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第5話

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「……お嬢様、オデットお嬢様」

「……んっ。どうしたの?」

「そろそろシャルドーに到着するので起こしました。気持ちよく寝ていらしたので起こすのは偲びなかったですが」

 オデットはうーんと背伸びする。


 眠っている間、オデットは夢を見ていた。

 夢と言っても実際に過去に起きた出来事だ。


 ヴィエール学園の入学式。

 全てはあの日から始まっていたのである。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ヴィエール学園の入学式の日。

 入学式は学園の講堂で行われる。

 ちょうど新入生代表として壇上でアルノーが挨拶をしていた時、突然それまで閉まっていた講堂の出入り口の扉が開き、「いや~ん、寝坊しちゃった! 今日は入学式なのに!」などと言いながらパタパタと足音を立てて何者かが講堂に入って来た。


 その人物は肩くらいまでの長さのピンク色の髪に橙色の瞳の小柄な女子生徒だった。

 ピンクの髪はあちこちが跳ねており、いかにも寝坊して直す時間がなかったかのように見える。 

 着ている制服は規定の長さよりもだいぶスカートの裾が短かったが――規定では膝下の長さと決まっているが、彼女は膝上10センチで着用していた――、真新しい制服を着ていたので、新入生の一人だということが見て取れる。

 この女子生徒こそキャロリン・ルーキエ男爵令嬢だ。


 そんな人目を引く出で立ちで、目立つ行動をすれば良くも悪くも人目を引く。

 女子生徒達は”何、あの子。今は殿下の挨拶中なのに殿下より目立ってどうするのよ”、”見て、あのスカート。あんなに短くしてはしたない”、”あんなあちこち跳ねてる髪でよく入学式に臨もうと思いましたわね”などと彼女に好意的な目を向ける者はおらず、眉を顰めた。


 男子生徒達はそんな女子生徒達とは対照的だった。

 ”おい、見ろよ、あんなに太ももが見える。何かの拍子に下着が見えそうだ”、”よく見たら顔もまあまあじゃないか。あんな格好をしているくらいだ。火遊び相手には丁度いいかもな”など年齢相応の男子らしい欲望の籠った目で見ていた。


 その時壇上にいたアルノーも例外ではなく、キャロリンに興味を持った。

 ”面白い女”として。 

 王太子である彼の周囲には貴族令嬢・夫人の見本と言える女性しかおらず、彼女の格好や言動はアルノーの目にはとても新鮮に映った。


 それからの展開は早かった。

 彼女は入学後、美形で爵位の高い貴族令息に片っ端から粉をかけて回り、自分の取り巻きを形成した。


 大きく口をあけて笑ったり、貴族令嬢はまずやらないようなベタベタと触る過剰なスキンシップにくるくると変わる表情。

 そんな令嬢を見たことがない物珍しさで彼女にコロっと堕ちた令息は意外と少なくはない。

 彼女に堕ちた令息の中で婚約者がいる令息は、当然のことながら婚約者との間で修羅場が発生し、何人かは婚約が解消される事態となった。


 キャロリンは学園に入学する半年前に、実はルーキエ男爵の隠し子だったことが発覚して平民から男爵令嬢になった。

 なので、貴族者社会には染まっておらず、未だに平民だった時の思考回路や言動が抜けていない。

 
 取り巻きの中で誰がキャロリンに選ばれるのかと囁かれ始めた頃、彼女がアルノーにアプローチを始めた。

 取り巻きを作ったことで妙な自信を付けて、”狙うならやっぱり王子様よね~。権力も財力もあってイケメンだし~”と動き始めたのだ。

 アルノーはアルノーで入学式の時点で既にキャロリンのことを”面白い女”として認識していた為、彼女が接近してきた時も普通に受け入れ、交流を重ねる内に結果として彼女に嵌まってしまった。

 最終的に彼女に選ばれたのはアルノーだが、取り巻きは依然として形成されたままだった。


 学園の生徒達は令息も令嬢も皆、アルノーとキャロリンのカップルを冷ややかな目で見ていた。


 彼女に対する認識は阿婆擦れ令嬢、アルノーに対する認識は脳内花畑殿下ということで見解は一致していた。

 キャロリンは色々な令息に粉をかけて回っていたことは有名である上、アルノーとくっ付いた時点で取り巻きを解消していない。

 要するに多情な女で、殿下と付き合いながらもキープがいるという状況だ。

 殿下と彼女の取り巻きの中で、誰と肉体関係があっても不思議ではない。


 殿下は国の為に結ばれた婚約者がいるのに、キャロリンと付き合っている。

 オデットはアルバネル公爵家という国でも随一の権勢を誇る公爵家の娘で、その実家の影響力は抜きにしても本人自体も賢く美人である。

 そんな令嬢を婚約者に持ちながらも身持ちの悪い阿婆擦れ男爵令嬢とくっ付いたアルノーの評判はガタ落ちだ。


 オデットはアルノーとキャロリンのことを国王と自分の父親に報告したが、学生時代の火遊びだろうから多めに見ろとどちらも真剣には取り合って貰えなかった。

 アルノーが一人でいる時に注意をしに行っても、うるさそうな顔をするばかり。

 アルノーでさえこんな状態なのにキャロリンに注意しても聞く訳がない。

 そもそも注意して言うことを聞くような令嬢ならば、最初から他人の婚約者を奪うという発想にならない。

 
 二人は付き合い続け、そして、そのまま卒業の日を迎えた。

 ただ一つオデットにとって良かったことは、キャロリンが罪状をでっち上げてオデットを嵌めて、アルノーと婚約破棄へ持ち込まなかったことだ。


 尤もそれもオデットを婚約者としてキープしながら、オデットに仕事をやらせ、愛しているキャロリンとも結婚するという狡く傲慢なアルノーがキャロリンに言い含めた結果だろう。


 斯くして卒業後に呼び出され、キャロルを正妃にして、オデットを側妃にすると言われた状況に繋がる。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「起こしてくれてありがとうございます」

「夢でも見ていたのですか? 途中寝言が聞こえてきましたよ」

「えっ!? 寝言!?」

「ええ。アルノー殿下とかキャロリンとか言っていましたが……」

「夢というより過去を思い出していたのですわ。学園時代の過去です」

「お嬢様はアルノー殿下のことを愛していたのですか?」

「いいえ。殿下に対して、そんな気持ちを持ったことはないわ。私に課せられた仕事は殿下と共に国をより良くすることだったから。それは逃げ出したから、もう私がとやかく言うことはないけれど」

「そうだったのですね。さっ、もう着きましたから馬車から降りましょうか」

「ええ。シャルドーの街は初めて行くのでどんな場所か楽しみですわ」
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