蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
231 / 780
待ち受けるもの

第9話 若き軍師 ~マドル 9~

しおりを挟む
(見つけた……あれに違いない)

 フワリと風になびく赤茶色の髪をしたその姿は、戦場を駆け巡り、しなやかな動きで雑兵を薙ぎ倒している。
 ジェとは違い、最前線まで出て、他の戦士をも庇う余裕を見せるほどの闘いぶりだ。

 他の泉翔人に比べ、ずいぶんと体は小さいが、その存在は圧倒的に大きく感じる。
 あれこそが、マドルが思い描いていた鬼神の姿だ。

 スコープの倍率を上げ、その姿にもっと近づいた。
 髪も瞳も紅とは言えない。
 まだ覚醒していないと、リュは言っていた。そのせいだろうか?

 意識を集中して近い場所にいる兵をいくつか動かし、繋ぎをつけようと試みても近づくこともできずに倒されてしまい、強いジレンマを感じた。

 女の表情が変わり、戸惑い気味にロマジェリカ兵を相手にしている。
 倒れないことに疑問を感じ始めたようだ。
 周辺の戦士になにか指示を出しているのが見て取れる。

 スコープを外し戦場に目を向けると、兵が少しずつ倒れ伏し、減り始めている。
 もう一度、スコープを通して見ると、泉翔の戦士は足を狙って戦っていた。

(なるほど……そうくるか。さすがに足をやられては起き上がることは難しい。こちらから術を向けても動かすことができなくなってしまった)

 面白い。

 そう思いながらも早くも思惑が一つ崩されたことに怒りを覚える。
 見つめた視線に、つい殺気がこもった。

 それに気づいたのか女の姿が立ち止り、周囲を見回すように首を動かすと、こちらを向いて動きを止めた。

 レンズ越しに視線が合う。

 その瞳は、やや紅味を帯びて、しっかりとマドルを見つめている。
 こちらの姿など見えようがないはずなのに――。

 一瞬、背筋に寒気を覚えた。
 まだ早いとは思いながらも、その嫌な感覚を拭い去るように、弓隊に指示を出して火のついた矢を射かけさせた。

 砂浜は油を含んだ防具を介して、あっという間に炎で埋め尽くされ、兵たちが蜘蛛の子を散らすように忙しなく動いている。
 立ちのぼる炎と煙が壁のようになり、兵を二手にわけた。

 さらに弓隊に、第二陣の指示を出す。
 即効性のある毒を塗った矢を、狙いを定めることもせずに次々と射かけさせた。
 急所に当たらなくても、これなら簡単にその命を奪える。

 これで兵数はさらに少なくなる。
 あとはどうにかこちらの兵を鬼神に近づけ、繋ぎをつけたい。

 混乱した戦場を隈なく探し、マドルは女の姿をとらえた。
 その一番近くにいた兵に意識を向け、すぐ横まで動かした。

 が――。

 煙が立ち込めていて気づかなかった。
 いつの間にか泉翔の援軍が出てきて、鬼神につかみかかろうとした兵が倒されたうえに、堤防近くまでさがられてしまった。

 思わず舌打ちをした。

 このままでは何も得られないままになってしまう。
 炎もだいぶ弱くなっている。
 雑兵はやがて燃え尽きてしまい、そろそろ潮も引き始めるだろう。

 こうなったら、万一のために連れてきている残りの兵も出陣させ、マドル自身が鬼神に近づくしかない。
 側近たちに指示を出し、残りの兵に準備をさせようとした瞬間、入り江の奥の崖から爆発音が轟いた。

「この音は一体――!」

 戦艦が大きく揺れる。

「マドルさま! 泉翔が砲撃を始めました! このままここにいては危険です!」

「間もなく引き潮が始まるでしょう。座礁したら狙い撃ちをされてしまいます!」

(なんということだ……)

 忌々しさに怒りがあふれてくる。
 もう撤退するしかない。
 何隻かは被弾してしまった。

 側近にすべての戦艦を退かせるように指示を出すと、デッキの一番はしに立ち、マドルは砂浜を睨んだ。
 堤防に立ち並ぶ泉翔の戦士たちの中にいる女に目を向けた。

(すぐ目の前にいるのに――)

 不意に、女は砂浜におり立ち、燻っている死体の山に近づいた。
 すぐに意識を飛ばすと折り重なっている兵の一体が、辛うじてマドルの意識を受け止めた。

 横になった視界の中に、女の腕が入り込んでくる。
 真っ黒になった手を伸ばし、その腕をガッチリつかむと、驚いてこちらに向いた瞳をとらえた。

 おまえが鬼神か――。

「おまえが……」

 燃え尽きかけた体からは、その言葉を絞り出すだけで精いっぱいだった。
 怯えを見せた無防備な瞳。
 つかんだ腕に力を移すと、女は崩れるように倒れた。

(――ついにとらえた。印をしっかりとつけた)

 意識を自身の体に戻し、もう一度遠ざかっていく砂浜に目を向けると、マドルは小さく含み笑いを漏らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...