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第4話
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屋敷を抜け出したオデットとベルナールは王都の下町に向かう。
旅の資金はオデットが持っていた宝石類の中で、重要度が低く不要なものをいくつか質屋に持ち込み、売却したことで手に入れた。
例えばアルノーからの誕生日の贈り物。
オデットは手放すのが惜しいなんて思わなかった。
学園時代の学園休校日に、たまたまオデットが用事があって王宮のアルノーの執務室を訪ね、扉をノックしようとした時に、扉が完全に締め切られておらず、わずかに開いていた為に、アルノーと侍従の会話が漏れ聞こえてきた。
「殿下、今年のオデット様へのお誕生日の贈り物はまた私が手配すればよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ。カードもお前が書け」
「ご自分の婚約者へのお祝いくらいご自分ですればよろしいのに。こんなことを知ったら、オデット様は悲しみますよ?」
「別にいい。私が必要なのはあの女の実家の権力とあの女自身の政務能力だけだ。ご機嫌取りは適当にしておけばよい」
「そんなこと言って……。いつか痛い目を見ても知りませんからね」
オデットは用事はあったが、くるりと踵を返した。
その会話はオデットを傷つけるには十分だった。
この会話を聞いた時点でアルノーからの誕生日の贈り物に特別な思い入れはなくなった。
名入りで作られたオーダーメイドの品で、売却したらすぐに売却したことが発覚するような品ではなかったというのもある。
なので当面のお金はまだ余裕がある。
余裕はあるがいつまでもある訳ではないので、今後のことを考えると無駄遣いは出来ない。
二人は馬車の乗り合い所まで移動し、受付で名前を告げ――本名を告げると不都合な為、ここで告げたのは当然偽名になる――予約していた馬車まで案内してもらう。
御者に代金を支払い、馬車に乗り込む。
「オデットお嬢様、まずはこの馬車にのって王都から離れます。二時間程度乗って、シャルドーという割と大きな街へ行き、そこで乗り換えです」
「シャルドーって確か王都から見ると南の方よね?」
「そうです。お昼前にはそこに到着するので、到着したらどこかお店で軽食を食べましょう」
「それが良さそうですわね。朝、早かったから眠たいですわ。少し寝ていてもいいかしら?」
「私は起きていますので、お嬢様は眠って頂いて構いませんよ。いつもの公爵家の馬車のように広くて振動も少ないという訳にはいきませんが……」
「公爵家の馬車は使えないのはわかっておりましたから。では、私は寝ますわね」
「着きそうになったら起こしますので、それまでお休みなさい」
ベルナールの言葉を聞いて、すぐオデットはすーすーと寝息を立てて眠る。
「そろそろあちらはお嬢様が結婚式に来ないことが発覚した頃でしょうか。花嫁に逃げられた花婿と旦那様は怒り狂っているでしょうが自業自得です。お嬢様のお気持ちを考えないから、こんなことになるのです」
ベルナールはオデットのさらさらした絹糸のような淡い金色の髪を優しく撫でる。
いつもは理知的に煌めいている碧眼は今は閉じられている。
「お嬢様は私が幸せにします。アルノー殿下にはお嬢様は勿体ない」
ベルナールにとってオデットは全てだった。
自分が抱えている思いは恋などという可愛らしい感情ではないことはとうに理解している。
お嬢様と自分では身分差があり、結ばれようもない。
それを分かっていたからこそ、アルノー王太子殿下とオデットが婚約した時も大人しく指をくわえて見ているしかなかった。
この感情はひた隠しにしてオデットに悟らせないようにしていた。
それがここに来てまさかの急展開だった。
自分に転がり込んだチャンスをむざむざ逃がすつもりはない。
オデットが相談した相手が自分ということも都合が良かった。
まずはラリアーノ王国までの旅だ。
まずは頼りになるところを見せつけて、それから徐々に私を単なる従者ではなく、男として意識させよう。
幸い庶民の一般的な生活等についてはオデットよりもベルナールの方が詳しい。
ベルナールはそう決意していた――。
旅の資金はオデットが持っていた宝石類の中で、重要度が低く不要なものをいくつか質屋に持ち込み、売却したことで手に入れた。
例えばアルノーからの誕生日の贈り物。
オデットは手放すのが惜しいなんて思わなかった。
学園時代の学園休校日に、たまたまオデットが用事があって王宮のアルノーの執務室を訪ね、扉をノックしようとした時に、扉が完全に締め切られておらず、わずかに開いていた為に、アルノーと侍従の会話が漏れ聞こえてきた。
「殿下、今年のオデット様へのお誕生日の贈り物はまた私が手配すればよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ。カードもお前が書け」
「ご自分の婚約者へのお祝いくらいご自分ですればよろしいのに。こんなことを知ったら、オデット様は悲しみますよ?」
「別にいい。私が必要なのはあの女の実家の権力とあの女自身の政務能力だけだ。ご機嫌取りは適当にしておけばよい」
「そんなこと言って……。いつか痛い目を見ても知りませんからね」
オデットは用事はあったが、くるりと踵を返した。
その会話はオデットを傷つけるには十分だった。
この会話を聞いた時点でアルノーからの誕生日の贈り物に特別な思い入れはなくなった。
名入りで作られたオーダーメイドの品で、売却したらすぐに売却したことが発覚するような品ではなかったというのもある。
なので当面のお金はまだ余裕がある。
余裕はあるがいつまでもある訳ではないので、今後のことを考えると無駄遣いは出来ない。
二人は馬車の乗り合い所まで移動し、受付で名前を告げ――本名を告げると不都合な為、ここで告げたのは当然偽名になる――予約していた馬車まで案内してもらう。
御者に代金を支払い、馬車に乗り込む。
「オデットお嬢様、まずはこの馬車にのって王都から離れます。二時間程度乗って、シャルドーという割と大きな街へ行き、そこで乗り換えです」
「シャルドーって確か王都から見ると南の方よね?」
「そうです。お昼前にはそこに到着するので、到着したらどこかお店で軽食を食べましょう」
「それが良さそうですわね。朝、早かったから眠たいですわ。少し寝ていてもいいかしら?」
「私は起きていますので、お嬢様は眠って頂いて構いませんよ。いつもの公爵家の馬車のように広くて振動も少ないという訳にはいきませんが……」
「公爵家の馬車は使えないのはわかっておりましたから。では、私は寝ますわね」
「着きそうになったら起こしますので、それまでお休みなさい」
ベルナールの言葉を聞いて、すぐオデットはすーすーと寝息を立てて眠る。
「そろそろあちらはお嬢様が結婚式に来ないことが発覚した頃でしょうか。花嫁に逃げられた花婿と旦那様は怒り狂っているでしょうが自業自得です。お嬢様のお気持ちを考えないから、こんなことになるのです」
ベルナールはオデットのさらさらした絹糸のような淡い金色の髪を優しく撫でる。
いつもは理知的に煌めいている碧眼は今は閉じられている。
「お嬢様は私が幸せにします。アルノー殿下にはお嬢様は勿体ない」
ベルナールにとってオデットは全てだった。
自分が抱えている思いは恋などという可愛らしい感情ではないことはとうに理解している。
お嬢様と自分では身分差があり、結ばれようもない。
それを分かっていたからこそ、アルノー王太子殿下とオデットが婚約した時も大人しく指をくわえて見ているしかなかった。
この感情はひた隠しにしてオデットに悟らせないようにしていた。
それがここに来てまさかの急展開だった。
自分に転がり込んだチャンスをむざむざ逃がすつもりはない。
オデットが相談した相手が自分ということも都合が良かった。
まずはラリアーノ王国までの旅だ。
まずは頼りになるところを見せつけて、それから徐々に私を単なる従者ではなく、男として意識させよう。
幸い庶民の一般的な生活等についてはオデットよりもベルナールの方が詳しい。
ベルナールはそう決意していた――。
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