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島国の戦士
第98話 疑念 ~梁瀬 1~
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穂高に連れられてこられたのは、軍部の修治の部屋だった。ノックをしただけで返事も待たず、穂高がドアを開ける。
「おまたせ」
「早かったな」
椅子に深く腰をかけ、腕を組んでうつむいた修治が待っていた。梁瀬は急に不安になって二人を見た。
「なに? どうしたの? なにか問題でもあった?」
「どう言ったらいいのかな……とりあえず座ろうか」
そう言って穂高に背中を押され、椅子に腰をおろすと、修治がぽつりと言った。
「このあいだ、演習場にガルバスが出たんだ」
「うん、出たって話しは僕も岱胡さんから聞いたけど、まさかあの演習場に?」
梁瀬は二人を交互に見た。妙に険しい表情なのが気になる。
「そのとき、麻乃が怪我をした」
「えっ?」
「背中と足をやられて、出血もひどかったし、なにより、一人では歩けないほどの傷だった」
「あの麻乃さんが、そんなにひどく?」
問いかけに修治は黙ったままでうなずいた。
「麻乃の様子は、穂高も見ているんだが――」
「うん、医療所で、歩けなくて車椅子に乗せられるところをね」
「だから今日、会議に来なかったんだ? そんな怪我じゃ仕方ないよねぇ」
修治は口もとにこぶしを当てて、なにか考えている。穂高は目線を部屋の片隅に移し、やっぱり考え込んでいる。
「ちょっと二人とも、一体、なに――」
「……治ってるんだよ」
言いかけた梁瀬の言葉にかぶせるように修治が言い、そのあとを継ぐように穂高が話し始めた。
「俺が医療所に迎えに行ったときには、松葉杖でやっと歩いてる感じだったのに、昨日、見かけたときには杖なしで歩いていたんだよ」
「だって……僕が岱胡さんから話しを聞いたのは一週間前だよ? 怪我をしたのが仮に十日前だったとしても、そんな短い間には、歩けるようにはなったとしても治りっこないでしょ?」
「それで、あんたに聞きたかったんだ」
困惑を隠せない表情で、修治が視線を向けてくる。
「回復術でそこまで治せるものなのか? その……例えば一晩で」
「馬鹿なことを――」
呆気に取られ、椅子に腰かけ直すと少しばかり苛立って答えた。
「そんなことができるくらいなら、僕は今まで一度だって、隊員たちを亡くさずに済ませることができたよ」
「やっぱり無理だよね、うん、無理だろうっていうことはわかってはいたんだ」
「治すことが不可能なんじゃなくて、そんな短期間では無理だってことだよ」
穂高に向かってそう答える。
「それこそ一日中、何日も休みなくかけたら、あるいは数日で治るかもしれないけど、そんなことをしたら傷を治す前に、こっちが消耗しちゃう。傷の具合によっては、時間がかかり過ぎて治す前に命を落としてしまう可能性だって高いよ」
顎をなでながら修治に視線を移し、最後にぽつりとつぶやくように言った。
「それに例え、そこまでやっても、そんな大きな怪我じゃ、一日で治るかは疑問だなぁ」
「そうか……」
「だいいち、麻乃さんの場合は特に、回復術で治すのは無理だと思うよ」
「なぜ?」
修治と穂高がほぼ同時に聞いてくる。
「ん……本当は、あまり言いたくないんだけど、掛かりにくいんだよね、しかも凄く。本人は気づいてないと思うけど」
「あいつが? そんな話しは初めて聞いたな」
「そりゃあ、いくら仲間だからといって、そういう話しはなかなか……でもね」
持っていた資料を裏返すと、梁瀬はペンで真ん中に丸を書き、それを囲うように大きく円を描いた。
「例えば、僕を中心にしてこの範囲で術をかけた場合、円の中は有効なんだけど、麻乃さんは円の中にいてもそれが効かないのね」
トントンと紙をペンでたたく。
「金縛りなんかだと、特に顕著に出るかな。演習のときなんかは本当に困るよ。一番、足止めをしたい人が止まらないんだからね」
修治と穂高は、円の描かれた紙を見つめながら黙って聞いている。
「効きやすくなるように、前々から準備することも可能だけど、演習でそれをするのはフェアじゃないでしょ? だからこれまでやったことはないんだけど、かけるつもりなら、それに見合った日数や時間をかけて下準備しないと無理なんだよ」
「ってことは、おととい回復術をかけて昨日、治ってるってことは、やっぱり不可能だってことか……」
「でも、そうなるとやっぱり最初の疑問に戻るよね?」
「いや、増えるだろう? 誰が、どうやって――だ」
修治が紙を手にしたまま、真顔でつぶやいた。
「おまたせ」
「早かったな」
椅子に深く腰をかけ、腕を組んでうつむいた修治が待っていた。梁瀬は急に不安になって二人を見た。
「なに? どうしたの? なにか問題でもあった?」
「どう言ったらいいのかな……とりあえず座ろうか」
そう言って穂高に背中を押され、椅子に腰をおろすと、修治がぽつりと言った。
「このあいだ、演習場にガルバスが出たんだ」
「うん、出たって話しは僕も岱胡さんから聞いたけど、まさかあの演習場に?」
梁瀬は二人を交互に見た。妙に険しい表情なのが気になる。
「そのとき、麻乃が怪我をした」
「えっ?」
「背中と足をやられて、出血もひどかったし、なにより、一人では歩けないほどの傷だった」
「あの麻乃さんが、そんなにひどく?」
問いかけに修治は黙ったままでうなずいた。
「麻乃の様子は、穂高も見ているんだが――」
「うん、医療所で、歩けなくて車椅子に乗せられるところをね」
「だから今日、会議に来なかったんだ? そんな怪我じゃ仕方ないよねぇ」
修治は口もとにこぶしを当てて、なにか考えている。穂高は目線を部屋の片隅に移し、やっぱり考え込んでいる。
「ちょっと二人とも、一体、なに――」
「……治ってるんだよ」
言いかけた梁瀬の言葉にかぶせるように修治が言い、そのあとを継ぐように穂高が話し始めた。
「俺が医療所に迎えに行ったときには、松葉杖でやっと歩いてる感じだったのに、昨日、見かけたときには杖なしで歩いていたんだよ」
「だって……僕が岱胡さんから話しを聞いたのは一週間前だよ? 怪我をしたのが仮に十日前だったとしても、そんな短い間には、歩けるようにはなったとしても治りっこないでしょ?」
「それで、あんたに聞きたかったんだ」
困惑を隠せない表情で、修治が視線を向けてくる。
「回復術でそこまで治せるものなのか? その……例えば一晩で」
「馬鹿なことを――」
呆気に取られ、椅子に腰かけ直すと少しばかり苛立って答えた。
「そんなことができるくらいなら、僕は今まで一度だって、隊員たちを亡くさずに済ませることができたよ」
「やっぱり無理だよね、うん、無理だろうっていうことはわかってはいたんだ」
「治すことが不可能なんじゃなくて、そんな短期間では無理だってことだよ」
穂高に向かってそう答える。
「それこそ一日中、何日も休みなくかけたら、あるいは数日で治るかもしれないけど、そんなことをしたら傷を治す前に、こっちが消耗しちゃう。傷の具合によっては、時間がかかり過ぎて治す前に命を落としてしまう可能性だって高いよ」
顎をなでながら修治に視線を移し、最後にぽつりとつぶやくように言った。
「それに例え、そこまでやっても、そんな大きな怪我じゃ、一日で治るかは疑問だなぁ」
「そうか……」
「だいいち、麻乃さんの場合は特に、回復術で治すのは無理だと思うよ」
「なぜ?」
修治と穂高がほぼ同時に聞いてくる。
「ん……本当は、あまり言いたくないんだけど、掛かりにくいんだよね、しかも凄く。本人は気づいてないと思うけど」
「あいつが? そんな話しは初めて聞いたな」
「そりゃあ、いくら仲間だからといって、そういう話しはなかなか……でもね」
持っていた資料を裏返すと、梁瀬はペンで真ん中に丸を書き、それを囲うように大きく円を描いた。
「例えば、僕を中心にしてこの範囲で術をかけた場合、円の中は有効なんだけど、麻乃さんは円の中にいてもそれが効かないのね」
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「金縛りなんかだと、特に顕著に出るかな。演習のときなんかは本当に困るよ。一番、足止めをしたい人が止まらないんだからね」
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「効きやすくなるように、前々から準備することも可能だけど、演習でそれをするのはフェアじゃないでしょ? だからこれまでやったことはないんだけど、かけるつもりなら、それに見合った日数や時間をかけて下準備しないと無理なんだよ」
「ってことは、おととい回復術をかけて昨日、治ってるってことは、やっぱり不可能だってことか……」
「でも、そうなるとやっぱり最初の疑問に戻るよね?」
「いや、増えるだろう? 誰が、どうやって――だ」
修治が紙を手にしたまま、真顔でつぶやいた。
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