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負傷者
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ナオキは痛みを感じて目を覚ました。
……ここは……どこだ? 身体中が痛い……
「ナオキ!? 目が覚めたの?」
『ガタッ』と音を立てながら明日香の声が聞こえる。椅子から立ち上がったようだ。
「ナオキ……私のこと分かる?」
「あ、明日香だろ……」
しゃべると背中が酷く痛んだ。痛みに耐えながら顔だけ向きを変え、明日香の顔を見た。目に涙を溜めながら笑顔を浮かべている。
「ナオキ……丸一日起きなかったんだよ。良かった。ちょっと待ってて、八京さん呼んでくるから」
明日香は扉を開け走っていった。扉は開けっぱなしになっている。
丸一日寝てた……
背中の痛みを感じながらナオキは痛みの原因を思い返した。
――オレ、そう言えばゴブリンに――
殺されかけた……今ナオキは生きている。確かにあの時ナオキは自分の死を覚悟した。そして意識を失う直前八京の背中を見た気がした。
あれは幻じゃなかったんだ……
遠くから足音が近づいてくる。ほどなくして八京と明日香が部屋に入ってきた。
「ナオキ君! 良かった。気が付いたんだね」
「八京さん、オレ――」
「アナタ本当に間一髪だったんだから! ゴブリンが槍を振り下ろした瞬間に八京さんが現れて、一瞬でゴブリンをやっつけたの。八京さんに感謝しなさい」
誰のおかけでこんな目にあったと思ってるんだ。
そう思う反面、八京には感謝している。
「やっぱりそうだったんだ。八京さん、本当にありがとうございます」
痛みを堪えながら頭を動かした。今のナオキに出来る精一杯の感謝だった。
「当然のことをしたまでだよ。それに、もっと早く二人を見つけていればこんなに怪我を負わせることも無かったんだ。僕こそごめん」
八京はナオキに対し深く頭を下げた。
「そんな……頭を上げてください。勝手に行動したのはオレたちだし。八京さんは全然悪くないですよ」
「そうよ。八京さんは謝る必要なんか無いわ。私たち二人が悪いのよ」
明日香……そこはせめて『私が悪い』って言ってほしかった……
「でも二人から目を離したのは僕だ。これは監督者としての僕の責任なんだ。もっと慎重に行動していればよかった。本当に申し訳ない」
尚も八京は頭を下げている。
無理をしてでも明日香を引き留めておけば良かった。
そう後悔し、本当に八京には申し訳なかったと感じてしまう。
「そんなことないです。オレも明日香もこうして生きている。それは八京さんが助けてくれたからじゃないですか。それなのに八京さんが悪いなんて思えません。ホントに感謝してます」
あの瞬間、間違いなくナオキは死んでいた。それを八京は救ってくれたのだ。紛れもなく八京は英雄だった。
やっと八京は頭を上げた。しかし、その顔は曇ったままだ。
「今回のこと、本当にすいませんでした。勝手に行動して……八京さんに迷惑をかけて……オレ、今回のことで改めてこの世界の恐ろしさを実感しました。ホント馬鹿なことをやったと思ってます」
魔物と戦う――想像していた以上に恐ろしかった。身体が思うように動かなかった。覚悟が足りなかった。こっちが命を取ろうとすれば当然向こうも反撃をしてくる。こんな簡単なことが分かっているようでわかっていなかった。
「八京さん。ナオキもこんなに反省してるんだからもうこの話はこれで終わりにしましょ?」
「明日香……お前はもっと反省しろよ。あと、オレに対して謝ったほうがいいぞ。元はと言えばお前が――」
「わーわーわー! ナオキ。私だって反省してるよ! だからそれ以上は言わなくって大丈夫だから!」
言いたいことを明日香に遮られてしまった。
「それに、私だって八京さんに謝ったし、ナオキのことも反省してアナタの看病してたんだよ」
「オレの看病ぉ? どうせ暇なときにちょっと見に来た程度だろ」
「ひっどーい。そんなことないもん」
「ナオキ君。明日香さんはナオキ君がここに運ばれてから、一睡もせずにずっと看病してたんだよ」
「え? そうなのか?」
意外だった。
「そうよ。私、心配で一睡もしてないんだから。少しは私に感謝しなさいよ」
「明日香……そういうこと自分で言うから有難さが薄れるんだよ。お前が何も言わずに八京さんが教えてくれてたらオレだって……プッ……アハハハ……イテテ……」
明日香とのやり取りで沈んでいた空気が和らぎ思わず笑ってしまった。明日香に対して、多少の怒りもあったがそれも許そうと思った。
「ちょっと、何でそこで笑うのよ!」
明日香は頬を膨らませた。
そのやり取りを見ていた八京も笑いを堪えている。
「あー! 八京さんも笑おうとしてる。ねぇ何で笑ってるのよ」
尚も明日香は膨れている。
そうだ。オレも明日香も危険な目にあった。でもこうやって生きて帰ってくることが出来た。そしてこうやって笑っていられる。これががとても大事なことなんだ。
「そういえば明日香。怪我は大丈夫なのか?」
自分のことばかりで忘れていたが、明日香も攻撃を受けていた。
「あー、私のは大丈夫。スグに八京さんが回復魔法で癒してくれたから」
「回復魔法? 八京さん出来るんですか!?」
初耳だった。確かに八京が魔法を使えることは知っていたが、どんな魔法を使えるのかは知らされていなかった。
「少しだけね。ちょっとした打ち身とか切り傷を治す程度だよ。ナオキ君みたいにダメージが大きいのは僕には治せないんだ」
「そうだったんですか……」
「僕は回復系専門じゃないから、ナオキ君をスグに治せなくてごめん。でも、明日には回復魔法のスペシャリストが帰ってくるはずだから、それまで我慢してもらえるかな」
回復魔法のスペシャリスト。どんな人だろう――
「大丈夫です。全然待てます。でも、八京さんは回復のほかにはどんな魔法が使えるんですか?」
「僕は水と風と土の魔法を使うんだ。ホント回復魔法はおまけ程度なんだよ」
「3種類も使えるんですか!? やっぱり八京さんは凄いですね」
それに比べてオレは――
「まだまだだよ。それに僕は剣での戦闘に特化してるから、魔法専門の人には敵わないよ」
それでも3種類の属性を扱えるなんて……
「ナオキは属性無いもんねぇ。やっぱり羨ましいでしょ?」
心の中を読んだように明日香は言った。その顔には意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「うるさいなぁ。オレのことは良いんだよ。今は八京さんが攻撃魔法のほかに回復魔法を使えることが凄いって思ってたんだ」
剣の腕前は誰もが認め、攻撃魔法に回復魔法。八京は天才なのだろう。
「だから回復は気休め程度だから……そこを誤解しないでね」
慌てて八京が訂正に入る。
「でも八京さんの回復魔法気持ち良かったぁ。私、また怪我したら八京さんに治してもらおっと」
どさくさに紛れて八京の腕に明日香は抱きついた。
なるほど。怪我はしたが明日香は結果オーライだったわけだ。オレなんて痛みに耐えているのに……
「明日香さん怪我はしないほうがいいよ。僕が毎回治せる保証も無いんだし」
「大丈夫ですよ。私そんなに大きな怪我しないですから。今回だって、ゴブリンの攻撃よりナオキに突き飛ばされた時のダメージのほうが大きかったんですよ」
「えっ? そうなの!?」
「そうよ。ナオキ、私を思いっきり突き飛ばしたでしょ? アレ痛かったんだから」
ナオキに突き飛ばされた辺りをさすっている。
確かに、あの時は無我夢中で明日香を思いっきり突き飛ばした。思えば、この世界のリスターターはかなりの力を持っているのだ。手加減をしなければ大怪我をさせていたかもしれない。
「……ごめん。あの時はそんな余裕がなくって、思わず突き飛ばした」
急にしおらしくなったナオキに慌てた明日香は両手を前に出しながら――
「ちょっと。冗談よ冗談。確かにナオキの突き飛ばしのほうが痛かったけど……それだって大したことなかったんだから。むしろナオキがいなかったら私が大怪我をしてたかもしれないし、感謝してるのよ」
うん。あれはオレが行動しなかったら明日香は危なかった。だけど――
「けど、オレが初めからゴブリンを攻撃してれば状況は違ってた……」
「それはもう過ぎたことだから。後悔しても仕方ないよ。結果的に二人は無事だったんだ。重要なのは、過去の過ちを振り返って、今後はどうしたらいいかを考えて行動することだよ」
八京の言う通りだ。今回のことを踏まえてこれからどうしたらいいのか考えなければいけない。
「――八京さん。オレ、もっと強くなりたいです! そりゃあ、まだ魔物を攻撃できるか分からないけど……でも今出来ることは、オレが強くなって、明日香や他の人が傷つかないようにすることだと思うから。だから……オレにもっといろいろ教えてください」
そうだ。まずは強くならないと何も出来ない。八京さんのように強くなって皆を守りたい
八京がナオキをじっと見つめている。
「……分かった。僕も出来る限り協力するよ。でもその前に身体をしっかり治さないと、何も出来ないからね」
「そ、そうでした。先ずは身体を治します」
「ナオキィ折角カッコいいこと言ったのに相変わらず締まらないよね。まったく……でもそこがナオキらしいけど」
明日香も八京も笑い出した。
せっかくの決意が台無しだ……けど、この気持ちは本物だ。絶対に強くなる。
「ホントにナオキ君が大丈夫そうでホッとしたよ。じゃあ、僕はそろそろ行くから。明日の準備もあるしね」
「明日? 何かあるんですか?」
「明日はまたあっちの世界から一人召喚されるんだよ。で、また僕が立ち合いをやるからその準備が必要なんだ」
初めて聞いた……いや前にそんな話してたっけ……
「ナオキ。城外の訓練前に八京さん話してたよ。アナタ訓練のことで頭がいっぱいで聞いてなかったんでしょ?」
明日香が呆れている。だが確かに言っていたような気もする。
「う~ん……すいません。やっぱり覚えてません」
「別にいいよ。先ずは自分のことに専念しなきゃ。じゃあナオキ君また来るよ」
そう言って八京は部屋を出ていった。部屋にはナオキと明日香の二人になり、沈黙の時間が流れた。
「……明日香。お前、八京さんになんて説明したんだよ? 明日香が今回のこと提案したの言ってないだろ?」
「やっぱバレた? 私がナオキを誘ったの言い辛くって……思わず二人で話してるうちに決まったって言っちゃった」
テヘペロ
いたずらがバレた子供のように明日香は笑いながら白状した。
「やっぱり……オレが明日香に謝るように言おうとした時、急に遮ったからそうだと思ったんだよ」
「だって、八京さんに嫌われたくなかったんだもん。ナオキお願い。話合わせて」
両手を合わせた明日香は言った。
別に明日香が誘おうと二人で決めようとナオキはどっちでも良かった。
「まぁいいよ。結果的に二人でやったことだから。話合わせてやるよ」
「ホント!? ありがとう。ナオキのそういうとこ好きだぞ! 八京さんがいなかったら私、ナオキのこと好きになってるわ」
「はいはい。ありがとうございます」
都合が良い奴
「え? 褒めてるのよ? ナオキのこと2番目に好きだってことだよ?」
「え?」
意外な言葉がきて戸惑った。2番目とはいえ女子に好きだなんて言われたことが無いから当然だ。
「あ、何? もしかして照れてるの? カワイイ」
ニヤついた顔で明日香がこちらを覗き込んでいる。
明日香との距離が近すぎて顔を背けてしまった。これではそうだと言っているようなものだ。
「う、ウルサイなぁ。別にいいだろ! 今までそんなこと言われたこと無かったんだから……仕方ないだろ」
「へぇ~そうなんだぁ。ナオキって、顔は悪くないんだから、もしかしたら元の世界でナオキのこと好きな子だっていたかもしれないよ? こっちの世界に来て残念だったね」
明日香のニヤケ顔は続いている。完全におちょくられている。
「もういいだろ! オレは意識戻ったし。明日香も自分の部屋に戻って休めよ」
恥ずかしすぎてもう限界だった。
「え~。もう少しナオキの反応見てたかったけどなぁ。でもナオキ元気そうだし、私も戻って寝よっかな」
是非そうしてくれ
「いろいろあったけどオレは大丈夫だから。だからゆっくり寝ろよ」
「分かったわ。確かに安心して少し眠くなったみたい。じゃあこれでおいとましますか」
明日香は扉に向って歩いたがノブに手を掛けた時、こちらを振り向いた。
「ナオキ。あの時助けてくれてありがとう。嬉しかったよ」
その笑顔は今まで見た中で一番のものだった。ナオキはその笑顔に見惚れ言葉を失った。
「じゃあね。おやすみ」
そう言って扉は締まった。途端に静けさがこの部屋を包んだ。
ナオキは視線を扉から天井に向け、やがて眼を閉じて毛布をかぶった。
……2番目でも悪くないかも……
完全に浮かれていた。毛布の中でナオキの顔は緩みまくっている。
……ここは……どこだ? 身体中が痛い……
「ナオキ!? 目が覚めたの?」
『ガタッ』と音を立てながら明日香の声が聞こえる。椅子から立ち上がったようだ。
「ナオキ……私のこと分かる?」
「あ、明日香だろ……」
しゃべると背中が酷く痛んだ。痛みに耐えながら顔だけ向きを変え、明日香の顔を見た。目に涙を溜めながら笑顔を浮かべている。
「ナオキ……丸一日起きなかったんだよ。良かった。ちょっと待ってて、八京さん呼んでくるから」
明日香は扉を開け走っていった。扉は開けっぱなしになっている。
丸一日寝てた……
背中の痛みを感じながらナオキは痛みの原因を思い返した。
――オレ、そう言えばゴブリンに――
殺されかけた……今ナオキは生きている。確かにあの時ナオキは自分の死を覚悟した。そして意識を失う直前八京の背中を見た気がした。
あれは幻じゃなかったんだ……
遠くから足音が近づいてくる。ほどなくして八京と明日香が部屋に入ってきた。
「ナオキ君! 良かった。気が付いたんだね」
「八京さん、オレ――」
「アナタ本当に間一髪だったんだから! ゴブリンが槍を振り下ろした瞬間に八京さんが現れて、一瞬でゴブリンをやっつけたの。八京さんに感謝しなさい」
誰のおかけでこんな目にあったと思ってるんだ。
そう思う反面、八京には感謝している。
「やっぱりそうだったんだ。八京さん、本当にありがとうございます」
痛みを堪えながら頭を動かした。今のナオキに出来る精一杯の感謝だった。
「当然のことをしたまでだよ。それに、もっと早く二人を見つけていればこんなに怪我を負わせることも無かったんだ。僕こそごめん」
八京はナオキに対し深く頭を下げた。
「そんな……頭を上げてください。勝手に行動したのはオレたちだし。八京さんは全然悪くないですよ」
「そうよ。八京さんは謝る必要なんか無いわ。私たち二人が悪いのよ」
明日香……そこはせめて『私が悪い』って言ってほしかった……
「でも二人から目を離したのは僕だ。これは監督者としての僕の責任なんだ。もっと慎重に行動していればよかった。本当に申し訳ない」
尚も八京は頭を下げている。
無理をしてでも明日香を引き留めておけば良かった。
そう後悔し、本当に八京には申し訳なかったと感じてしまう。
「そんなことないです。オレも明日香もこうして生きている。それは八京さんが助けてくれたからじゃないですか。それなのに八京さんが悪いなんて思えません。ホントに感謝してます」
あの瞬間、間違いなくナオキは死んでいた。それを八京は救ってくれたのだ。紛れもなく八京は英雄だった。
やっと八京は頭を上げた。しかし、その顔は曇ったままだ。
「今回のこと、本当にすいませんでした。勝手に行動して……八京さんに迷惑をかけて……オレ、今回のことで改めてこの世界の恐ろしさを実感しました。ホント馬鹿なことをやったと思ってます」
魔物と戦う――想像していた以上に恐ろしかった。身体が思うように動かなかった。覚悟が足りなかった。こっちが命を取ろうとすれば当然向こうも反撃をしてくる。こんな簡単なことが分かっているようでわかっていなかった。
「八京さん。ナオキもこんなに反省してるんだからもうこの話はこれで終わりにしましょ?」
「明日香……お前はもっと反省しろよ。あと、オレに対して謝ったほうがいいぞ。元はと言えばお前が――」
「わーわーわー! ナオキ。私だって反省してるよ! だからそれ以上は言わなくって大丈夫だから!」
言いたいことを明日香に遮られてしまった。
「それに、私だって八京さんに謝ったし、ナオキのことも反省してアナタの看病してたんだよ」
「オレの看病ぉ? どうせ暇なときにちょっと見に来た程度だろ」
「ひっどーい。そんなことないもん」
「ナオキ君。明日香さんはナオキ君がここに運ばれてから、一睡もせずにずっと看病してたんだよ」
「え? そうなのか?」
意外だった。
「そうよ。私、心配で一睡もしてないんだから。少しは私に感謝しなさいよ」
「明日香……そういうこと自分で言うから有難さが薄れるんだよ。お前が何も言わずに八京さんが教えてくれてたらオレだって……プッ……アハハハ……イテテ……」
明日香とのやり取りで沈んでいた空気が和らぎ思わず笑ってしまった。明日香に対して、多少の怒りもあったがそれも許そうと思った。
「ちょっと、何でそこで笑うのよ!」
明日香は頬を膨らませた。
そのやり取りを見ていた八京も笑いを堪えている。
「あー! 八京さんも笑おうとしてる。ねぇ何で笑ってるのよ」
尚も明日香は膨れている。
そうだ。オレも明日香も危険な目にあった。でもこうやって生きて帰ってくることが出来た。そしてこうやって笑っていられる。これががとても大事なことなんだ。
「そういえば明日香。怪我は大丈夫なのか?」
自分のことばかりで忘れていたが、明日香も攻撃を受けていた。
「あー、私のは大丈夫。スグに八京さんが回復魔法で癒してくれたから」
「回復魔法? 八京さん出来るんですか!?」
初耳だった。確かに八京が魔法を使えることは知っていたが、どんな魔法を使えるのかは知らされていなかった。
「少しだけね。ちょっとした打ち身とか切り傷を治す程度だよ。ナオキ君みたいにダメージが大きいのは僕には治せないんだ」
「そうだったんですか……」
「僕は回復系専門じゃないから、ナオキ君をスグに治せなくてごめん。でも、明日には回復魔法のスペシャリストが帰ってくるはずだから、それまで我慢してもらえるかな」
回復魔法のスペシャリスト。どんな人だろう――
「大丈夫です。全然待てます。でも、八京さんは回復のほかにはどんな魔法が使えるんですか?」
「僕は水と風と土の魔法を使うんだ。ホント回復魔法はおまけ程度なんだよ」
「3種類も使えるんですか!? やっぱり八京さんは凄いですね」
それに比べてオレは――
「まだまだだよ。それに僕は剣での戦闘に特化してるから、魔法専門の人には敵わないよ」
それでも3種類の属性を扱えるなんて……
「ナオキは属性無いもんねぇ。やっぱり羨ましいでしょ?」
心の中を読んだように明日香は言った。その顔には意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「うるさいなぁ。オレのことは良いんだよ。今は八京さんが攻撃魔法のほかに回復魔法を使えることが凄いって思ってたんだ」
剣の腕前は誰もが認め、攻撃魔法に回復魔法。八京は天才なのだろう。
「だから回復は気休め程度だから……そこを誤解しないでね」
慌てて八京が訂正に入る。
「でも八京さんの回復魔法気持ち良かったぁ。私、また怪我したら八京さんに治してもらおっと」
どさくさに紛れて八京の腕に明日香は抱きついた。
なるほど。怪我はしたが明日香は結果オーライだったわけだ。オレなんて痛みに耐えているのに……
「明日香さん怪我はしないほうがいいよ。僕が毎回治せる保証も無いんだし」
「大丈夫ですよ。私そんなに大きな怪我しないですから。今回だって、ゴブリンの攻撃よりナオキに突き飛ばされた時のダメージのほうが大きかったんですよ」
「えっ? そうなの!?」
「そうよ。ナオキ、私を思いっきり突き飛ばしたでしょ? アレ痛かったんだから」
ナオキに突き飛ばされた辺りをさすっている。
確かに、あの時は無我夢中で明日香を思いっきり突き飛ばした。思えば、この世界のリスターターはかなりの力を持っているのだ。手加減をしなければ大怪我をさせていたかもしれない。
「……ごめん。あの時はそんな余裕がなくって、思わず突き飛ばした」
急にしおらしくなったナオキに慌てた明日香は両手を前に出しながら――
「ちょっと。冗談よ冗談。確かにナオキの突き飛ばしのほうが痛かったけど……それだって大したことなかったんだから。むしろナオキがいなかったら私が大怪我をしてたかもしれないし、感謝してるのよ」
うん。あれはオレが行動しなかったら明日香は危なかった。だけど――
「けど、オレが初めからゴブリンを攻撃してれば状況は違ってた……」
「それはもう過ぎたことだから。後悔しても仕方ないよ。結果的に二人は無事だったんだ。重要なのは、過去の過ちを振り返って、今後はどうしたらいいかを考えて行動することだよ」
八京の言う通りだ。今回のことを踏まえてこれからどうしたらいいのか考えなければいけない。
「――八京さん。オレ、もっと強くなりたいです! そりゃあ、まだ魔物を攻撃できるか分からないけど……でも今出来ることは、オレが強くなって、明日香や他の人が傷つかないようにすることだと思うから。だから……オレにもっといろいろ教えてください」
そうだ。まずは強くならないと何も出来ない。八京さんのように強くなって皆を守りたい
八京がナオキをじっと見つめている。
「……分かった。僕も出来る限り協力するよ。でもその前に身体をしっかり治さないと、何も出来ないからね」
「そ、そうでした。先ずは身体を治します」
「ナオキィ折角カッコいいこと言ったのに相変わらず締まらないよね。まったく……でもそこがナオキらしいけど」
明日香も八京も笑い出した。
せっかくの決意が台無しだ……けど、この気持ちは本物だ。絶対に強くなる。
「ホントにナオキ君が大丈夫そうでホッとしたよ。じゃあ、僕はそろそろ行くから。明日の準備もあるしね」
「明日? 何かあるんですか?」
「明日はまたあっちの世界から一人召喚されるんだよ。で、また僕が立ち合いをやるからその準備が必要なんだ」
初めて聞いた……いや前にそんな話してたっけ……
「ナオキ。城外の訓練前に八京さん話してたよ。アナタ訓練のことで頭がいっぱいで聞いてなかったんでしょ?」
明日香が呆れている。だが確かに言っていたような気もする。
「う~ん……すいません。やっぱり覚えてません」
「別にいいよ。先ずは自分のことに専念しなきゃ。じゃあナオキ君また来るよ」
そう言って八京は部屋を出ていった。部屋にはナオキと明日香の二人になり、沈黙の時間が流れた。
「……明日香。お前、八京さんになんて説明したんだよ? 明日香が今回のこと提案したの言ってないだろ?」
「やっぱバレた? 私がナオキを誘ったの言い辛くって……思わず二人で話してるうちに決まったって言っちゃった」
テヘペロ
いたずらがバレた子供のように明日香は笑いながら白状した。
「やっぱり……オレが明日香に謝るように言おうとした時、急に遮ったからそうだと思ったんだよ」
「だって、八京さんに嫌われたくなかったんだもん。ナオキお願い。話合わせて」
両手を合わせた明日香は言った。
別に明日香が誘おうと二人で決めようとナオキはどっちでも良かった。
「まぁいいよ。結果的に二人でやったことだから。話合わせてやるよ」
「ホント!? ありがとう。ナオキのそういうとこ好きだぞ! 八京さんがいなかったら私、ナオキのこと好きになってるわ」
「はいはい。ありがとうございます」
都合が良い奴
「え? 褒めてるのよ? ナオキのこと2番目に好きだってことだよ?」
「え?」
意外な言葉がきて戸惑った。2番目とはいえ女子に好きだなんて言われたことが無いから当然だ。
「あ、何? もしかして照れてるの? カワイイ」
ニヤついた顔で明日香がこちらを覗き込んでいる。
明日香との距離が近すぎて顔を背けてしまった。これではそうだと言っているようなものだ。
「う、ウルサイなぁ。別にいいだろ! 今までそんなこと言われたこと無かったんだから……仕方ないだろ」
「へぇ~そうなんだぁ。ナオキって、顔は悪くないんだから、もしかしたら元の世界でナオキのこと好きな子だっていたかもしれないよ? こっちの世界に来て残念だったね」
明日香のニヤケ顔は続いている。完全におちょくられている。
「もういいだろ! オレは意識戻ったし。明日香も自分の部屋に戻って休めよ」
恥ずかしすぎてもう限界だった。
「え~。もう少しナオキの反応見てたかったけどなぁ。でもナオキ元気そうだし、私も戻って寝よっかな」
是非そうしてくれ
「いろいろあったけどオレは大丈夫だから。だからゆっくり寝ろよ」
「分かったわ。確かに安心して少し眠くなったみたい。じゃあこれでおいとましますか」
明日香は扉に向って歩いたがノブに手を掛けた時、こちらを振り向いた。
「ナオキ。あの時助けてくれてありがとう。嬉しかったよ」
その笑顔は今まで見た中で一番のものだった。ナオキはその笑顔に見惚れ言葉を失った。
「じゃあね。おやすみ」
そう言って扉は締まった。途端に静けさがこの部屋を包んだ。
ナオキは視線を扉から天井に向け、やがて眼を閉じて毛布をかぶった。
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