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第3章

第138話 晩秋の夕べ本番

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エルマーさんは、時々ちらりとクラーラさんの様子をうかがう様に目線を動かしている。ロセウス子爵令嬢はその事は気に留めていないのか時々甲高い甘ったるい声でエルマーさんに話しかけていた。
一方クラーラさんは、イリーとカサンドラと談笑をしていて全くエルマーさんの方は見ていなかった。
ラウム伯爵令息とカティス男爵令息は、エルマーさんとロセウス子爵令嬢の席より一列間を空けた後方の席に座っていた。

なんで離れているんだろう。

見ていると、ラウム伯爵令息はチラチラと何処かを気にするように顔を動かしている。会場の入り口付近を見ているように見えた。入り口は前方と後方の二カ所ある。
それらを交互に伺っているようだった。
しかし、出入り口から誰かが入ってくることもないまま、舞台の上に実行委員が上がり、間もなく開演する事を告げた。

最初に登場したのは特進科3年の伯爵令息だ。
実は既にプロ演奏家としても活動を始めているクラヴィーア奏者なのだという。
特進科に所属しているのも、クラヴィーア奏者としての実力が成績として評価されてのことらしい。
プロで活動しているというだけあり、緊張した様子もなく、華麗な音色を奏でていた。
その次は淑女科2年の女性徒が、弦楽器の伴奏で歌を披露した。
華奢な見た目の女性だけど、凄い声量だ。高音のパートが続くと拍手が沸き起こった。

その次は管弦楽の三人組。こちらは、特進科と魔導科の生徒が組んだユニットだそうだ。
明るい気分にさせるようなリズムと音色で心地よい。プロを目指しているそうだけど、成功しそうな気がする。

第一部が学生演奏家の演奏で少しの休憩を挟んで、第二部がプロの演奏家の演奏だそうだ。
休憩の間に何か起きないか警戒していたけど、特に何も起きなかった。ジョセフィンが持って来てくれた果実水で喉を潤しながら周囲を警戒しただけだった。

召還獣からは何か変わった事があったらお知らせしてくれるように頼んでいるが特になにもない。感覚共有で様子を伺おうかとも思ったけど、会場の中の方に注意を払った方がいい気がするので止めておいた。

そして第二部が始まった。
暗くなったステージの上に真っ赤か布を身に纏った流麗な男性がリュートを持って現れた。後方で一瞬魔力が膨らんだんだけど、ユリウスだな‥‥。
鮮血の吟遊詩人と呼ばれるのはその真っ赤な衣装と赤い髪からなのだろうか。
ポウッと柔らかい灯りが吟遊詩人を照らす。
拍手が治まった頃、その吟遊詩人は長い腕でリュートをかき鳴らし、竜骨ノ詩を歌い始めた。

ドラヒェン王国の建国の物語といわれる竜骨ノ詩は、とても有名だ。
柔らかだけど力強い声で歌い上げる歌声を聴いているいると、谷底に眠るドラゴンの姿が眼に浮かぶようだ。
歌声も演奏も見事だけど、吟遊詩人は独特の魔法技能を持っているのではと感じた。吟遊詩人がその長い指でリュートの弦を弾く度に魔力が音とともに弾けるのが分かる。
音を増幅させるような魔法だろうか。
小さなリュートなのに、会場全体を満たす音色に関心する。
細い弦をその繊細な指先で弾くだけで、まるでこの場を支配するようだ。

ポーン

曲の終わりを示すように少し明るい音を弾かせると,会場が割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

「鮮血~」

ユリウスが変なかけ声をかけながら号泣している。
ちょっと反応があれだけど、まあ気持ちは少し判る。

会場の熱気が冷めないうちに、今度は管弦楽の楽隊が登場し、明るい音楽を奏でる。
次に登場した歌姫の歌声も見事だった。
軽やかな音の粒を振りまくようなクラヴィーア奏者の演奏の後に、別の吟遊詩人が出て来て、締めくくった。

どの演奏も圧巻で、本当に見事だった。
来た目的を忘れてしまいそうだったが、廊下にこっそり配置していたチューニーが何か知らせて来た。

数秒、と決めて感覚共有をすると、何か人影が会場の外の通路を歩いて居るのが見えた。
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