蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
63 / 780
島国の戦士

第63話 稼働 ~麻乃 2~

しおりを挟む
 ぐるりと見回すと、どの師範も見覚えがある人ばかりで、二十名が集まっていた。
 戦士を引退した人や、相応の腕を持ちながらも印を受けず、師範として戦士を育て続けてきた人もいる。
 これだけのメンツと手合わせができる機会も、そうそうないだろう。そう思うと、麻乃は少しだけ隊員たちの側に回りたくなった。

 当然負ける気はしない。ただ、手合わせをして自分の力を試したい。そんな衝動に駆られる。
 武器も刀や剣以外に、槍や斧、銃に弓、数人の術師もいて、日中と夜間にわかれて参加をしてくれるそうだ。
 このメンツに、麻乃の部隊はどこまで喰らいつけるだろうか?

(時間がきたら、まずはひと回りして様子を見てこようかな)

 そう考えながら仕度を始めた。リストバンドの入った荷物を腰に巻きつけ、靴ひもを固く結び直していると、同じように支度をしながらの修治が声をかけてきた。

「調子、良さそうだな」

「まあね」

「俺はまだ少し、胃がもたれている気がする。昨夜も今朝も、なにも食えなかった」

「あぁ、オレンジケーキ」

 昨日のことを思い出して笑うと、修治は顔をしかめた。

「あんなでかいのを用意しやがって、配分ってものを考えろ」

「今年の大きさは驚いたね。いくらお父さんとお母さんが好きだったからって、おクマさん、あんなの焼くとは思わなかったよ。昨年は小さめだったのに」

「残りのぶん、おまえ、まさか全部食ったのか?」

「二人に供えたぶん以外はね。あ……そういえばお供え、そのままにしてきちゃったよ」

「馬鹿。今夜にでも、いったん戻って片づけてこい。カビるぞ」

「だよね、暗くなったら行ってくるよ」

 オレンジケーキは両親が好きだった食べものの一つで、子どものころには良く母親が焼いてくれて、家族で食べたものだった。
 亡くなってから毎年の命日におクマに焼いてもらって、砦に行ったあと写真の前に供え、残りを修治と二人で食べている。なぜか今年はのほか大きなケーキで、それを目の前に二人で唖然としてしまった。

 腕時計に目をやる。間もなく時間だ。
 師範たちは修治の時計に時間を合わせると、半数が森へ入っていった。ピリッとした緊張感が伝わってくる。
 袖をまくり、みんなのあとに続いて麻乃も森へと足を踏み入れた。
 見つけてもらわないと意味がないから、誰もがあえて気配を殺さずにいるせいで、いつもは静かな大演習場に、今は人の気配が濃く漂い、ざわついている。

 周辺の木々の陰を、チラチラと見え隠れしていた人影が、やがて一つも見えなくなった。
 手近な高めの木に登ると、意識を集中して周囲を探り、落ち着かない雰囲気のするほうへと足を向けた。
 しばらく行くと早速、麻乃の隊員と修治の隊員がぶつかっているところが遠目に見えた。腕は互角……に見える。新人もよく動いている。
 けれど、やっぱり立ち合いとは違う、実戦としての動きに付いて行けないのか、それとも気押されているのか、だんだんと分が悪くなり、麻乃の隊員たちは次々に倒された。

(修治のほうは予備隊の引き上げが、うちより多かったからなぁ……やっぱり実戦に慣れてると、こういうときに強いか。でもまぁ、この演習が終わるころには、その差はきっと埋まっている)

 修治の隊員がリストバンドを奪って去っていくのを待ってから、再び木々を飛び移りながら移動を始めた。
 思っていたよりも、お互いが出会う確率が高いようで移動している途中、二組が打ち倒されているのを見かけた。
 人の気配を追うのがうまいのか、それとも単に出会ってしまっただけなのか、まだどちらとも判断がつけられない。
 川辺に近いあたりまで来ていたのか、水音がかすかに聞こえる。
 そこに、どうやら一休みしているらしい、多数の気配を感じた。

(このまま追い立てるか、それともやり過ごしてひと回りしてくるか……)

 迷っていると、麻乃の気配に気づいたのか、隊員たちが動きだした。

(気づかれた以上は、相手にならないとルール違反だよなぁ)

 左手の茂みで、こちらを探している姿が見える。
 相手が木の上にいる、とまでは、まだ考えていないようだ。茂みを中心にして広がり、間合いを詰めてきている。良く見れば、麻乃の部隊のやつらだ。
 仕方なしに枝の上で立ちあがると、麻乃はアームウォーマーをはめてから、リストバンドを締め直した。そして枝を力一杯に踏み切った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥
ファンタジー
宮廷魔術師のお仕事って何だろう? 国王陛下の隣で偉そうに頷いてたら良いのかな。 けれども実際になってみた宮廷魔術師の仕事は思っていたのと全然違って……。 この話は冒険者から宮廷魔術師になった少年が色んな人や事件に振り回されながら、少しずつ成長していくお話です。 古めのファンタジーやTRPGなんかの雰囲気を思い出して書いてみました。

処理中です...