蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
216 / 780
島国の戦士

第216話 暗黙 ~塚本 2~

しおりを挟む
 花丘に着くと、まずは一番大きな店に入った。
 この店の主人が、松恵と昔馴染みかどうかはともかくとして、この店には個室がある。
 ゆっくり話すにはちょうどいい。

 店に入ると案の定、松恵とおクマが待っているといって、二階の個室へ通された。
 中では二人が酒を酌みかわしていた。

「さぁ、あんたたち、なにか知ってるんでしょ? なんだってこんな呼び出しがあったのか、とっととお話し」

 苛立った様子で煙草を吹かしながらおクマが言う。
 麻乃のこととなるとおクマの反応は尋常じゃなくなる。
 麻乃の両親と親しかったから親のような気持ちでいるのだろう。

「さっきも言いましたけど、俺たちもちゃんと理由を聞いていないんですよ」

「何しろ先生が明晩の洗礼の件で、尾形さん、加賀野さんと一緒に出かけてしまってますし……」

 ここへ来る前に市原と二人で詰め寄られたときの対応は決めてきた。
 けれど、それで二人が引きさがってくれるかどうかは、また別の話しだ。

「あんたたち……適当なことを言ってごまかそうってんじゃねぇだろうな?」

 おクマは、まるで地の底から響いてくるような低い声を発し、口調をも男のそれに変えた。
 相当怒っているのが塚本にもわかる。

「軍部であんな立ち回りを見せられて、お二人を相手にごまかそうだなんて考えるわけがないじゃないですか」

「俺たちも、もう戦士じゃない以上は詳細までは知りようがないんですよ。高田先生にしても、どこまで知らされているかわかりませんよ?」

 おクマは力強く煙草を揉み消すと、そのままもう一本に火をつけた。
 松恵は黙ったままで、ジッとこちらを見すえている。

 嘘はついていない。
 隠しているわけでもごまかしているわけでもない。

 小坂たちなら、もっと細かなことまで聞かされたかもしれないが、塚本も市原も高田から聞いたことだけしかわからない。
 それにまだハッキリとわかっていることではないから、二人に話すわけにもいかない。

 だから、ただ話さないだけだ。
 テーブルを挟んで沈黙が流れた。

(ここ最近……こんなことばかりだな……)

 おクマの手もとから紫煙が揺れるのを、なんとなくぼんやりと見つめていた。
 そろそろ夕飯どきで、店の中が少しずつ賑わいをみせ、部屋の外を仲居が忙しなく動いている。

「まぁ……いいわ。あたしらは一般人だしねぇ。話せないことも聞かせるわけにはいかないこともあるってのはわかってるからね」

 徳利をかたむけて、おクマが追加の酒を頼んだ。

「けどね、ほかのことと、麻乃のことは別。あんたたちがなにを隠そうとしてるのか知らないけれど、高田が戻ったら伝えといてちょうだい」

「そうョ、アタシらまで関わった以上は、最低限のことは話せ、ってね。昔からそういう約束なんだからサ」

「はぁ……そりゃあ、お二人がそこまでいうんですから、伝えますけど……あまり期待はしないでくださいよ?」

 塚本はそう答えた。
 松恵が諦めた様子で、もう帰っていいわよ、と片手をヒラヒラと振る。

「まだ帰らないんですか? 送っていきますよ?」

「アタシらはもう少し飲んで、明日、帰るからいいわョ」

 正直帰りの道中も一緒だと、痺れを切らしたおクマに、また詰め寄られることになるんじゃないかと思って不安だった。
 ホッとして立ちあがろうと、膝に手をかけた瞬間、塚本の左肩甲骨の辺りが、また、ビリッと痛んだ。

「っつ……」

 今度は前より痛みが強く、思わず右手で揉み解すと市原も脇腹を抱えている。
 見れば、松恵は右の二の腕を、おクマは首筋をさすっていた。

 嫌な予感がする。
 心当たりもある。
 変な焦りを感じて市原のシャツをまくりあげると、脇腹を確認した。

(何もない……か)
  
「いきなりなにすんだ!」
  
 驚いた市原があわててシャツを下ろして整え、少しムッとした顔を見せた。
 訝し気にこちらを見ているおクマの首筋にも視線を走らせたけれど、なにもない。

(そうだよな、いまさら……俺たちだけならまだしも、おクマさんや松恵姐さんまで……あるわけがない)

「塚本! 行くぞ、早く来い!」

 二人に頭をさげて先に部屋を出た市原が、階段から呼ぶ声が聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...