上 下
190 / 324
第3章

第189話 この芋は君のもの

しおりを挟む
「きゃっ」

さっと避けた俺の傍を小さい人影がすり抜け、勢い余ったのか雪の上に転倒した。
女の子だ。

「ミルフィ姉ちゃん!」
小さい男の子が転倒した女の子に駆け寄った。その時目の端に動く影が映った。

「そっち‥‥!」
言いかけた時には、マルロイ君の手にしていた麻袋をひったくろうとする人影。

「うぉ!?」
ビーンと張りつめる麻袋の紐。男の子がマルロイ君と麻袋を引っぱり合っている状態になった。そして紐が引きちぎれた時には、マーギットさんが男の子を取り押さえていた。

「いけないであるよ。」
「ああ‥‥。」
男の子が絶望的な顔をした。

「タフィ兄ちゃん~!」
「お兄ちゃん~」
転んだ女の子と小さい男の子が泣き叫んだ。

「腹減ってたでござるか?」
ユリウスが腰を屈めて男の子の顔を覗き込んだ。

どうやら、女の子が俺にわざとぶつかり、騒いで注目を集めている隙に、マルロイ君がぶら下げていた麻袋を奪う作戦だったらしい。
俺が避けた為にぶつかり損なって女の子が転んだわけだが、注目は集まっていたので、そのまま作戦を続行して麻袋をひったくろうとしたようだ。
だが、マルロイ君が思ったよりしっかりと麻袋を掴んでいたから、引っぱり合う結果になってしまった。

ひったくりは犯罪なんだが、対象が芋だったのと、相手が痩せ細った子供達だったので、事情を聞いてみる事にした。
除雪済みの広場の端のベンチのところでお話。内容的に周囲に聞こえても良くないかと思って、消音魔法を展開する。

「あれ、なんか今魔法がでたっぺ?」
「なんだすかな。」
消音魔法に慣れていないマルロイ君達は、キョロキョロしていた。

「芋だったなんて‥‥。」

一番年上の男の子はタフィ君。12歳だそうだ。彼の言葉を信じるならばひったくりをしたのは初めて。意を決してひったくったものが、芋だった事が少しショックだったようだ。
麻袋を狙ったのはぶらぶらしていて奪いやすそうに見えたかららしい。

「お母さんの薬を買いたかったの‥‥。」

わぁっと女の子、ミルフィちゃんが泣き出した。ミルフィちゃんは10歳。タフィ君の妹で三兄弟。弟のクラフティ君は7歳だそうだ。
お父さんが怪我をして働けなくなり、生活費を稼ぐためにお母さんが働きに出ていたが高熱を出して寝込んでしまったそうだ。
薬屋に行ったがお金がなくて薬を手に入れる事ができず、困り果てて犯行を思いついたらしい。

「こんなことしたら、お母さんの病気どころか、一家で処罰されてしまうぞ。」
「ご、ごめっごめんなさい!うぅうぅぅ‥‥!」

眉間に深く皺を寄せたデリックさんとトマソンに見つめられてタフィ君も泣きじゃくり始めた。ミルフィちゃんもクラフティ君も泣いている。
外から見ると子供を囲んで泣かせているみたいに見えそうなので、消音魔法に周囲から見えないように壁をぼやかしモードをプラス。
広場に居る人達から注目はされていないな、と周囲を見回した時、路地の入り口近くのパン屋が目に留まった。

「もしかして君達の家ってパン屋?」

食堂でも仕入れ先のパン屋が怪我したって言っていたよな。
タフィ君とミルフィちゃんがはっとして顔を上げた。
みるみると顔を青ざめさせた。

「お、お父さんとお母さんは悪くないんだ。罰を受けるのは僕達だけで‥‥。」
「お父さん達も捕まっちゃうの‥‥?」
「‥‥こんな事を続ければいずれそうなるな。」

デリックさんはそう言うと、マルロイ君の方を振り返った。

「君が被害者だろう。どうする?衛兵につきだすか?」
「え? 衛兵だっぺ!?」

マルロイ君はいきなり、意見を求められて慌てて周囲を見回した。ユリウスと目が合うと,ユリウスの腕を掴んだ。

「ユリウス氏!元は君のものだっぺ!君の芋だっぺ!」
「拙者は、マルロイ氏にあげたでござるぅ。」
「そうだっぺか、じゃあ、僕は彼らにあげればいいだっぺ!」

マルロイ君が、シン君の方を見た。

「シン氏もそれで良いだっぺか? 彼ら腹ぺこだから芋はあげるっぺ?」
「僕もそれでいいだす。腹ぺこはつらいだす。」

シン君が頷いたのを見て、マルロイ君は取手の紐が切れた麻袋をタフィ君に差し出した。

「この芋は君のものだ。」
「‥‥あの‥‥、芋が欲しかった訳では‥‥。」

タフィ君は戸惑った様子で、目をキョロキョロさせながら麻袋を手にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです

かものはし
ファンタジー
この力は危険だからあまり使わないようにしよう――。 そんな風に考えていたら役立たずのポンコツ扱いされて勇者パーティから追い出された保井武・32歳。 とりあえず腹が減ったので近くの町にいくことにしたがあの勇者パーティにいた自分の顔は割れてたりする? パーティから追い出されたなんて噂されると恥ずかしいし……。そうだ別人になろう。 そんなこんなで始まるキュートな少年の姿をしたおっさんの冒険譚。 目指すは復讐? スローライフ? ……それは誰にも分かりません。 とにかく書きたいことを思いつきで進めるちょっとえっちな珍道中、はじめました。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

転生者の取り巻き令嬢は無自覚に無双する

山本いとう
ファンタジー
異世界へと転生してきた悪役令嬢の取り巻き令嬢マリアは、辺境にある伯爵領で、世界を支配しているのは武力だと気付き、生き残るためのトレーニングの開発を始める。 やがて人智を超え始めるマリア式トレーニング。 人外の力を手に入れるモールド伯爵領の面々。 当然、武力だけが全てではない貴族世界とはギャップがある訳で…。 脳筋猫かぶり取り巻き令嬢に、王国中が振り回される時は近い。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

処理中です...