蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
98 / 780
島国の戦士

第98話 疑念 ~梁瀬 1~

しおりを挟む
 穂高に連れられてこられたのは、軍部の修治の部屋だった。ノックをしただけで返事も待たず、穂高がドアを開ける。

「おまたせ」

「早かったな」

 椅子に深く腰をかけ、腕を組んでうつむいた修治が待っていた。梁瀬は急に不安になって二人を見た。

「なに? どうしたの? なにか問題でもあった?」

「どう言ったらいいのかな……とりあえず座ろうか」

 そう言って穂高に背中を押され、椅子に腰をおろすと、修治がぽつりと言った。

「このあいだ、演習場にガルバスが出たんだ」

「うん、出たって話しは僕も岱胡さんから聞いたけど、まさかあの演習場に?」

 梁瀬は二人を交互に見た。妙に険しい表情なのが気になる。

「そのとき、麻乃が怪我をした」

「えっ?」

「背中と足をやられて、出血もひどかったし、なにより、一人では歩けないほどの傷だった」

「あの麻乃さんが、そんなにひどく?」

 問いかけに修治は黙ったままでうなずいた。

「麻乃の様子は、穂高も見ているんだが――」

「うん、医療所で、歩けなくて車椅子に乗せられるところをね」

「だから今日、会議に来なかったんだ? そんな怪我じゃ仕方ないよねぇ」

 修治は口もとにこぶしを当てて、なにか考えている。穂高は目線を部屋の片隅に移し、やっぱり考え込んでいる。

「ちょっと二人とも、一体、なに――」

「……治ってるんだよ」

 言いかけた梁瀬の言葉にかぶせるように修治が言い、そのあとを継ぐように穂高が話し始めた。

「俺が医療所に迎えに行ったときには、松葉杖でやっと歩いてる感じだったのに、昨日、見かけたときには杖なしで歩いていたんだよ」

「だって……僕が岱胡さんから話しを聞いたのは一週間前だよ? 怪我をしたのが仮に十日前だったとしても、そんな短い間には、歩けるようにはなったとしても治りっこないでしょ?」

「それで、あんたに聞きたかったんだ」

 困惑を隠せない表情で、修治が視線を向けてくる。

「回復術でそこまで治せるものなのか? その……例えば一晩で」

「馬鹿なことを――」

 呆気に取られ、椅子に腰かけ直すと少しばかり苛立って答えた。

「そんなことができるくらいなら、僕は今まで一度だって、隊員たちを亡くさずに済ませることができたよ」

「やっぱり無理だよね、うん、無理だろうっていうことはわかってはいたんだ」

「治すことが不可能なんじゃなくて、そんな短期間では無理だってことだよ」

 穂高に向かってそう答える。

「それこそ一日中、何日も休みなくかけたら、あるいは数日で治るかもしれないけど、そんなことをしたら傷を治す前に、こっちが消耗しちゃう。傷の具合によっては、時間がかかり過ぎて治す前に命を落としてしまう可能性だって高いよ」

 顎をなでながら修治に視線を移し、最後にぽつりとつぶやくように言った。

「それに例え、そこまでやっても、そんな大きな怪我じゃ、一日で治るかは疑問だなぁ」

「そうか……」

「だいいち、麻乃さんの場合は特に、回復術で治すのは無理だと思うよ」

「なぜ?」

 修治と穂高がほぼ同時に聞いてくる。

「ん……本当は、あまり言いたくないんだけど、掛かりにくいんだよね、しかも凄く。本人は気づいてないと思うけど」

「あいつが? そんな話しは初めて聞いたな」

「そりゃあ、いくら仲間だからといって、そういう話しはなかなか……でもね」

 持っていた資料を裏返すと、梁瀬はペンで真ん中に丸を書き、それを囲うように大きく円を描いた。

「例えば、僕を中心にしてこの範囲で術をかけた場合、円の中は有効なんだけど、麻乃さんは円の中にいてもそれが効かないのね」

 トントンと紙をペンでたたく。

「金縛りなんかだと、特に顕著に出るかな。演習のときなんかは本当に困るよ。一番、足止めをしたい人が止まらないんだからね」

 修治と穂高は、円の描かれた紙を見つめながら黙って聞いている。

「効きやすくなるように、前々から準備することも可能だけど、演習でそれをするのはフェアじゃないでしょ? だからこれまでやったことはないんだけど、かけるつもりなら、それに見合った日数や時間をかけて下準備しないと無理なんだよ」

「ってことは、おととい回復術をかけて昨日、治ってるってことは、やっぱり不可能だってことか……」

「でも、そうなるとやっぱり最初の疑問に戻るよね?」

「いや、増えるだろう? 誰が、どうやって――だ」

 修治が紙を手にしたまま、真顔でつぶやいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...