蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第1話 はじまりの刻

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 ――昔。

 周囲を山や谷、川と海に囲まれた小さなこの国。
 人々は土地を耕して育み、皆が静かにつつましく暮らしていた。

 国の中心にある森の泉のほとりには、古くから人々が信仰する女神さまをお祀りしていた。
 祭事は選ばれた巫女たちが執り行い、春先には作付け、秋の収穫時期、また、気候による注意すべきことを、女神さまのご神託として伝えてくれる。

「みなさま、今年は例年よりも春の気温が上がりにくいようです。作付けの時期はひと月ほど遅らせるのが良いでしょう」

「夏は例年よりも少しばかり雨が多いようです。作物の育ちが悪くなるやもしれません。食糧は多めに保管されているでしょうが、無駄のないよう、注意を払って管理するように」

 各村や集落の長たちが集まり、巫女たちのご神託を聞いて、田畑を育んでいた。
 豊作のときには、多めに食糧を保管しているため、国民たちは不作の年でも飢えることなく過ごせている。
 そうやって長い間、この国の人々は平穏に幸せに過ごしてきた。

 年月がたち、やがて人々は山や谷を越え、別の国の人々と交流するようになった。
 往来しやすいように谷や川のあちこちに橋が掛かると、突然やって来たのは甲冑をまとい武器をたずさえた冷酷な兵士たちだ。

 資材や食糧を奪いつくし、男手を中心に多くの若者が連れ去られてしまった。
 残された年寄りや女、子どもへの手荒い仕打ちや殺りく――。
 これまで争いとは縁のなかった国の人々は、あらがう術も知らず、なすがまま、抵抗することもできずにいた。
 嵐のようにやってきた他国の兵士たちが去ったあと、荒れ果てた土地を前に、人々は茫然と立ち尽くした。

「こんなにも田畑を荒されてしまったというのに、残された若者たちは数少ない……」

「それでも、どうにか再建しなければ、蓄えもなにもかも持ち去られてしまったのだから……」

 悲しみに暮れながらも荒らされた田畑をもう一度耕し、これまでの生活を続けることしかできなかった。
 ところが、ようやく落ち着いたと思えるころになると、またほかの国の兵士たちがやってきては、すべてを奪い去ってゆく。
 せっかくの蓄えも底をつき、人々の暮らしはいよいよ立ち行かなくなってきた。

「埒が明かない……このままでは、この国は滅ぼされてしまう」

「一体、他国はどうなっているんだ? この国から奪いつくして贅沢な暮らしをしているんだろうか?」

 困り果てた人々は兵士たちが去ったのち、ひそかに他国の様子を覗きに行った。
 山や谷の向こうにあったのは、木々や草花が枯れ果て、ろくに動物もいない広大な大地だった。
 自分たちの国とあまりにも違うことに、ただ驚いた。

「こんなにも荒れた土地では作物も育たず、この国に奪いに来るのも当然だ」

「だからといって、これまでのように奪われ、殺されてしまうだけではたまらない」

 抵抗しなければならないけれど、これまで戦うという経験をしたことがなく、どうしたら良いのかわからないまま、人々は悩むばかりだった。
 そんなとき、巫女の長がご神託を受けたと言って立ちあがった。

「明日の夕刻、連れ去られた多くのものたちが、女神さまの御力を借りて戻ってきます。その夜は全員が家の外には出ないように」
 
 これまでも巫女を通してご神託を受けてはいた。
 けれどそれは、作付けや収穫の時期にすぎない。

 人々に女神さまを信じる思いはある。
 それでも、これまでとはまったく違う巫女のお告げに誰もが半信半疑のまま、翌日を迎えた。

 夕刻になると、本当に連れ去られた多くの若者たちが戻ってきた。
 人々は喜びあい、そしてご神託のとおり、それぞれが家にこもった。

 その日は深夜になると強い嵐にみまわれ、大きな地震が起こった。
 誰もが怯えながら眠れぬ夜を過ごし、嵐の去った翌朝――。

 東側にあったはずの山がなくなり、北側と南側の谷は砂浜に、西側の海岸は深く切り込まれた入り江に変わっていた。
 
「女神さまは持てる力のすべてを使い、この島をかの地より引き離しました。これでもう無益な争いに巻き込まれることはなくなるでしょう」
 
 巫女の長は国の人々の前でそう言うけれど――。

「ですが、巫女長さま。私たちが連れ去られた土地には、四つの国がありました」

「それぞれの国にも、同じように守神さまの信仰が残っていたのです」

「しかし、争いばかりを繰り返しているあいだに、どの国の人々も守神さまを祀ることさえしなくなったようで……」

 ほうっ、と巫女の長は細く長いため息を漏らした。

「確かに、あの地では神はみな、眠りについてしまったのか、守護の力を感じることはありませんでした……」

 荒れ果て枯れる一方の土地を、わずかな糧を求めて四つの国が奪い合いを繰り返している。
 そんな彼らがこの国をみつけ、自分たちの命をつなぐのは豊かなこの地だけだと信じた。
 そして手に入れるべく新たな争いを始めたのだ。

 ある日、突然に消えたこの国を、彼らが放っておくだろうか。
 探さないとは思えない。
 今すぐではなくとも、いずれ必ずここへたどり着くだろう。
 
「今までのように、のんびりと暮らしていくだけでいいのだろうか?」

「もしもまた攻め込まれたら――?」
 
 島の人々は何日もかけて考えた。
 そしてついに決意した。

 いずれまた来るかもしれない侵略の手に怯えながら暮らすのではなく、この身を鍛え、いざというときには命を賭してもこの国を守る、と。
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