蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
115 / 780
島国の戦士

第115話 離反 ~鴇汰 3~

しおりを挟む
「聞きたいことは山ほどあるよ。その相手とはどこで知り合ってどんなつき合いなのか、とかね」

「それは……」

「言い出したらきりがないから詳しい話しはあとでいい。で、その女は鴇汰の彼女?」

「違う!」

「だったらなんだよ? 人目を避けて会わなきゃならないような……俺にすら話せないような相手と、一体どんな関係だっていうのか説明してくれないか」

 穂高の口調はいつもと変わらないけれど、その表情に怒りが見えた。逆の立場だったら、鴇汰も今の穂高と同じ顔をしただろう。

「――ったく、だから嫌だったんだ。あのオヤジめ!」

 額に当てた手で、鴇汰はそのまま髪を掻きあげた。

「あれは叔父貴だよ。穂高も知ってるだろ? 俺の叔父貴」

「そりゃあ、子どものころは良く会ったし、最近もお世話になったけど、俺の知ってる鴇汰の叔父さんは、どこからどう見ても男だった」

 嘘にもならない言い訳をしていると思ったのか、穂高の表情がさらに険しくなった。

「だからぁ、あれは叔父貴の式神なんだよ。叔父貴のやつ、人の来ないようなところで暮らしててさ、寂しくなったからって、自分好みの式神を作ってそばに置いてんだよ」

 鴇汰はグラスに新しく氷と梅酒を継ぎ足して、今度はゆっくり飲んだ。

「そんで、時々そいつを使って俺の様子を見に来るのよ。人に見られたら誤解されて俺が困る、って言ったら、結界張ってるから人に見られる心配はないなんて言ってやがったのに……しっかり見られてるんじゃねーか!」

 グラスをたたきつけるように、思い切りテーブルに置いた。

「それ、本当なんだろうね?」

「俺はな、おまえにだけは嘘をついたことねーぞ!」

 まだ疑わしげな目をしている穂高に、口調を荒げて答える。穂高はグラスを包んだ手をジッと見つめ、数分ほど考え込んでから口を開いた。

「うん。わかった。信じるよ」

 表情を緩めると、溶けた氷でだいぶ薄まった梅酒を口に含み、穂高が続ける。

「実はもし、その女が大陸の人間だったら諜報かもしれないって疑ってたんだよ。とりあえず違うとわかってホッとした。けどね……」

 途中まで言いかけて、言葉を探すように穂高は目を泳がせている。 

「俺だってそんなに馬鹿じゃないって! そんな無防備に行動しねーよ。それより、その先はなんなんだよ?」

「うん……本当は見たのは俺じゃなくて岱胡なんだ。それから……麻乃にも見られてるぞ」

「えっ?」

 麻乃に見られていたと聞いて、鴇汰は心臓が止まるかと思った。

「岱胡の話しだと、あいつが蓮華になりたてのころ、南浜で麻乃と一緒に見たそうだよ。そのときにはもう、麻乃は知ってたようだったって。そのあとも何度か見かけたって言っていた」

 急速に体が冷えていくのがわかる。指先の感覚がなくなったような気がして、グラスを強く握った。

「なぜか、あの二人だけが見ているんだよね。俺やほかのみんなが全然知らなかったのは、麻乃が岱胡に口止めしていたからだそうだよ。鴇汰が隠してるみたいだから、ってね」

「なんでよりによって麻乃に……」

「彼女だと思っているんじゃないのかな。鴇汰の気持ちに答えなかったのも、そのせいじゃないかと思うんだけどね」

 そういえば柳堀で鴇汰が、彼女はいたことがないと言ったとき、麻乃は訝し気な顔で見返してきた。

「駄目だ……勘違いだと説明したくても、麻乃のやつ、俺の顔も見やしない。しかも修治にあんな態度を取るほど様子がおかしいのに謝るどころか話しもできねーよ」

「あの様子だと、無理になにかをしようとしても逆効果だろうしね。しばらくは落ち着くのを待ったほうがいいかもしれないな」

 酒瓶を揺すると、まだ半分ほど入っているのがわかる。そのまま口をつけて、鴇汰は一気に飲み干した。

「馬鹿! なにしてるんだよ? 全部飲んだらさすがに明日、キツイだろう!」

「穂高さ……ほかに男がいる女に、なんの関係もない女とのことで、ゴチャゴチャ言われたら、どう思うよ?」

「そうだなぁ……理不尽さを感じると思うな。その女のことは信用できなくなるかも」

「だよな、俺はそういうことをしたんだよな」

 ドンと瓶を机に置いた。

「次の会議までに、どうしたらいいのか考えてみる。まずは話しができなきゃ、どうしようもないもんな」

「巧さんとトクさんが、交互に西に入っているから、様子を見てくれるって言うし、なにか聞けたら鴇汰にも伝えるよ」

「あぁ、ありがとうな。穂高、明日は南だろ? もう戻って寝とけよ。俺は平気だから」

 心配そうな目を向ける穂高に、鴇汰は笑ってみせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...