36 / 780
島国の戦士
第36話 不穏 ~麻乃 3~
しおりを挟む
「だって私らの力は、女神さまからいただいた守るための力で、決して他国を侵略する力ではないでしょ?」
「でも……!」
「それは禁忌として伝えられてきているのに破ろうとした罰だと思うの。私は、ね」
巧は窓の外に目を向けて、言葉を選ぶように話し続ける。
「乱暴な考え方かもしれないけど、そのことがあってから個々で力の有り方を考えて、正しく伝え続けて今に至るわけじゃない?」
話しを続ける巧から視線を外せない。麻乃にも言わんとすることはわかるけれど、心の奥底でなにか納得がいかない。
「今の国王さまも、皇子さまにしても、とても気さくな人たちで、この国を守ることに力を注いでるわよ」
「それはあたしもわかってるけど……」
「幸いにも、麻乃に粛清されなきゃならないことなんて、今は何一つない。それは私があれこれ言うより、麻乃自身が良くわかってることよね?」
ゆっくりと言い含めるような巧の話し方に、ただ黙ってうなずくだけだった。
時折、誰かが通りすぎる足音が聞こえる以外、外からもなにも聞こえない。さっきの浜での出来事が嘘のように穏やかな時間だ。
いつも、いつでもこんな時間が続くことを願っているのに――。
「だから麻乃の覚醒も、おかしなことになる要素はないわよ。なんの根拠もないけれど、これまでのことから見ると目覚めるべくして目覚めてるでしょ。今は、大陸が変な様子だし、もし覚醒するとしたら前者のほうとしか思えないね」
素っ気ない口調でそう言った巧が、コーヒーを飲む姿をただ見つめた。
「鬼神だなんて、大層な言われ方をされてるけどさ、私から見たら、鬼神って言うよりも、救世主って感じがするけどね」
「それこそ大層な言い方だよ。そんなにいいものなんかじゃないよ。だってあたしは……」
その先の言葉が継げなくて、麻乃はジッとカップに視線を落としていた。
(そんなにいいものなんかじゃない……)
鬼神の能力が、人を傷つけ、罪を重ねるだけの力にしか思えない。
軍部でも上層のほとんどが麻乃の血筋についてを知っている。そして麻乃の存在をうとましく思っているのも――。
「気負いすぎなのよ。あんたは。周りにせっつかれて焦る気持ちもわかるけどさ」
「あたし、わからないんだ。自分がどうなると覚醒するか。時々凄く自分の感情が抑えられなくて、そんなときに頭の芯が痺れて……」
誰もに必要とされようなどと、おこがましいことを考えているわけじゃない。けれど、ただ鬼神の血だということで、うとまれ遠ざけられることが嫌だった。
麻乃に向けられる冷たい視線が、心の底から怖かった。
自分のしたことを考えろ、おまえなど必要ないと、いつ誰に言われるんじゃないかと考えるだけで今でも胸が痛む。
だからいつも、覚醒を感じた瞬間に必死でそれを抑えてきた。
「そのときの感じがきっとそうなんだと思うんだけど、でも、そんな感情でいるときは駄目だって思って、必死に気持ちを抑えて……それ以外の、どんな状態になったらちゃんとできるのか、全然わからないんだ」
不安な思いを少しずつはき出すように、麻乃はポツリポツリと話した。
覚醒の話しをするたびに、高田に言われる言葉を思い出す。
(安定してさえいれば覚醒したところで、今のおまえ自身と、なんら変わることはないのだぞ)
どこにそんな根拠があるのかわからず、常に拒絶してきた。
残ったコーヒーを一口で飲み干す。それなのにやけに渇きを覚えるのは、緊張しているせいだろうか。
「だって呪文で変身する、なんてものじゃないでしょ? 気楽にして自然に任せればいいんじゃない?」
「気楽に……?」
「案外さ、ある朝、目が覚めたらね、瞳と髪の色が変わってるかもしれないわよ」
顔をあげ、麻乃は巧をしげしげと見た。
「そんなふうに言われたことなんてなかった。自分でも考えもしなかった。そんな自然に起こるかもしれないなんて……」
「だから気負いすぎなんだって。普通よ。普通。それが一番よ」
「朝、起きたら訓練をして、戦争に出て、会議もして。そんなのも普通?」
「そうよ。だって私ら戦士だもの。そうそう、それから普通においしいものを食べたり、なんてね」
巧は笑って立ちあがると、麻乃の手からカップを取りあげて新しいコーヒーを注いでくれた。
そのまま部屋の小さな冷蔵庫の中から、ケーキを取り出して机に置いた。
「おクマちゃん特製のチーズケーキとかね」
「あっ、おクマさんのところ、チーズケーキも出してるんだ?」
「食べなよ」
「うん、いただきます」
巧は頬づえをついて麻乃のほうを見つめながら、ゆっくりと言った。
「でも……!」
「それは禁忌として伝えられてきているのに破ろうとした罰だと思うの。私は、ね」
巧は窓の外に目を向けて、言葉を選ぶように話し続ける。
「乱暴な考え方かもしれないけど、そのことがあってから個々で力の有り方を考えて、正しく伝え続けて今に至るわけじゃない?」
話しを続ける巧から視線を外せない。麻乃にも言わんとすることはわかるけれど、心の奥底でなにか納得がいかない。
「今の国王さまも、皇子さまにしても、とても気さくな人たちで、この国を守ることに力を注いでるわよ」
「それはあたしもわかってるけど……」
「幸いにも、麻乃に粛清されなきゃならないことなんて、今は何一つない。それは私があれこれ言うより、麻乃自身が良くわかってることよね?」
ゆっくりと言い含めるような巧の話し方に、ただ黙ってうなずくだけだった。
時折、誰かが通りすぎる足音が聞こえる以外、外からもなにも聞こえない。さっきの浜での出来事が嘘のように穏やかな時間だ。
いつも、いつでもこんな時間が続くことを願っているのに――。
「だから麻乃の覚醒も、おかしなことになる要素はないわよ。なんの根拠もないけれど、これまでのことから見ると目覚めるべくして目覚めてるでしょ。今は、大陸が変な様子だし、もし覚醒するとしたら前者のほうとしか思えないね」
素っ気ない口調でそう言った巧が、コーヒーを飲む姿をただ見つめた。
「鬼神だなんて、大層な言われ方をされてるけどさ、私から見たら、鬼神って言うよりも、救世主って感じがするけどね」
「それこそ大層な言い方だよ。そんなにいいものなんかじゃないよ。だってあたしは……」
その先の言葉が継げなくて、麻乃はジッとカップに視線を落としていた。
(そんなにいいものなんかじゃない……)
鬼神の能力が、人を傷つけ、罪を重ねるだけの力にしか思えない。
軍部でも上層のほとんどが麻乃の血筋についてを知っている。そして麻乃の存在をうとましく思っているのも――。
「気負いすぎなのよ。あんたは。周りにせっつかれて焦る気持ちもわかるけどさ」
「あたし、わからないんだ。自分がどうなると覚醒するか。時々凄く自分の感情が抑えられなくて、そんなときに頭の芯が痺れて……」
誰もに必要とされようなどと、おこがましいことを考えているわけじゃない。けれど、ただ鬼神の血だということで、うとまれ遠ざけられることが嫌だった。
麻乃に向けられる冷たい視線が、心の底から怖かった。
自分のしたことを考えろ、おまえなど必要ないと、いつ誰に言われるんじゃないかと考えるだけで今でも胸が痛む。
だからいつも、覚醒を感じた瞬間に必死でそれを抑えてきた。
「そのときの感じがきっとそうなんだと思うんだけど、でも、そんな感情でいるときは駄目だって思って、必死に気持ちを抑えて……それ以外の、どんな状態になったらちゃんとできるのか、全然わからないんだ」
不安な思いを少しずつはき出すように、麻乃はポツリポツリと話した。
覚醒の話しをするたびに、高田に言われる言葉を思い出す。
(安定してさえいれば覚醒したところで、今のおまえ自身と、なんら変わることはないのだぞ)
どこにそんな根拠があるのかわからず、常に拒絶してきた。
残ったコーヒーを一口で飲み干す。それなのにやけに渇きを覚えるのは、緊張しているせいだろうか。
「だって呪文で変身する、なんてものじゃないでしょ? 気楽にして自然に任せればいいんじゃない?」
「気楽に……?」
「案外さ、ある朝、目が覚めたらね、瞳と髪の色が変わってるかもしれないわよ」
顔をあげ、麻乃は巧をしげしげと見た。
「そんなふうに言われたことなんてなかった。自分でも考えもしなかった。そんな自然に起こるかもしれないなんて……」
「だから気負いすぎなんだって。普通よ。普通。それが一番よ」
「朝、起きたら訓練をして、戦争に出て、会議もして。そんなのも普通?」
「そうよ。だって私ら戦士だもの。そうそう、それから普通においしいものを食べたり、なんてね」
巧は笑って立ちあがると、麻乃の手からカップを取りあげて新しいコーヒーを注いでくれた。
そのまま部屋の小さな冷蔵庫の中から、ケーキを取り出して机に置いた。
「おクマちゃん特製のチーズケーキとかね」
「あっ、おクマさんのところ、チーズケーキも出してるんだ?」
「食べなよ」
「うん、いただきます」
巧は頬づえをついて麻乃のほうを見つめながら、ゆっくりと言った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる