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島国の戦士
第188話 感受 ~鴇汰 5~
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もし、そんな相手がいるのなら、麻乃がいくら鴇汰とのことを考えてくれたところで、なんの期待もできないじゃないか。
残った皿を片づけると、麻乃を押しやって洗い物の続きをした。
肩を押した瞬間、怒っているわけではないのがわかった。
誰かほかのやつのことを考えているわけでもないようだ。
それならなんであんなにむきになっていたのかを思い返してみる。
様子がおかしくなったのは、麻乃の姉を褒めたあたりからだった。
(もしかして嫉妬してるとか……?)
一瞬、頭をよぎったけれど、麻乃にかぎってそんなわけがない、と自嘲気味に小さく笑った。
蓮華になんかなりたくなかったと、ただ人を傷つけるだけだと、そう言った麻乃にはなにか思うところがあるようだ。
けれどそれは絶対に開かない扉の向こう側にあって、こちら側からこじ開けようとしても決して開かないだろう。
それがなんなのか気になったけれど、麻乃が自分で開かないかぎり、絶対に触れてはいけないような気がした。
そこに触れた瞬間から遠ざかっていくんじゃないだろうか。
チラリと振り返ると、麻乃は机に頬づえをついて外を見ている。
(ひょっとすると、こいつが覚醒しない原因がそこにあるのかもしれない)
とすれば、そこに触れなければいい。
してはいけないことが一つでもはっきりとわかってるのはありがたい。
もう何年も一緒にいるのに、いまさら気づき、わかることがこんなにあるなんて……。
コーヒーを二つ、一つを濃いめに淹れると机に置いた。
「なぁ、豊穣のルートだけど」
冷蔵庫からチョコレートケーキを出して麻乃に渡し、話題を変えることにした。
「岱胡の話しだと、川の左側のほうが低いから城から見えにくいっていうんだよな。そんで、今回はそっちを使ったらいいんじゃないかと思うんだけど、どうよ?」
「そうだね……見つかりにくいなら、そっちでいいよ。少しでも不安は減らしたいからね」
「だよな。それに右側は崖の高さもかなりあるって言うしよ、いざなにかあって川に飛び込まなきゃならないってときに、ためらっちまうもんな。穂高なんか、岱胡に突き落とされたらしいぜ」
それを聞いて麻乃はやっと笑い、ケーキに手を伸ばした。
「あたし、高いところは全然平気だけど、川に飛び込むとなると変な落ちかたをしたら痛そうだよね? 痛いのは嫌だから、左がいいよ」
「じゃあ、左側で決まりな。あとは向こうに渡ってみて、おかしな雰囲気があったらその都度対応していこうぜ。俺、足手まといかもしれねーけど、そうならないように気をつけるから」
麻乃は急に厳しい目を鴇汰に向けると食べる手を止めて姿勢を正した。
「ちょっと、そこに座りな」
そう言って向かい側の椅子を指差す。
部屋中の雰囲気が変わった気がする。
変な威圧感に、鴇汰は言われたとおり椅子に腰かけた。
(この雰囲気、道場のあの師範と同じだ)
麻乃は真剣な眼差しで鴇汰を見ている。
そして、ゆっくりと言った。
「あたしと鴇汰は、これまで持ち回りでもめったに一緒になったことはないけど、足手まといだなんて一度だって思ったことはない。腕前だって大したものだと思っている。前に出るなら安心してあとを追えるし、後ろを任せることも十分にできる。それで足りない部分はあたしが全部サポートする。自分の力量を過信するのは危険だけれど、そう卑下するものじゃない。自信をなくした男は、あたしは嫌いだ」
普段はぼんやりしている癖に、こんなときには麻乃は厳しい。
たとえ一年でも経験が長いだけのことはあって、しっかりしても見える。
不安定な中にみえる、揺るぎない強さと崩れそうな弱さに、いつも強く惹かれ焚きつけられる。
敵わない相手が、自分を認めてくれているということも嬉しくもあった。
「わかった。もう二度と、そういうことは言わない」
そう答えると、フッと麻乃の表情が緩み、威圧感もすっかり消え去った。
こうなると、ここから先はいつもの麻乃だ。
少し前まで泣いたり興奮したりしていたことが嘘のように、今は暖かい空気が満ちている。
時計が九時を回っていた。
「麻乃、明日は早いとか言ってなかったか?」
「うん。明日は地区別からみんな戻ってくるから」
「あぁ、そうか……もう九時過ぎてるけど、どうすんのよ?」
「うん……もう寝ないと……あたし部屋に戻るよ」
わずかに不安げな表情で、そう言った。
残った皿を片づけると、麻乃を押しやって洗い物の続きをした。
肩を押した瞬間、怒っているわけではないのがわかった。
誰かほかのやつのことを考えているわけでもないようだ。
それならなんであんなにむきになっていたのかを思い返してみる。
様子がおかしくなったのは、麻乃の姉を褒めたあたりからだった。
(もしかして嫉妬してるとか……?)
一瞬、頭をよぎったけれど、麻乃にかぎってそんなわけがない、と自嘲気味に小さく笑った。
蓮華になんかなりたくなかったと、ただ人を傷つけるだけだと、そう言った麻乃にはなにか思うところがあるようだ。
けれどそれは絶対に開かない扉の向こう側にあって、こちら側からこじ開けようとしても決して開かないだろう。
それがなんなのか気になったけれど、麻乃が自分で開かないかぎり、絶対に触れてはいけないような気がした。
そこに触れた瞬間から遠ざかっていくんじゃないだろうか。
チラリと振り返ると、麻乃は机に頬づえをついて外を見ている。
(ひょっとすると、こいつが覚醒しない原因がそこにあるのかもしれない)
とすれば、そこに触れなければいい。
してはいけないことが一つでもはっきりとわかってるのはありがたい。
もう何年も一緒にいるのに、いまさら気づき、わかることがこんなにあるなんて……。
コーヒーを二つ、一つを濃いめに淹れると机に置いた。
「なぁ、豊穣のルートだけど」
冷蔵庫からチョコレートケーキを出して麻乃に渡し、話題を変えることにした。
「岱胡の話しだと、川の左側のほうが低いから城から見えにくいっていうんだよな。そんで、今回はそっちを使ったらいいんじゃないかと思うんだけど、どうよ?」
「そうだね……見つかりにくいなら、そっちでいいよ。少しでも不安は減らしたいからね」
「だよな。それに右側は崖の高さもかなりあるって言うしよ、いざなにかあって川に飛び込まなきゃならないってときに、ためらっちまうもんな。穂高なんか、岱胡に突き落とされたらしいぜ」
それを聞いて麻乃はやっと笑い、ケーキに手を伸ばした。
「あたし、高いところは全然平気だけど、川に飛び込むとなると変な落ちかたをしたら痛そうだよね? 痛いのは嫌だから、左がいいよ」
「じゃあ、左側で決まりな。あとは向こうに渡ってみて、おかしな雰囲気があったらその都度対応していこうぜ。俺、足手まといかもしれねーけど、そうならないように気をつけるから」
麻乃は急に厳しい目を鴇汰に向けると食べる手を止めて姿勢を正した。
「ちょっと、そこに座りな」
そう言って向かい側の椅子を指差す。
部屋中の雰囲気が変わった気がする。
変な威圧感に、鴇汰は言われたとおり椅子に腰かけた。
(この雰囲気、道場のあの師範と同じだ)
麻乃は真剣な眼差しで鴇汰を見ている。
そして、ゆっくりと言った。
「あたしと鴇汰は、これまで持ち回りでもめったに一緒になったことはないけど、足手まといだなんて一度だって思ったことはない。腕前だって大したものだと思っている。前に出るなら安心してあとを追えるし、後ろを任せることも十分にできる。それで足りない部分はあたしが全部サポートする。自分の力量を過信するのは危険だけれど、そう卑下するものじゃない。自信をなくした男は、あたしは嫌いだ」
普段はぼんやりしている癖に、こんなときには麻乃は厳しい。
たとえ一年でも経験が長いだけのことはあって、しっかりしても見える。
不安定な中にみえる、揺るぎない強さと崩れそうな弱さに、いつも強く惹かれ焚きつけられる。
敵わない相手が、自分を認めてくれているということも嬉しくもあった。
「わかった。もう二度と、そういうことは言わない」
そう答えると、フッと麻乃の表情が緩み、威圧感もすっかり消え去った。
こうなると、ここから先はいつもの麻乃だ。
少し前まで泣いたり興奮したりしていたことが嘘のように、今は暖かい空気が満ちている。
時計が九時を回っていた。
「麻乃、明日は早いとか言ってなかったか?」
「うん。明日は地区別からみんな戻ってくるから」
「あぁ、そうか……もう九時過ぎてるけど、どうすんのよ?」
「うん……もう寝ないと……あたし部屋に戻るよ」
わずかに不安げな表情で、そう言った。
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