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井手口 隆久
第4話 わたしの四日目
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「井手口、いつもバイトばかりしているけどさ、学費って亡くなったご両親やお爺さんが残してくれていないの?」
クラス内で席替えがあり、曽根さんの斜め後ろの席になってから、曽根さんとはよく話すようになっていた。
家で飼っている犬の話しや、テレビドラマの話し、好きな音楽やよく読む本の話しなど、曽根さんはたくさんの話題を提供してくれて、わたしは聞くだけで精いっぱいだった。
聞いているだけでも曽根さんとの会話は楽しくて、わたしが今まで読んだ本は、ほとんどが曽根さんのおすすめだ。
ある放課後、バイトが休みだった日。
不意にきかれたのが「どうしてそんなにバイトばっかりしてるの?」だった。
曽根さんは良く、休みの日に映画に誘ってくれたけれど、わたしは毎回、バイトがあって断っていた。
それで、そんな疑問を感じたという。
「祖父母も親も、亡くなったのが子どものころだったし……そういうの、あったかどうかもわからないな……」
「でもさ、住んでいた家を売ったりしたんでしょ? そのお金だって、残ってないとおかしいじゃない?」
それは目からうろこだった。
言われてみれば、確かにそうだ。
家は最初は祖父の持ち家だったけれど、亡くなったときに父の名義に変更している。
家を売ったお金がどうなったのか、聞いたこともない。
それに、母が亡くなり、祖父母も亡くなり、父がわたしになにも残さずにいたとは思えない。
生命保険に入っていたんじゃあないだろうか?
父が残した遺産なら、受け継ぐべきは自分だけれど、そんな話しは今の今まで聞いたことがない。
秀樹おじさんと、江梨子おばさんが、いろいろと手続きをしてくれたことは覚えている。
二人がなにかを知っているに違いない。
「お葬式とかでさ、使ったとしてもね、保険金全部って、なかなかないと思うんだけど」
映像の中で曽根さんは、眉間にしわをよせて「私は絶対、おかしいと思うよ?」という。
――ああ。
この先は、あまり見たくない。
わたしはこの疑問を、自分の胸の内だけに収めておくことができなかったのだ。
「おばさん。聞きたいことがあるんだけど」
「なによ? 今、忙しいんだけど」
夕飯の支度をしている江梨子おばさんに、わたしは思いきって聞いてみることにした。
この日は、浩三おじさんは出張で関西にいっていたし、基樹も祥子も、帰る時間は遅いのを知っていたから。
「父さんの家、売ったお金ってどうなったの? それと、生命保険も入っていたんだけど」
生命保険に入っていたかどうかは、わたしにはわからなかったけれど、入っていたと信じて聞いた。
「――なんですって?」
「だから、家を売ったお金と父さんが入っていた保険金、そのこと、なにも聞いていないんだけど、そのお金って今、どうなっているの?」
洗いものをしている手を止め、振り返った江梨子おばさんの顔は、怒りに満ちた表情だ。
「そんなお金、いくらにもならなかったわよ!」
「いくらかにはなったんでしょ? 父さんの遺したお金なら、それは――」
「あんたを育てるのに、秀樹兄さんと折半したらそんなお金残りやしないわよ!」
家に住まわせてやって、そんなことを言われるなんて屈辱だ、そういって江梨子おばさんはわたしを罵倒した。
そんなのはおかしい。
わたしは秀樹おじさんのところでも、この家でも、二人に大金を使わせるようなことはしていないし、仮に光熱費や食費などが掛かったとしても、家を売ったお金や保険金が全部なくなるほどの贅沢なんてしていない。
それになにより、この家でわたしは食費の大半を、自分の預金でまかなっていた。
それを訴えても、わたしの話しを聞き入れようとしてくれない。
「バイト代だって、半分も渡していたんだよ? 父さんの遺したお金が全部なくなるなんてありえないじゃあないか!」
「そんなはした金! あっという間になくなるに決まっているじゃないの!」
はした金……。
わたしはその言葉に、愕然とした。
学校が終わってからの数時間、休みの土日や祝日を、友だちと過ごすこともなく一生懸命に働いて稼いだお金だ。
学費にしたくて預金したいのを我慢して、半分も取られて、はした金だという。
怒りなのか悲しみなのか、わからない感情で次の言葉がでないでいると、いつの間に帰ってきたのか、祥子がキッチンの入り口に立っていた。
「チョットお母さん……今の話、本当? 隆久のお父さんが残したお金、秀樹おじさんと二人で使っちゃったの?」
「祥子……あんた帰っていたの?」
「ねえ、隆久、バイト代を半分もお母さんに渡してたって、ホント?」
祥子がわたしの顔をのぞき込んで聞いてくる。
わたしは黙ったまま、うなずいた。
「……信じられない……お父さんも知ってるの? 基樹兄さんも?」
祥子に責められて江梨子おばさんはさらに怒り狂ってわたしに罵詈雑言を浴びせてきた。
居たたまれなくなったわたしは、上着と財布を手に家を飛び出した。
飛び出したところで行く当てもないわたしは、両親と祖父母が眠る墓へいき、墓石の脇で膝を抱えて夜を明かした。
翌朝、探しに来たのは基樹で、一度、家に戻ると、浩三おじさんが帰ってきていて、わたしを交えて今後のことを話し合った。
やっぱり江梨子おばさんと秀樹おじさんは、父の遺したお金を二人で分け、そのほとんどを使ってしまっていた。
浩三おじさんも基樹も祥子も、わたしに平謝りだったけれど、三人に責任はない。
浩三おじさんは、わたしがこの家に居づらいだろうからと、近くにアパートを借りてくれた。
大学への進学も、学費は負担してくれると申し出てくれたけれど、わたしはそれを断った。
高校卒業までは、アパートだけは借りてもらうことにして、卒業後は就職して、一人立ちすることに決めた。
クラス内で席替えがあり、曽根さんの斜め後ろの席になってから、曽根さんとはよく話すようになっていた。
家で飼っている犬の話しや、テレビドラマの話し、好きな音楽やよく読む本の話しなど、曽根さんはたくさんの話題を提供してくれて、わたしは聞くだけで精いっぱいだった。
聞いているだけでも曽根さんとの会話は楽しくて、わたしが今まで読んだ本は、ほとんどが曽根さんのおすすめだ。
ある放課後、バイトが休みだった日。
不意にきかれたのが「どうしてそんなにバイトばっかりしてるの?」だった。
曽根さんは良く、休みの日に映画に誘ってくれたけれど、わたしは毎回、バイトがあって断っていた。
それで、そんな疑問を感じたという。
「祖父母も親も、亡くなったのが子どものころだったし……そういうの、あったかどうかもわからないな……」
「でもさ、住んでいた家を売ったりしたんでしょ? そのお金だって、残ってないとおかしいじゃない?」
それは目からうろこだった。
言われてみれば、確かにそうだ。
家は最初は祖父の持ち家だったけれど、亡くなったときに父の名義に変更している。
家を売ったお金がどうなったのか、聞いたこともない。
それに、母が亡くなり、祖父母も亡くなり、父がわたしになにも残さずにいたとは思えない。
生命保険に入っていたんじゃあないだろうか?
父が残した遺産なら、受け継ぐべきは自分だけれど、そんな話しは今の今まで聞いたことがない。
秀樹おじさんと、江梨子おばさんが、いろいろと手続きをしてくれたことは覚えている。
二人がなにかを知っているに違いない。
「お葬式とかでさ、使ったとしてもね、保険金全部って、なかなかないと思うんだけど」
映像の中で曽根さんは、眉間にしわをよせて「私は絶対、おかしいと思うよ?」という。
――ああ。
この先は、あまり見たくない。
わたしはこの疑問を、自分の胸の内だけに収めておくことができなかったのだ。
「おばさん。聞きたいことがあるんだけど」
「なによ? 今、忙しいんだけど」
夕飯の支度をしている江梨子おばさんに、わたしは思いきって聞いてみることにした。
この日は、浩三おじさんは出張で関西にいっていたし、基樹も祥子も、帰る時間は遅いのを知っていたから。
「父さんの家、売ったお金ってどうなったの? それと、生命保険も入っていたんだけど」
生命保険に入っていたかどうかは、わたしにはわからなかったけれど、入っていたと信じて聞いた。
「――なんですって?」
「だから、家を売ったお金と父さんが入っていた保険金、そのこと、なにも聞いていないんだけど、そのお金って今、どうなっているの?」
洗いものをしている手を止め、振り返った江梨子おばさんの顔は、怒りに満ちた表情だ。
「そんなお金、いくらにもならなかったわよ!」
「いくらかにはなったんでしょ? 父さんの遺したお金なら、それは――」
「あんたを育てるのに、秀樹兄さんと折半したらそんなお金残りやしないわよ!」
家に住まわせてやって、そんなことを言われるなんて屈辱だ、そういって江梨子おばさんはわたしを罵倒した。
そんなのはおかしい。
わたしは秀樹おじさんのところでも、この家でも、二人に大金を使わせるようなことはしていないし、仮に光熱費や食費などが掛かったとしても、家を売ったお金や保険金が全部なくなるほどの贅沢なんてしていない。
それになにより、この家でわたしは食費の大半を、自分の預金でまかなっていた。
それを訴えても、わたしの話しを聞き入れようとしてくれない。
「バイト代だって、半分も渡していたんだよ? 父さんの遺したお金が全部なくなるなんてありえないじゃあないか!」
「そんなはした金! あっという間になくなるに決まっているじゃないの!」
はした金……。
わたしはその言葉に、愕然とした。
学校が終わってからの数時間、休みの土日や祝日を、友だちと過ごすこともなく一生懸命に働いて稼いだお金だ。
学費にしたくて預金したいのを我慢して、半分も取られて、はした金だという。
怒りなのか悲しみなのか、わからない感情で次の言葉がでないでいると、いつの間に帰ってきたのか、祥子がキッチンの入り口に立っていた。
「チョットお母さん……今の話、本当? 隆久のお父さんが残したお金、秀樹おじさんと二人で使っちゃったの?」
「祥子……あんた帰っていたの?」
「ねえ、隆久、バイト代を半分もお母さんに渡してたって、ホント?」
祥子がわたしの顔をのぞき込んで聞いてくる。
わたしは黙ったまま、うなずいた。
「……信じられない……お父さんも知ってるの? 基樹兄さんも?」
祥子に責められて江梨子おばさんはさらに怒り狂ってわたしに罵詈雑言を浴びせてきた。
居たたまれなくなったわたしは、上着と財布を手に家を飛び出した。
飛び出したところで行く当てもないわたしは、両親と祖父母が眠る墓へいき、墓石の脇で膝を抱えて夜を明かした。
翌朝、探しに来たのは基樹で、一度、家に戻ると、浩三おじさんが帰ってきていて、わたしを交えて今後のことを話し合った。
やっぱり江梨子おばさんと秀樹おじさんは、父の遺したお金を二人で分け、そのほとんどを使ってしまっていた。
浩三おじさんも基樹も祥子も、わたしに平謝りだったけれど、三人に責任はない。
浩三おじさんは、わたしがこの家に居づらいだろうからと、近くにアパートを借りてくれた。
大学への進学も、学費は負担してくれると申し出てくれたけれど、わたしはそれを断った。
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