蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第153話 情報収集 ~麻乃 1~

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 遅く寝たにも関わらず、市原は早い時間に目を覚ましたようで、麻乃は無理やりにたたき起こされた。
 多香子ももう起きていて用意されていた朝食を温めている。
 まだ気分が良くないらしく、市原にうながされて部屋に戻っていった。

 寝ぼけた頭で食事を平らげたころ、詰所から隊員たちがやって来た。
 トラックから食材をおろすと、調理場へ運び込み、市原の指示で収納する。
 麻乃も手を貸して荷おろしをした。

 さすがに一部隊が全員揃うと、その上背のせいもあり、壮観だ。
 道場の敷地が妙に狭く感じる。
 眠気をこらえながら三日間の予定を指示すると、それぞれが割り振られた場所へ移っていった。

 徐々に集まりはじめた十三歳以下の子どもたちは、見慣れない大人の集団に戸惑いの表情をみせている。
 市原が説明をしてくれ、全員が戦士だとわかると途端に子どもたちは高揚し、にぎやかな中、早々に稽古が始まった。

「市原先生、それじゃあすいませんけど、ちょっと詰所に行ってきます。とりあえず、昼ごろには戻ってきますので」

「これだけ人手があるんだ、あわてずに用を済ませてくるといい」

「ありがとうございます。じゃあ小坂、杉山、あとを頼むよ」

 頭を下げ、馬屋から自分の馬をひいてくると、詰所へ向かった。
 まずは自分の部屋に行き、散らかった資料の中から大陸各国の地図を出す。

 使い込まれたヘイトの地図以外は、ジャセンベルに少し書き込みがある程度で、奇麗に残っていた。
 広げてめくりながら抜けたページで手を止めた。
 以前はここに、泉翔の地図が挟んであった。

 リュが諜報だったことを知ったあと、地図がなくなっていることに気づき、奪い返して燃やしてしまった。

 それからは持つことをやめた。
 持たずとも、泉翔の地理は頭にたたき込まれている。
 言いようのないモヤモヤとした思いが胸に広がり、地図を束ねると部屋を出た。

「おはよう、岱胡、いる?」

 談話室のドアを開けると、中にいた岱胡の部隊の隊員たちに声をかけた。

「おはようございます。隊長なら、まだ宿舎のほうにいます」

「そう。わかった。ありがとうね」

「……もしかして呼びに行きます?」

 出ていこうとした麻乃は、古株の福島ふくしまに呼び止められた。

「そりゃあ、用があるから来てるんだからね。呼んでこなきゃ話しにならないでしょ?」

「あ~……っと、それじゃあ俺が呼んできますから、ここで待っててください。おい、誰かコーヒー、濃い目で淹れてきて」

 全速力かと思う勢いで福島が出ていったのを見送りながら、仕方なくすすめられた椅子に腰をおろし、出されたコーヒーに口をつけた。

 岱胡の部隊とは、持ち回りでも滅多に一緒になることがないから、知った顔も少ない。
 古株の中に何人か、良く話す隊員がいる程度だ。
 変に緊張した雰囲気に麻乃はなんとなく落ち着かず、誰か一人くらい隊員を連れてくれば良かったと後悔した。

 数十分待ってようやくあらわれた岱胡は、いかにも寝起きと言わんばかりの格好で、ジーンズはベルトが通されただけで締めていなく、シャツのボタンはかけ違えてはだけている。
 おまけに首筋に薄赤い唇痕だ。

 なるほど、呼びに行くのを止められたわけだ。
 福島を見ると、苦笑いを浮かべている。

「どうしたんスか? こんな朝早く……」

「早かないでしょ、もう七時を回ってんだからさ。ったく、だらしない格好だね」

 かけ違えのボタンをちゃんと留めて直してやると、わざとベルトをギュッと締めつけてやった。

「地理情報をちょっと聞きたくてね。ここじゃなんだから、会議室のほうに行こうか」

 丸めた地図の束で、岱胡の頭をポカポカたたいて追いやりながら、談話室から会議室へ移った。

「そういえば、梁瀬さんも同じことを聞きたいって言ってましたよ。今夜か明日にでも、こっちに来たいって連絡があったんスよね」

「ん……そうか、梁瀬さんはヘイトだっけ」

「穂高さんとは、もう情報交換を済ませたから、って言ってましたけど」

「鴇汰も今夜か明日にこっちへ来るってさ」

「マジですか? 俺も修治さんだけに任せるわけにはいかないから、情報、ほしかったところなんスよ」

 丸めた地図を広げると、まずはロマジェリカを一番上に乗せた。

「何しろ馴染みがない国だからね、せめてルートくらいは頭ん中にしっかりたたき込まないと、きっとキツイよねぇ」

「だいたい、まず自分がどこに降り立つのか、そこからわからないッスからね」

「そう思うとさ、この組み合わせ……本当に大丈夫なのかな、って不安になるよ」

 額を突き合わせて地図を見ていた岱胡が、麻乃を見た。
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