蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
199 / 780
島国の戦士

第199話 秘め事 ~麻乃 6~

しおりを挟む
 西詰所を出る直前、麻乃は小坂に急遽、トラックを出させた。

「なんでよ? 俺も岱胡も車を出すんだから、そっちに乗っていきゃいいじゃねーの」

「そうッスよ。帰りは帰りで、俺はいったん西に戻るんスから。乗せていきますよ?」

 二人はそう言ったけれど、昨日の腕の痛みのせいで、モヤモヤと広がった不安を気取られたくない。

「うん、でも道場のほうから買い出しも頼まれてるから」

 出まかせを言ってしまってから、小坂と口裏を合わせていないことを思い出して冷や汗が出た。

「すみません。うちの隊長はとぼけた人だから頼まれごともすぐに忘れて、みなさんにも迷惑をかけてばかりで。うちのデカイ車が前を走ると危ないので、お二人のあとをついて行きます、よろしくお願いします」

 小坂のほうはなにか感じ取ってくれたようで、鴇汰と岱胡に詫びている。
 鴇汰も岱胡も、なにか言いたげではありながらも、それ以上はなにも言わなかった。

 中央までの道のりを麻乃が寝たふりで過ごしても、無理を言った理由も言わなくても、小坂も何も聞かずにいてくれた。

「それじゃあ、今日はそんなに時間がかからないと思うから、買い物を済ませたらここで待っててよ」

 助手席から飛びおりると、小坂に適当な食材を買ってくるよう頼む。
 隣の車からおりた鴇汰と岱胡に向かって頭を下げて、小坂は花丘へ向かって車を出した。

「ちょっと着くの遅かったみてーだな」

「早く行きましょうよ、俺、また巧さんに、頭を引っぱたかれるのはごめんですからね」

 岱胡にうながされて、急ぎ足で会議室へ向かう。
 ちょうど、上層が入っていくところとかち合い、間に合ったことにホッとして席に着いた。

 シタラの姿は、今日は見えない。

 会議では、蓮華不在のあいだの各詰所へ詰める部隊の振り分けと、各部隊への細かな指示や連絡事項が伝えられるだけだ。

 これまで、大陸に渡っているあいだに襲撃を受けたことが、何度かあった。
 不在ではあっても、常に防衛は果たされている。
 誰も堤防を越えられるかもしれないなどとは、微塵にも思っていない。

 怖いのは、自分たちがいないあいだの襲撃で、命を落とすものや、大きな怪我を負ってしまうものが出てしまうことだけだ。
 なにも知らないまま、なにもしてやれないまま、戻ったときに誰かが欠けている。それだけは避けてほしいと心から思う。

「今回も例年通り、西浜からロマジェリカ、北浜からジャセンベル、南浜からヘイトと庸儀へ向かってもらう。船については昨年よりずいぶんと改良されたと聞いている。各国へは一日から三日で着けるだろうということだ」

「さすがに大陸の戦艦のようなスピードではないが、これまでに比べればだいぶ楽になろう。停泊予定の島も例年通りとはいえ、今回は慣れないものが多い。間違えのないように、良く位置を頭に入れておくように」

「停泊予定は一週間、不測の事態が起こった際には、速やかになんらかの手段で船に連絡を入れること」

 隣に座っていた鴇汰が麻乃に身を寄せ、肘を突いてボソリとつぶやいた。

「速やかに連絡ってったって、俺も麻乃も術、使えねーよな? なにもないだろうけど、連絡手段も考えないとヤバイか?」

「ん……要はなにもなけりゃいいんだよ。大丈夫、体さえ無事なら、あたしがなんとしても活路は開く。多少手荒になったとしても、ね」

 麻乃は資料に目を通す振りをして、肘かけに寄りかかりながら答えると、鴇汰がフッと鼻で笑ったのが聞こえた。

 連絡方法……。

 つと修治に視線を向けた。
 珍しくぼんやりした様子で、窓の外に目を向けている。
 岱胡が修治も式神を出すと言っていた。

(なにかあったときは、それを使うんだろうか……)

 ここ最近は、大陸からの襲撃もない。
 特になにか問題があったわけでもない。
 地区別演習で西区が優勝したというのは、道場のほうから連絡が行っているだろう。
 こうやって顔を見ると話すことがなにもない、ということに違和感を覚える。

(前はどんなふうに会話していたんだっけ)

 そんなことも思い出せない。
 多香子のことも、左腕のことも、大陸に渡る不安も言えないことばかりが増えていくようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

処理中です...