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島国の戦士
第64話 稼働 ~麻乃 3~
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枝から飛び降り、先頭にいた隊員の背後に着地すると、片膝を着いたまま武器を抜き、右足を軸に回転して一人目の脛を打ちすえた。
バチッと音がして倒れたのを尻目に、麻乃の姿を確認して向かってくる隊員たちを、次々に打ち倒す。
初日で甘さが残っていたのか、相手が麻乃だとわかって臆したのか、あまりにも呆気なく倒れたことに戸惑いを覚えた。
リーダーの矢萩からリストバンドを獲ると、その頬に触れて、意識の有無を確認してみる。
まぶたが動き、わずかに目を開いた。
「馬鹿。あっさりやられすぎだよ。久しぶりだから感覚が鈍ってるのかもしれないけど、もっと喰らいついてこなきゃ駄目だ。次はもう少し、こっちを手こずらせてよね」
返事をするように、薄く開いていたまぶたが閉じた。
「十五分もすれば、体、動くから。じゃあ、あたしは行くね」
倒れた矢萩の背を軽くたたき、木に飛び乗ると、川のほうへ向かって木々を飛び移った。
川岸に着くと麻乃は喉の渇きをうるおしてから、周囲を見回した。この辺りには、今は誰もいないようだ。
大きな岩に腰をかけ、川面を眺めながら一息ついて、左腕の調子を確かめるように動かしてみた。今のところは痛みもない。
(さて……どっちに行こうか)
立ちあがりかけたそのとき、背後に強い殺気を感じ、岩から飛びおりて振り向きざまに武器を抜いた。
周囲には誰もいない。
驚きのあまり心臓が激しく鳴り、全身の血が勢い良く体中を駆け巡っている。
構えたまま数分待ったけれど、人の姿はまったく見えないし、気配ももうなにも感じない。
気のせいにしては生々しい気がしたけれど、誰もいない以上はなんのしようもない。嫌な感覚だけが残り、腑に落ちない思いのまま、麻乃はその場から急いで立ち去った。
闇雲に森の中を駆け抜け、途中で気配を追ってきたいくつかの班を打ち倒した。リストバンドを奪いながら、麻乃一人さえも苦戦させることができずに倒れ伏してしまう姿に苛立ちを感じていた。
「派手にやっているな」
目の前にあらわれたのは、高田の道場から参加してくれている市原だ。
「ここら辺のやつらを全滅させる気か? 俺たちのやることがなくなってしまうじゃないか」
「こいつらが、こんなにできないとは思わなかったんです。もっと喰らいついてこなきゃいけないってのに、こんなにあっさり倒れるなんて」
「おいおい、まだ初日だぞ。しかも二部隊とも、実戦に不慣れなやつも多いんだろう?」
「それにしたって――」
「おまえ、自分と同じレベルで考えているんじゃないだろうな? 俺もいくつかの班を倒してきたけどな、そう悲観したものでもないぞ。全員しっかり向かってくる。まだ動きにぎこちなさが残っているが、すぐになじんでくるだろうさ」
確かに市原がいうとおり、初日だから多少は仕方ないのはわかっている。今日と三日後では、驚くほどに変わることも。
ただ今はなにか気が急いていて、納得がいかなかった。
会話が途切れ、風がやんだ瞬間、耳に弓をつがう音が聞こえた。市原も当然気づいている。顔を見合わせると、すぐ横の木に飛び乗った。
上から周囲を見ると、右手側の少し離れた木の枝に、弓を使う師範の姿が見えた。そこからさらに数十メートルほど離れた場所に、どこかの班の姿を確認した。
気配を追ってきてその姿を探しているようだけれど、やっぱり木の上にまでは意識が向いていない。
「あんな場所にいて、弓をつがう音にさえ気づかないなんて……」
「目的はまだ、そこまでのレベル上げじゃないだろうが。あそこまで追ってこられたのは上等だろう。おまえはなにに対して、そんなに苛立っているんだ?」
麻乃がイライラしながら、その様子を見て言うと、市原がたしなめるような視線を向けてきた。
(苛立っている……? なにに……?)
始まってまだ数時間、焦ってみたところで今すぐになにかが変わるわけもない。深呼吸をして気を落ち着けると、急に自分の取った態度が恥ずかしく思えた。
今、やらなければいけないのは、できが悪いと嘆くのではなく、わずかな気配をも感じさせて追わせ、戦うことで実戦の感覚をつかませることだ。そう考えれば市原のいうことが最もだ。
バチッと音がして倒れたのを尻目に、麻乃の姿を確認して向かってくる隊員たちを、次々に打ち倒す。
初日で甘さが残っていたのか、相手が麻乃だとわかって臆したのか、あまりにも呆気なく倒れたことに戸惑いを覚えた。
リーダーの矢萩からリストバンドを獲ると、その頬に触れて、意識の有無を確認してみる。
まぶたが動き、わずかに目を開いた。
「馬鹿。あっさりやられすぎだよ。久しぶりだから感覚が鈍ってるのかもしれないけど、もっと喰らいついてこなきゃ駄目だ。次はもう少し、こっちを手こずらせてよね」
返事をするように、薄く開いていたまぶたが閉じた。
「十五分もすれば、体、動くから。じゃあ、あたしは行くね」
倒れた矢萩の背を軽くたたき、木に飛び乗ると、川のほうへ向かって木々を飛び移った。
川岸に着くと麻乃は喉の渇きをうるおしてから、周囲を見回した。この辺りには、今は誰もいないようだ。
大きな岩に腰をかけ、川面を眺めながら一息ついて、左腕の調子を確かめるように動かしてみた。今のところは痛みもない。
(さて……どっちに行こうか)
立ちあがりかけたそのとき、背後に強い殺気を感じ、岩から飛びおりて振り向きざまに武器を抜いた。
周囲には誰もいない。
驚きのあまり心臓が激しく鳴り、全身の血が勢い良く体中を駆け巡っている。
構えたまま数分待ったけれど、人の姿はまったく見えないし、気配ももうなにも感じない。
気のせいにしては生々しい気がしたけれど、誰もいない以上はなんのしようもない。嫌な感覚だけが残り、腑に落ちない思いのまま、麻乃はその場から急いで立ち去った。
闇雲に森の中を駆け抜け、途中で気配を追ってきたいくつかの班を打ち倒した。リストバンドを奪いながら、麻乃一人さえも苦戦させることができずに倒れ伏してしまう姿に苛立ちを感じていた。
「派手にやっているな」
目の前にあらわれたのは、高田の道場から参加してくれている市原だ。
「ここら辺のやつらを全滅させる気か? 俺たちのやることがなくなってしまうじゃないか」
「こいつらが、こんなにできないとは思わなかったんです。もっと喰らいついてこなきゃいけないってのに、こんなにあっさり倒れるなんて」
「おいおい、まだ初日だぞ。しかも二部隊とも、実戦に不慣れなやつも多いんだろう?」
「それにしたって――」
「おまえ、自分と同じレベルで考えているんじゃないだろうな? 俺もいくつかの班を倒してきたけどな、そう悲観したものでもないぞ。全員しっかり向かってくる。まだ動きにぎこちなさが残っているが、すぐになじんでくるだろうさ」
確かに市原がいうとおり、初日だから多少は仕方ないのはわかっている。今日と三日後では、驚くほどに変わることも。
ただ今はなにか気が急いていて、納得がいかなかった。
会話が途切れ、風がやんだ瞬間、耳に弓をつがう音が聞こえた。市原も当然気づいている。顔を見合わせると、すぐ横の木に飛び乗った。
上から周囲を見ると、右手側の少し離れた木の枝に、弓を使う師範の姿が見えた。そこからさらに数十メートルほど離れた場所に、どこかの班の姿を確認した。
気配を追ってきてその姿を探しているようだけれど、やっぱり木の上にまでは意識が向いていない。
「あんな場所にいて、弓をつがう音にさえ気づかないなんて……」
「目的はまだ、そこまでのレベル上げじゃないだろうが。あそこまで追ってこられたのは上等だろう。おまえはなにに対して、そんなに苛立っているんだ?」
麻乃がイライラしながら、その様子を見て言うと、市原がたしなめるような視線を向けてきた。
(苛立っている……? なにに……?)
始まってまだ数時間、焦ってみたところで今すぐになにかが変わるわけもない。深呼吸をして気を落ち着けると、急に自分の取った態度が恥ずかしく思えた。
今、やらなければいけないのは、できが悪いと嘆くのではなく、わずかな気配をも感じさせて追わせ、戦うことで実戦の感覚をつかませることだ。そう考えれば市原のいうことが最もだ。
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