161 / 780
島国の戦士
第161話 北から西へ ~鴇汰 3~
しおりを挟む
コツコツとノックが聞こえ、開いたドアから梁瀬が顔を出した。
「なんだ、梁瀬さんか。どうしたんだよ?」
「うん、今そこで、鴇汰さんが来てるって聞いてね」
中に入ってドアを閉めた梁瀬は、机の上に視線を落とした。
「地理情報、取りに来たんだ?」
「あぁ、もう時間もないし、俺、あの国のことはほとんど覚えちゃいねーから」
「そういえば僕もあの国を離れて長いから、覚えていないな……今はどうなっているんだろうねぇ」
机のそばまでくると、地図をのぞき込みながらぽつりとつぶやく。
「梁瀬さん、もう収集は済んだのかよ? 確かヘイトだろ? 修治のところに行ってきたのか?」
「そうそう、今回、修治さんとトクさんは南で一緒だから、そっちで地理情報のやり取りするって言っていたんだけど、僕は麻乃さんのところに今夜にでも行ってみようと思ってね」
「今夜?」
「うん、一人からより、二人から聞いたほうがより詳細が取れるでしょ? だからね」
「俺、ここで穂高に情報をもらったら、そのまま西区に行くけど、一緒に行く?」
梁瀬は地図から目を外すと、鴇汰を見てクスリと笑った。
「ここへ来ているって聞いて、もしかしてそうじゃないかなって思って顔を出したんだ。乗せていってよ」
「そんなら、準備だけ済ませといてくれよ。昼飯食ったら出かけるつもりだからさ」
「ありがとう。助かるよ」
そう言って会議室を出ていった梁瀬の背中を見送ってから、あらためて穂高に詳細を聞き、メモを取った。
もう細かなことや場所は覚えていないけれど、城にほど近い街に住んでいた昔、まだ周辺は緑が多かった気がする。
穂高の話しを聞いていると、そのイメージからはずいぶんとかけ離れているようだ。
最も泉翔に来てからもう十九年もたっている。
そのあいだにはさまざまなことがあっただろうし、土地がさらに枯れていったとしても、なんの不思議もない。
「まぁ、こんなところかな? 西詰所には今、岱胡もいるんだろう? 岱胡からも話しを聞いてみるといい」
「そうだな。ジャセンベルの情報を伝えたあとにでも、一緒にさらってみるよ」
「あいつは視点が俺たちとはちょっと違って、なにか違う話しも聞けるかもしれない。なにしろ川の水量に気づいて飛び込もうって言い出したのも岱胡だしね」
穂高は赤ペンに蓋をして鴇汰に差し出してくると、広げた地図を丁寧に丸めた。
「俺は岱胡と持ち回りで一緒になることが多いけど、あいつ、つかみどころのないヤツだよな」
「あまりおもて立って感情も出さないしね。でも援護をしてくれるときは凄く頼りになる」
「腕がいいからな」
荷物をまとめると、半分を穂高に持ってもらい、車に積み込んだ。
「そういやさ、ロマジェリカと庸儀、ヘイトは同盟を組んだんだよな」
「あぁ、そうだね……」
「やっぱり様子が変わってんのかな。例えばそれぞれの軍が頻繁に行き来しているとか……」
穂高は腕を組むと、車のボンネットに寄りかかり、空を仰いでいる。
その横に立ち、同じように車に寄りかかった。
「行ってみないとわからないことが多いよ、今は特に……ね」
「だよな……けど……」
言い淀んだ言葉が喉の奥に詰まって、なかなか出てこようとしない。
穂高がチラリと視線を向けてきて、フッと息をはいた。
「心配なんだろう? 麻乃のことがさ」
「それもあるけど……もしもまた、このあいだのようなことになったらと思うと、それが怖いんだよ」
この国へ来てから叔父に料理を教わって、それがあんまり面白くて、料理人になりたいと思っていた。
国を守ろうとする人々の思いは常に感じていたけれど、鴇汰の手がそれを担えるとは思えなかった。
穂高をはじめ、東区の子どもたちがそれぞれに道場へ通うのを尻目に、叔父のレシピを自分のものにすることだけに勤しんでいた。
それが穂高と親しくなって連れられていった地区別演習で、小さな体で、大きな大人を相手に刀を振るう麻乃の姿を見たとき、気持ちが突き動かされた。
(あんなふうになりたい。あの子は絶対に戦士になるんだろう。それならその隣に立ってみたい。同じ目線で同じ世界を見てみたい……)
そう思った。
叔父が大陸に戻った八歳のとき、なにも言わずに密かに道場へ通い詰めた。
稽古を重ね、腕があがっていくのと同時に、この国を守りたいと思う気持ちも強まっていき、鴇汰自身の目指すものへと変わっていった。
そして十六歳の洗礼で、鴇汰は蓮華の印を受けた。
「なんだ、梁瀬さんか。どうしたんだよ?」
「うん、今そこで、鴇汰さんが来てるって聞いてね」
中に入ってドアを閉めた梁瀬は、机の上に視線を落とした。
「地理情報、取りに来たんだ?」
「あぁ、もう時間もないし、俺、あの国のことはほとんど覚えちゃいねーから」
「そういえば僕もあの国を離れて長いから、覚えていないな……今はどうなっているんだろうねぇ」
机のそばまでくると、地図をのぞき込みながらぽつりとつぶやく。
「梁瀬さん、もう収集は済んだのかよ? 確かヘイトだろ? 修治のところに行ってきたのか?」
「そうそう、今回、修治さんとトクさんは南で一緒だから、そっちで地理情報のやり取りするって言っていたんだけど、僕は麻乃さんのところに今夜にでも行ってみようと思ってね」
「今夜?」
「うん、一人からより、二人から聞いたほうがより詳細が取れるでしょ? だからね」
「俺、ここで穂高に情報をもらったら、そのまま西区に行くけど、一緒に行く?」
梁瀬は地図から目を外すと、鴇汰を見てクスリと笑った。
「ここへ来ているって聞いて、もしかしてそうじゃないかなって思って顔を出したんだ。乗せていってよ」
「そんなら、準備だけ済ませといてくれよ。昼飯食ったら出かけるつもりだからさ」
「ありがとう。助かるよ」
そう言って会議室を出ていった梁瀬の背中を見送ってから、あらためて穂高に詳細を聞き、メモを取った。
もう細かなことや場所は覚えていないけれど、城にほど近い街に住んでいた昔、まだ周辺は緑が多かった気がする。
穂高の話しを聞いていると、そのイメージからはずいぶんとかけ離れているようだ。
最も泉翔に来てからもう十九年もたっている。
そのあいだにはさまざまなことがあっただろうし、土地がさらに枯れていったとしても、なんの不思議もない。
「まぁ、こんなところかな? 西詰所には今、岱胡もいるんだろう? 岱胡からも話しを聞いてみるといい」
「そうだな。ジャセンベルの情報を伝えたあとにでも、一緒にさらってみるよ」
「あいつは視点が俺たちとはちょっと違って、なにか違う話しも聞けるかもしれない。なにしろ川の水量に気づいて飛び込もうって言い出したのも岱胡だしね」
穂高は赤ペンに蓋をして鴇汰に差し出してくると、広げた地図を丁寧に丸めた。
「俺は岱胡と持ち回りで一緒になることが多いけど、あいつ、つかみどころのないヤツだよな」
「あまりおもて立って感情も出さないしね。でも援護をしてくれるときは凄く頼りになる」
「腕がいいからな」
荷物をまとめると、半分を穂高に持ってもらい、車に積み込んだ。
「そういやさ、ロマジェリカと庸儀、ヘイトは同盟を組んだんだよな」
「あぁ、そうだね……」
「やっぱり様子が変わってんのかな。例えばそれぞれの軍が頻繁に行き来しているとか……」
穂高は腕を組むと、車のボンネットに寄りかかり、空を仰いでいる。
その横に立ち、同じように車に寄りかかった。
「行ってみないとわからないことが多いよ、今は特に……ね」
「だよな……けど……」
言い淀んだ言葉が喉の奥に詰まって、なかなか出てこようとしない。
穂高がチラリと視線を向けてきて、フッと息をはいた。
「心配なんだろう? 麻乃のことがさ」
「それもあるけど……もしもまた、このあいだのようなことになったらと思うと、それが怖いんだよ」
この国へ来てから叔父に料理を教わって、それがあんまり面白くて、料理人になりたいと思っていた。
国を守ろうとする人々の思いは常に感じていたけれど、鴇汰の手がそれを担えるとは思えなかった。
穂高をはじめ、東区の子どもたちがそれぞれに道場へ通うのを尻目に、叔父のレシピを自分のものにすることだけに勤しんでいた。
それが穂高と親しくなって連れられていった地区別演習で、小さな体で、大きな大人を相手に刀を振るう麻乃の姿を見たとき、気持ちが突き動かされた。
(あんなふうになりたい。あの子は絶対に戦士になるんだろう。それならその隣に立ってみたい。同じ目線で同じ世界を見てみたい……)
そう思った。
叔父が大陸に戻った八歳のとき、なにも言わずに密かに道場へ通い詰めた。
稽古を重ね、腕があがっていくのと同時に、この国を守りたいと思う気持ちも強まっていき、鴇汰自身の目指すものへと変わっていった。
そして十六歳の洗礼で、鴇汰は蓮華の印を受けた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる