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第八章 こころ揺れる
突然の
しおりを挟む「エチさま、朝は驚きましたわ。ゼンさまにとうとうお返事をされたのですね。私、恥ずかしながらあれからずっとソワソワしてしまって、授業に集中できませんでした」
学園からの帰り道。
オスニエルが公務で不在の為、学園の行き帰りの馬車にはジュヌヴィエーヌとエティエンヌの二人だけが乗っていた。
今は学年が違う二人は、朝に別れると、放課後になるまで顔を合わせない。
故に、朝に見た光景についても、話せるのはやっと会えた帰りの馬車の中となる。
少し興奮気味に口を開いたジュヌヴィエーヌに、エティエンヌは軽く苦笑しながら答えた。
「随分ぐるぐると考えたけど、取り敢えず思った事をそのまま書いて渡したの」
「思った事をそのまま、ですか」
ガタンガタンと小さく揺れる馬車内で何故か少し声をひそめて話す二人の頬は、これまた何故かそこはかとなく赤い。
「ええ。『許すけど、信じられない』って書いたの。あの時は、私もゼンも子どもだった。もっと上手くやりようはあった筈なのに、きっとお互いに色々と間違えたのだと思うのよ。だから、昔の事をとやかく言っても仕方ないと思って、あの頃の言動については『許す』と書いたのだけれど・・・」
頬に手を当て、ふ、と小さく溜め息を吐いたエティエンヌは、窓の外の流れる景色に視線を向けた。
「でもね、だからって手のひら返しをされたトラウマが消える訳ではないのよね。『好きだ』と言われても、はいそうですかってすんなり信じられなくて・・・いつかまた同じ事が起きるんじゃないかって思ってしまうの」
「そうなのですね・・・」
ジュヌヴィエーヌは、話を聞きながら元婚約者のファビアンを思い返してみた。
ファビアンは態度を急変させた訳ではなく、もともとジュヌヴィエーヌに冷たかった。そんなファビアンが―――万が一にもないが例え話として―――ジュヌヴィエーヌに愛を囁いてきたら、信じるどころか罠か策略を疑うだろう。
―――そもそも、ゼンさまはファビアンさまと全く違う方だから、同列に置いて考えては失礼なのだけれど。
と、マルセリオ王国でうっかり口にしたらすぐさま不敬罪で投獄されかねない考えが浮かび、ジュヌヴィエーヌは慌てて頭から振り払った。
むしろゼンがエティエンヌをとっても好きで、いや好きすぎて、普段は誰にでもスマートな対応ができるのに、エティエンヌ限定でおかしな人になってしまうという事だけが問題で。
けれど、その理由とこれまでの謝罪を告げた後に告白されたとして、それを素直に信じられない、信じるのが怖い、というエティエンヌの気持ちは、なんとなくだがジュヌヴィエーヌにも分かる気はするのだ。
「・・・不安に思って当然です」
「ジュジュさま?」
エティエンヌの視線が、窓の外の景色からジュヌヴィエーヌへと戻された。ジュヌヴィエーヌはにっこりと笑う。
「だって、ひとの心は見えないんですもの。それなら、行動で表してもらうしかありません。ただでさえ、ゼンさまは一度証明に失敗していますし」
「・・・私の心が狭いって、ジュジュさまは思わないの?」
「はい、思いません。先ほども言いましたが、不安に思って当然です」
「・・・ありがとう」
エティエンヌは俯き、膝の上に置いた手にぎゅっと力をこめた。
「大抵の人は、私に分かってやれと言うの。男はそういうところがある生き物なんだからって」
「まあ。そんな風に丸投げされても困りますのにね」
「丸投げ・・・」
ぽろりと出た言葉に、エティエンヌは目を丸くし、それからぷっと吹き出した。
「ふ、ふふっ、そうよね。丸投げって言ってもいいわよね。そっか、丸投げか・・・ふふ、なんだかジュジュさまに聞いてもらったら、気が楽になったわ」
「そうですか? それなら嬉しいのですけれど」
自分の台詞のどこに笑う要素があったのか、心当たりのないジュヌヴィエーヌは首を小さく傾げながら、それでもエティエンヌの気が楽になったのならよかったと口元を緩めた。
「ねえ、ジュジュさま」
エティエンヌは徐に姿勢を正すと、向かいに座るジュヌヴィエーヌの手を握った。
「私、ジュジュさまが恋をした時は応援しますね」
「・・・へ?」
突然の話題変更に、ジュヌヴィエーヌの口から気の抜けた声が出た。
エティエンヌは構わずもう一度、同じ言葉を繰り返す。
「ジュジュさまが恋をした時は応援します。絶対の味方になりますから、だから、悩んだ時は言ってください」
「は・・・はい。ありがとう、ございます・・・?」
どこでこの話の流れになったのか未だ分からないが、応援という言葉に取り敢えずジュヌヴィエーヌはお礼を口にした。
―――こんな、妙齢の少女たちならではのほんわかとした会話は、馬車が王城に到着するまで続いて。
そして、王城で唐突に終わりを迎えた。
門やエントランスホール、手前にある庭園、一般棟などはいつも通りだったが、王族専用の居住棟まで戻った時、入り口で警護に立っていた騎士たちのうちのひとりが、ジュヌヴィエーヌとエティエンヌの姿を認めて前に進み出、耳元で小さく囁いたのだ。
―――国王陛下がお倒れになりました、と。
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