蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
13 / 780
島国の戦士

第13話 過ちの記憶 ~修治 3~

しおりを挟む
 修治は当時八歳、麻乃はまだ六歳だったけれど、もう大人を相手にするほどの腕前になっていた。

 演習でのノルマは、道場ごとに色分けされ、それぞれの左腕に巻いた組みひもを、時間内に自分の道場以外から五本奪うこと。

 それは二人にとって至極簡単なことで、早々にノルマを達成すると、こっそり抜け出して西浜の防衛戦を見にいった。
 崖をあがった砦の近くに大きな銀杏の木があって、登ると海岸を一望できる。

 それまでも二人で何度も抜け出しては、銀杏の木にのぼり、戦闘を眺めていた。
 その日もちょうど襲撃があったようだった。
 敵軍はヘイト。
 兵数も多かったのに、泉翔の戦士たちは決して多くはない隊員数で、倍以上の敵をあっと言う間に倒していた。

 その姿に魅せられ、いつか自分たちもあの場所に立つんだと抜け出してくるたびに互いに誓いあった。
 修治と麻乃の目ざす姿が、そこにあったから。
 高揚する気持ちを抑えきれないままに、もう一度、海岸に目を向けると、堤防のあたりで戦士たちが忙しなく動いているのに気づいた。

「なんだろう? なにかあったのかな?」

「修治、あっち!」

 麻乃が指をさしたほうを見ると、敵兵がよろめきながら砦に続いている道を走ってくる姿があった。

「堤防を抜けられたんだ……」

 これまで、こんなことは一度もなかった。
 戦士たちが堤防を抜けられるなんて。

 砦は今、使われていないけれど、武器が保管されていることは知っている。
 海岸の様子から見て、何人かが追ってきてはいるだろうけれど、追いつく前に敵兵が砦に気づいたらどうするんだろう。
 崖をおりた森では、今まさに演習中で、そのさらに向こうには街がある。

(もしも武器を取って入り込まれたら――)

 フッと不安がよぎる。麻乃が身を寄せ、声をひそめてつぶやいた。

「修治、あいつらこっちにくるよ」

 修治は麻乃を見た。
 麻乃も修治を見ていた。

 敵は手負いだ。
 一人は痩せている。
 もう一人は背が低くて小さい。

 どちらも頼りなさそうに見える。
 演習を抜け出してきたから武器はある。

(俺たち二人なら……麻乃と一緒なら、きっと倒せる)

 そう思った。
 案の定、砦に気づいたやつらがこっちに向かってくる。

 息を殺してその様子をうかがいながら、敵兵が木の下を通り抜けるとき、意を決して枝から飛び降りた。
 その勢いで修治が痩せたほうの首筋を肘で打って倒した。
 驚いて振り向いた小さいほうには、麻乃がすばやく足の腱を斬って動きを止めた。

(やった――!)

 と思った。思ったより簡単に倒せた、と。
 ホッとして冷や汗をぬぐったその腕をうしろからつかまれ、修治は木の幹に叩きつけられた。

 打ち込みが浅かったのだろうか。

 痩せたやつは首をもみほぐしながら、修治の前に立ちふさがった。
 ハッとしてこちらを振りかえった麻乃の首を、もう一人の小さいやつがつかんで締めあげたとき、追ってきた隊員が二人、その場に着いた。
 それが麻乃の両親だった。

「おまえたち……どうしてこんなところに!」

 驚いて叫んだ麻乃の両親、その顔色が変わった。
 敵兵は子どもごときに一度でも倒されたことでひどく憤っていた。

 麻乃の首を絞める手にいっそう力が入った瞬間、修治は持っていた剣を小さいやつの背中をめがけて投げつけ、麻乃は残った力を振り絞って、敵兵の脇腹を蹴りあげた。

 敵兵が反撃にひるんだその瞬間に、麻乃の両親が動いた。
 なんの合図をしなくても二人の息は合っていて、父親が修治を押さえていた痩せたやつを、倒れた麻乃を抱きあげた母親が小さいやつを斬り倒した。

 たった一撃で、麻乃の両親は敵兵の命を確実に奪っていた。

「修治、怪我はないか?」

「……うん」

 麻乃の父親に手を借りて立ちあがった修治の目に入ったのは、麻乃の母親が前のめりに倒れるところだった。

 堤防を抜けた敵は二人だけじゃなかった。
 麻乃の母親は、木陰に潜んでいた敵兵に至近距離からボウガンで背を撃たれていた。

「麻美――!」

 駆け寄ろうとした父親の太ももをまた別の敵が放った弓矢がつらぬいた。
 父親の背後からあらわれた大柄の敵兵が、その背に槍を突き立てた。
 声も出せずに立ちすくんだ修治の耳に、麻乃の声が届いた。

「おかあさん……?」

 かばうように麻乃を抱きしめたまま、動かない母親の背中をモゾモゾと小さな手がなぞっていた。
 血に濡れた手を見た瞬間、麻乃はキレた。
 悲鳴にも似た叫び声をあげると、母親が握っていた刀を取って体の下から飛び出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

処理中です...