蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
136 / 780
島国の戦士

第136話 下準備 ~高田 1~

しおりを挟む
 中央から戻った麻乃を、高田は朝早くに道場へ呼び出した。

「今夜から留守にするが、市原の手助けを頼んだぞ」

「はい」

「今日は準備で少々慌ただしくてな、時間があるなら今日も手を貸してやってくれ」
「わかりました……」

「深夜に出発するが、多香子も一人で心細いだろう、おまえ、ここへ泊まっていけ」

 麻乃は昨夜のうちに山で数頭の獣を狩り、中央で食材の調達は済ませてきたと言う。
 明日はそれらをここへ持ってくるだけだろう。
 泊まっていったところで、なんの問題もないだろうことはわかる。

 麻乃のほうも、深夜に人けのない道場に、多香子だけが残ることに不安を覚えたようで、素直にうなずいた。

「一度、詰所に戻って、隊員たちに明日のことなどを指示してきます」

「そうだな、それがいい。それから耕太と正次郎、雅人、琴子の四人が緊張しているようでな、気にかけてやってくれ」

「緊張? あの子たちでも緊張なんてするんですか?」

 麻乃が驚いた様子で高田に問いかけてくる。
 その姿に昔の修治と麻乃を思い出し、苦笑した。

「馬鹿者、誰でも少なからず緊張はする。洸でさえも落ち着きがないほどだ。演習前に嬉々としていたのは、おまえと修治くらいだ」

「なんだか意外です。あたしのことは軽んじてみて、舐めてかかってきたのに」

 高田は初めて麻乃が子どもたちと顔を合わせた日に、相当舐められていたという塚本の話しを思い出し、つい大声で笑った。
 麻乃はバツの悪そうな顔をしている。

「やつらにはこれが最後だからな。そのあとの洗礼を思うとことさらなのだろう」

「そうですね。じゃあ、とりあえず詰所へ行ってきます。すぐに戻りますので」

 立ちあがって道場を出ると、馬を走らせて詰所へ戻っていく麻乃を見送った。
 高田はすぐに、塚本と市原を部屋へ呼んだ。

「おまえたち、今日は少し面白いものが見られるかもしれないぞ。洸のやつが良く動けるように、体を温めておいてやってくれ」

「わかりました」

「洸のことは麻乃には内緒にしろ。それと二人とも、麻乃の様子を良く見ておいてくれ」

 麻乃が駆けていったほうへ目を向けたまま、このあとのことを考えると、年甲斐もなく面白さを感じて胸のうちが高揚した。

 塚本も市原も、まったく意味がわからずに首をひねりながらも言われたとおり洸に体を解しておくようにと、指示を出しに戻っていった。

 一度、机に向かって手紙をしたため、それを笠原の道場へあずけに出かけた。
 あいさつを交わし、宛先を知らせて頼むと、快く受けてくれた。
 そういえば、ここの子息も蓮華の一人であることを思い出す。

 実際に会ったことはないけれど、どうやらいい使い手で人柄も良く、既に両親以上の力を備えているという噂を聞いている。
 麻乃の周辺には、本当に良い人間が揃っているということを、いまさらながら思い知らされる。
 そろそろ麻乃も戻るころだろうと思い、礼をして笠原の道場をあとにした。

 高田は戻るとまず、洸の様子を見た。
 塚本に指導されながらも言われていることが耳に入っていないようで集中しきれていない。
 塚本も市原もほかの師範たちも、最近の洸には手を焼かされている。

 麻乃と演習をさせて以来、なにかこだわりを持ったらしいことはわかったけれど、どうも方向性を間違えているようだ。
 蓮華の中村から今日の申し出があったときに、これはちょうどいい機会かもしれないと思い、高田は洸の訓練もそこへ組み入れてみることにした。
 道場の片隅で見守っている塚本に声をかけた。

「洸はどうだ?」

「ええ、相変わらずこっちのいうことを聞いたふりです。まったく……なにを考えているのやら……」

「そうか……あれも思慮がまだまだ浅い。が、それも今日までのことになる」

 断言した高田に、塚本は不思議そうな顔をして問いかけてきた。

「一応、今のところは基礎をさせて体をほぐしてありますが、今日は一体なにを……?」

「まぁ待て。すぐにわかる」

 そう答えてニヤリと笑うと、また自分の部屋へと戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

処理中です...