蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
185 / 780
島国の戦士

第185話 感受 ~鴇汰 2~

しおりを挟む
 触れた瞬間、バチッと静電気が流れたように、鴇汰の指先に痛みが走った。
 麻乃も驚いたのか、こちらを振り返った。
 階段の上下が逆だったら、きっと気づかなかっただろう。

(――泣いてる)

 こぼれ落ちた涙から、視線が外せない。
 口をきかないんじゃなくてきけなかったのか。

(今、そんなにひどいことを言ったか?)

 六年以上前には揚げ足を取って言いがかりをつけたり、もっとひどいことを散々言って責めたりもした。
 言い返されたり無視されたり、喧嘩にはなったけれど、そのときでさえ、一度だって泣きはしなかったのに……。

 目が合った途端、麻乃は顔を背けて、また急ぎ足で階段をのぼり始めた。

「ちょっと待てよ!」

 今、離れたら、二度と近づけなくなりそうな気がして、鴇汰は麻乃の腕を引き寄せると、バランスを崩して倒れ込んできた麻乃の体を抱きとめた。
 足もとに地図の束が転がり落ちる。
 あわてて拾いに行こうとした麻乃の腰に手を回し、有無を言わさず肩に担ぎあげた。

「なにすんのさ!」

 驚いて叫び、暴れ出した麻乃を抱えたまま、落ちた地図を拾うと毛布でくるんで脇に抱えた。

 麻乃が戻ってきてから、大声をあげたり地図を落とした音が何度も響いたせいで、談話室や食堂から岱胡の隊員が何人か顔を出し、なにごとだと言わんばかりに階段を見上げている。

「なんでもねーよ、気にすんな。岱胡が戻ってきたら、四階の俺が使ってる部屋にいるって伝えてくれよ」

 苦笑いでそう言うと、鴇汰は階段を上がり、部屋へ向かった。
 背中をバンバンとたたいて吠える麻乃の声が階段中に響く。
 足をバタつかせるのには閉口したけれど小さいから大した被害はなく、悪態をつかれても全部無視した。

 泣いてることに気づいたときはショックだったし、どうしようかと思ったけれど、これだけ騒げれば上等だ。

「なんでもなくないでしょ! この……馬鹿っ! もうおろしてよっ!」

「ギャンギャンうるせーよ。ったく、どこまでも面倒な女だな。大人しくしてねーと落ちるぞ」

「だからっ! 面倒だと思うなら……気に入らないならあたしに構わないでよ!」

「またそこから蒸し返すのかよ……」

 自分のせいでこうなっただけに、鴇汰はなにも言い返せずにため息をついた。

「ごめん。俺、最近あんまり考えずに感情そのまま言葉にしちまって、さっきも、連絡を入れてほしかったのはホントだけど、あんないいかたをするつもりじゃなかったんだよな」

 麻乃の動きがピタリと止まった。
 そのことにホッとして、鴇汰はそのまま階段をのぼる。

「なんつーかさ、せっかくこっちにいるんだし、どうせなら一緒に飯を食いたいって思ってたのよ」

「…………」

「夕飯をどうするのか聞かなかったのは俺のほうなのに、待ってるあいだにイライラしちまって、八つ当たりしてさ……俺のほうこそ、いつもおまえに嫌な思いをさせてるよな。ホントにごめん」

 深く、ゆっくりとした息づかいが聞こえるだけで、麻乃はなにも言わない。
 そういえば……麻乃は時々、突然黙る。

 言いたい言葉を手繰っているんだと気づいたのは、もう何年も前のことで急かすとますます黙るうえにわずらわしそうにするから、いつもなにか言い出すまで待っていた。

 黙ってる時間が長いほど、それだけ近くにいられると思えばなんの苦でもない。

 結局、なにも答えないままに終わってしまっても、麻乃なりに考えていて、日がたってから不意にその答えを言い出すことがあったから、それはそれで構わないと、鴇汰は思っていた。

(それがなんだ?)

 このところは黙られると苛つくし、少しでも答えがずれると腹が立つ。
 こんなふうに揉めてからやっと、ただ感情に振り回され、そのせいで昔みたいに何度も麻乃を傷つけていることに気づくなんて。

「もう……おろしてくれないかな」

 四階に近づいたところで、麻乃は消え入りそうな声を出した。

「やだね。うっかりおろして殴られても嫌だからな」

「そんなことするわけないでしょ!」

 おりようとして麻乃がもがく。
 鴇汰は落とさないように抱える手にグッと力を入れた。

「そんならおろした途端、自分の部屋に逃げる気だろ?」

 ピタッと動きが止まり、また黙る。

(図星か。わかりやすいやつだ)

 なんとなく、麻乃が次に考えていることがわかる。
 おろしたら逃げ出して、部屋に立てこもったあと、寝る前に空きっ腹を静めるために、会議室に残ってる食い物を取りに出るに違いない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...