないと思う。今のうちにできるだけ離れたほうがいい」
ライトをつけずにゆっくりと車を走らせた。
土手の高さが続いているせいで、川沿いから離れずに済んだのはありがたい。
せめて月が出ていれば、多少は明るかったのだろうけれど、先が見えないのが不安だ。
「それにしても、ホントに良く気づいたな」
「そりゃあね、そのつもりで気を張ってるし。それに、こんななにもない場所だもん。生き物の気配がすればすぐにわかるよ。まぁ、寝てたらこんなに早くはわからなかっただろうけどさ」
麻乃は首にかけたタオルで髪を拭いて、少し得意気に言う。
「ふうん……そんで? その髪はなによ? 雨が降ったわけでもねーよな?」
「うん。砂埃が凄かったじゃない? なんだか体中がむず痒くて、川で砂を流してきたんだ。そしたら対岸から人の気配が近づいてきて……」
「おまえなぁ……夜中に一人でウロウロすんなよ。そういうときはな、ひと声かけろって」
確かに周辺はなにもない。
とはいえ、なにがあるかもわからないこんな国で、危機感のない麻乃の行動に呆れた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる