ラスト・チケット

釜瑪 秋摩

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金田 千冬

第8話 旅立ち ~金田 千冬~

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 戻った部屋は、白の間ではなく、真っ赤な部屋だった。

「あの……ここは……? それにサキカワさんは……?」
「ここは『赤の間』でございます。そしてわたくしは、コンシェルジュのと申します」
「イバラギさん……あっ! あの、正樹は? 正樹はどこへ?」
「金田正樹さまでしたら、まだお時間が残っていますので、別室で待機されていらっしゃいます」
「……そうですか」

 それを聞いてホッとした。
 サキカワさんと同じような、にこやかな表情で「消滅したわけではございません」と、イバラギさんはいう。

「白の間に戻れなかったのは、やっぱりとり憑いたからですか? 正樹もこの赤の間に?」
「とり憑いたこと自体は、悪意を持ってのことではないと判定されています。ですが乱暴な行為があったのは事実でございます」

 イバラギさんはそういって僅かに顔をしかめてみせた。
 確かにあのとき、あの女を追い出すために突き飛ばしたりした。

「乱暴な行為があったため、金田さまにはペナルティーが発生しております」
「サキカワさんは、そういったことをすると大変なことになる、といっていましたけど、これが大変なことなんですか?」
「いいえ。大変なことになっていた場合、この部屋に戻ることもできませんので」
「じゃあ、私はどうしてこの『赤の間』に?」
「この『赤の間』は旅立ちのときに強い怒りの念を持っているかたが訪れる部屋でございます」
「怒り……」

 確かに私はこの七日間、どこかでずっと怒りの感情がうずまいていた。
 あの女にも、この事故で死んでしまったことも、そもそもこの事故を起こした、顔も名前も知らないにも。
 それに――。
 今は違うけれど……正樹にも。

「金田さまには、この『赤の間』から『白の間』とは違うルートで先へと進んでいただきます」

 大変なことではないけれど、この先のルートを進むことで私の中で燻ぶっている怒りの感情を、少しずつ解消していくという。

「その中には、先ほど申し上げたペナルティーも含まれるため、進むルートは通常より険しくなります」

 そのことに問題は感じない。もともと、駄目だといわれていたのに感情に任せて葬儀社の人にとり憑いたのは、私自身の意思だったのだから。
 ただ――。

「あの……正樹もやっぱり『赤の間』に? この先に一緒に進むことはできるんでしょうか?」
「申し訳ございません。ご一緒に進むということは、できかねます」
「そうなんですか……」

 急に不安に襲われた私に、イバラギさんはにこやかな表情を崩さずに話し始めた。

「どなたさまであっても、必ずお一人での旅立ちとなります。それはたとえご家族であっても同じでございます」

 大人でも子どもでも、それぞれが抱えるものを、自分の足で解消していかなければいけないという。
 言われていることはわかる。それでも、この先は一人だということが心細くて仕方がない。

「この先にはなにがあるのか、教えていただくことは……」
「わたくしの管轄は、この『赤の間』だけですので、この先になにがあるのか把握はしておりません」

 やっぱり教えてもらうことはできないのか。

「ですが、この先にもいくつかの部屋があり、生まれ変わる手順を踏んでいくと聞き及んでおります」

 ため息をこぼす私に、イバラギさんはそういった。

「生まれ変わる手順……ですか?」
「はい」

 それを聞いてホッとした。
 生まれ変わることができるならば、また正樹にも、いずれは両親や子どもたちに会うこともあるかもしれない。
 いや……きっと会いに行く。
 できればまた、家族になりたいから。

「それでは金田さま。金田さまには、あちらの扉から進んでいただきます」

 イバラギさんが指示したほうをみると、金色のドアノブがみえた。

「この先は金田さまにとって、険しい道になるかと思われますが、先へとたどり着けないような恐ろしい道ではございません。どうぞ安心して進んでいただけますよう、お願い申し上げます」
「大丈夫です。また生まれ変われるなら、多少険しくてもきっと頑張れます」

 イバラギさんは笑顔でうなずき、呼び鈴を鳴らすと深く頭を下げた。

「それでは金田さま、いってらっしゃいませ」

 イバラギさんの声を背中に聞きながら、私は子どもたちや正樹、両親や友だちの顔を思い出していた。
 きっとまた、会えると信じて扉を開いた。
 まぶしい光が体を包む。私は大きく一歩、踏み出した。

金田 千冬かねだ ちふゆ 38歳 女 会社員兼主婦 赤の間より旅立ち】
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